第48話

 私は完全にやってしまった。

 自分のミス、バカバカと心の中で頭をポコポコ叩いた。


 そもそも如何してこんなことになったのかな。

 私が麗翼ちゃんに感謝したお礼だ。

 だけど流石にこんなに急展開とは思わなかった。

 私は現状が分からずに無言で四苦八苦していた。


「それじゃあすむちゃん、始めるよ」

「えっ、あっ、うん!」


 私は素早く仮面を被った。

 いつもとは違う仮面だ。

 麗翼ちゃんの部屋に置いてあったものをそのまま借りる形になり、私は落ちたりズレたりしないか心配しつつ、目の前のカメラと向き合う。


 本当は心の調子が心配だった。

 いつもはダンジョン配信だからか、ハイテンションになっていた。


 だけど今は違う。

 ここに居るのはアスムの仮面を被った進夢じゃなくて、アスムであることを再確認した進夢だった。


 正直緊張で上手く喋れない。

 だけどやるしかないと心を奮い立たせ、私はキッチンのおかげで見えない脚を震わせていた。


「それじゃあ配信始めるね。三、二、一……」

「あっ、待って! やっぱり……」


 私は結局心が崩れそうで止めに入る。

 だけど待ち合わず、目の前でカメラが回り出した。

 おまけにパソコンの画面には私とウルハちゃんの姿が浮かび上がり、さらに視線の向こうではウルハちゃんの両親が楽しそうに見ていた。

 それが余計に緊張を膨らませ、私は断れば良かったと今更ながらに後悔した。


「みんなーこんにちはー。ウルハです。それから!」

「えっ? あっ、アスムです」


 あーあ、始まっちゃった。

 私はカメラに映り込み、完全に後ろに広がっていた帰り道が途絶える。

 全世界に配信されてしまい、コメント欄がいつもより近距離に見えて心が寂しくなる。



:こんにちはウルハさん!(500円)

:今日は料理ですか?

:失敗しないで。でも失敗したらおもろいかも

:あれ、アスムさんもいる?

:これ、完全にレギュラーじゃね?

:アスムさんも料理するんですか!?

