第1話

いまから3000年ほど前であろうか。紀元前1000年頃、とある村の小さなテントで一人の男の子が産声を上げた。男の子はレポデスと名付けられた。このレポデスの出自は分かっていない。彼が生まれたころはメロアニア諸島北部、デモス島では遊牧民が住み、小規模な青文明を築き上げていたと考えられている。実際に三千年ほど前のデポス島の遺跡から多くの青銅器が見つかっている。そのほとんどは祭具や武器である。特に矢が多く出土しており、その近くでは馬の骨が見つかっていることから、遊牧民が移動しながら生活していたと考えられる。また、レポデスは当時のデモス島の言葉(デポス訛りの元となった)で「レポデス」は「英雄」を意味していたことが分かっている。本作ではレポデスがこれらの遊牧民のうちの部族の一つであるという前提で話を進めたいと思う。レポデスの父親は小部族の族長であった。彼の村の人口はせいぜい300人。ほかの部族に比べると非常に小規模である。そんな小さな村で族長の妻が身ごもっていると分かった。彼は村の幹部や聖職者(もっとも、当時はこれといった宗教がなく、精霊などの信仰が多かったのでシャーマンのようなものと思ってもらえば結構だ。) 「この度はおめでとうございます。族長。」その長老の言葉を皮切りに「おめでとうございます」といった祝いの言葉が族長のテントで響きわたる。これらの遊牧民は定住しないため、モンゴルでいうところのゲルのようなもので生活していたようだ。族長は照れくさそうにに「ありがとう。」と返すと名前などの相談を行った。この時代、シャーマンなどに占いを行わせ、「吉」とでた名前を子供につけるのだ。その例を覗いてみることにする。「精霊師殿、わが子の名前を占ってはもらえないだろうか?」族長が言う。70代くらいの精霊師はコクリと頷くと準備に取り掛かる。精霊師になる条件は村によってまちまちであった。精霊師の一家が称号を世襲する部族、その村で最も賢いものが任命される部族、いわゆるバンジージャンプのようなものをして生き残った者、毒蛇に嚙まれて生き残った者、雷に打たれて生き残った者など極めて危険な状況から奇跡的に生き残った者を精霊師とする村など多岐にわたる。無駄話をしている間に準備が整ったようだ。精霊師は準備した馬の骨を手で支え、火で熱した青銅の棒を骨の先に突き刺す。中国文明では亀の甲羅に熱した棒を当て、その割れ方によって天命を占っていたようだが、それを馬の骨に置き換えたものと思ってもらえばよい。精霊師は割れ方を確認すると、木の板を削って割れ方を記録し骨が割れてもろくなった部分を床につけて叩き割り、骨の欠けた部分の量を確認する。そして結果を族長に告げる。「族長、あなたの子の名はレポデス。英雄です。」それを聞いて周囲は驚きと喜びで目を丸くした。特に族長は子供のようにはしゃいで喜んでいる。そう、レポデス、英雄という名は最も縁起の良い名前なのだ。「これはわが部族が栄える証拠!妻に伝えるのが楽しみだ。」と族長は言う。さらに多くの祝いの言葉が寄せられる中で族長は喜びに浸った。予言の通り、レポデスは英雄のような立派な体付きと端正な顔立ちをした青年に成長する。身長は現在の単位で180センチもあったそうだ。現在のメロアニアでは珍しくない180センチの男性だが、当時の男性の平均身長は163センチほどと言われている。もちろん、彼の功績から後世の人が脚色した可能性もあるが、それほど彼は立派な青年であったということだろう。「父上、ただいま戻りました。」彼は馬から降りながら父親、族長に話しかける。「ああ。猪を仕留めたのか?」族長は自分の息子が肩に担いだ獲物を見て言う。「ええ」15歳ほどの青年はそう短く返す。実際にメロアニア最古の歴史書、「国記」には彼が弓の扱いに長けた人物だったとある。彼は15歳にして英雄の名に恥じない立派な狩人であった。

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百代物語1 カルカッソ @konoyodezokayor

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