etc……



 たくさんのコメントが牙を剥きだす。

 いつもでも痛いけど、ただでさえ今日はダンジョンドーピングが無いせいで心が痛い。

 苦しくなってしまい、次第に視線が仮面の中で右往左往する中、ウルハちゃんが配信の説明をしていた。


 如何やら料理をするらしい。

 ここにある道具を見ると、多分オムライスを作るんだ。


 新品の十個入りの卵パックが置かれ、五キロの米袋も置かれていた。

 半分減っており、炊飯器の中を見ればお米がきちんと炊けていた。

 それ以外に未開封のケチャップもあり、道具も完備されていた。


 正直私が何をしたら良いのか分からない。

 だってウルハちゃんは料理が苦手な人じゃない。

 周りに目をやりすぎるがあまり、ついつい手が滑ってしまうだけなのだ。


「それじゃあ今日はオムライスを作ってみるね。今まで作ったことはないけど、アスムがいるからきっと大丈夫だよね。ねっ、アスム!」

「ええっ、な、なに?」


 私は完全に話を聞いていなかった。

 ボーッとしていて、挙動不審な態度を取ってしまう。


「アスムは私よりも全然料理できるもんね」

「えっと、決めつけは良くないよ。それにウルハがどれだけ料理ができるのかも……」

「えっと、得意料理は目玉焼き!」

「……そっか。えっと、頑張ってみるね」


 今知った。それを聞いたら何だか納得した。

 だけど自分から難しいものに挑戦して、日々レベルアップする姿はカッコいい。

 流石は視線を吸い寄せる、明るいポジティブ主人公だ。

 私はウルハちゃんのことをそう称えると、早速料理を始めた。


「それじゃあまずは卵を溶いてみよう! ふふっ、私得意なんだよ。あっ、投げ銭ありがとう! ギフト貰って嬉しいな」


 ウルハちゃんは早速卵を割り、ボールに落とそうとする。

 するとコメントに丁度視線が奪われた。

 ちょっと危ないなと思ったが、泡だて器を使ってかき混ぜる。電動じゃないからホイッパーだ。


「うんうん、丁寧にかき混ぜて滑らかにするんだよね。ありがとう!」


 ウルハちゃんはコメントを送ってくれた視聴者とコミュニケーションを取る。

 かくいう私は淡々とボウルに落とした卵を的確かつ丁寧に滑らかに溶いた。

 誰が見ても滑らかで、塩も少し入れて味も調える。

 これだけでかなり様に見えてしまい、私は普通にやったつもりだけど、それを見たウルハちゃんは「嘘っ!」と声を上げた。


「アスム凄いね。いつの間に溶いたの?」

「えっ、普通に溶いただけだよ?」

「普通にって、普段から料理してるの?」

「うん。だから特別なことはしてないよ。あっ、溶き方とか味を調えるための隠し味は、私が勝手に入れたけど」

「それって普通じゃないよね? でもなんだろう。これだけで美味しそうだよ」


 ウルハちゃんは私が持っているボウルをカメラに近付ける。

 すると光量のせいだと思うけど、とっても美味しそうに見えた。

 コメントも覗き見ると、たくさんのコメントが滝のように流れる。



:美味しそう!

:アスムさん、どんなマジックを使ったんですか!?

:マジでなにやったのか気になる

:完成楽しみ過ぎだろ(300円)

etc……


「えっと、本当にいつも通りやっただけなんだけど……」


 私は困ってしまった。

 仮面の内側で頬を掻くと、ウルハちゃんが目をキラキラさせていた。

 隣からも何故か高揚感昂る圧を感じると、私はIHコンロにフライパンを置き、オリーブ油を引いた。


「それじゃあチキンライス作るね」

「えっ、チキンライスを作るの!?」

「逆に作らないの?」


 私はマウントを取る気はないが、間髪入れずに訊ねてしまった。

 するとウルハちゃんは怒るわけでもなく、「うん」と元気よく答える。


「私は普通に白米? で食べるつもりだったけど」

「そうなの? それじゃあ白米で……」

「あっ、待って待って。チキンライスでやろうよ! でもごめんね。鶏肉は無いから……」

「それじゃあケチャップライスにしよ。それでオムライスの上に掛けるケチャップは少し味の薄いデミグラスソースを作ろっか」


 私は頭の中である程度作りたいものを決めた。

 完成図を何となくで思い浮かべる。

 普段から一人でコツコツ頑張ってきたおかげか、頭の回転はそこそこ速い……と信じたい。だけど自負はできないので、あくまでも自分なりだった。


「どうかな? ……あれ?」


 ウルハちゃんは黙っていた。対してコメントはたくさん降り注いでいた。

 流石にパニックだ。いや、これはパニックになるしかない。

 私は沈黙が流れることで焦ってしまったが、ウルハちゃんはようやく唇を動かした。

 

「凄っ」

「ウルハちゃん?」


 ウルハちゃんは完全に驚いていた。

 もはやポカンとした顔で、ボーッと私のことを見つめている。

 とっても緊張した私は顔が真っ赤になってしまうと、ウルハちゃんに訊ねた。


「アスムって、料理が凄く得意なんだね!」

「そ、そんなことないけど……」

「謙遜しなくてもいいよ。それじゃあ私はなにをしたらいい?」


 ウルハちゃんは私に訊ねる。

 まるで私に促しかけているみたいで、一瞬悩んでしまった。

 この役回りは私のものじゃないのにと思う中、私はなにか言おうと口走る。


「それじゃあ一緒にやろっか」

「うん!」


 私とウルハちゃんは一緒になって料理をした。

 溶いた卵をふんわりとさせ、油の引かれたフライパンの上でお米が躍る。

 ケチャップを投入し、ウルハちゃんに炒めるのを任せる間に、私はデミグラスソースを作った。


「アスム、これでいい?」

「ん? うん、完璧だよ。流石ウルハだね」

「えへへ、ありがとう。それじゃあ……卵も乗せちゃうね」


 ウルハちゃんはカメラの前でケチャップライスを盛り付ける。

 トロットロとの半熟状態の卵を上に乗せると、ふんわりとしたオムライスが完成した。

 湯気も立ち、カメラが少し曇ってしまうが、コメントは讃えてくれた。



:うわぁ、美味しそう!

:共同作業ですね

:見てるだけでお腹空く

:マジで美味そう

:詳しいレシピを知りたいです!

:あー、腹減った~(1,500円)

etc……



「みんなありがとー」

「ありがとう。それじゃあウルハ、ソースでなにか書いていいよ」


 私はデミグラスソースを作り終わった。

 何か書きやすい様に袋の中に入れ、先を切ってペンにする。

 ウルハちゃんに手渡すと、嬉しそうに目をキラキラさせた。


「書いてもいいの! それじゃあ早速」


 ウルハちゃんが何を書くのかとっても気になった。

 その目は真剣そのもので、一生懸命オムライスに文字を書く。

 真ん中に大き目なハートを描くと、その周りに文章を書いていた。

 私はチラッと覗き込むと、パッと顔が真っ赤になる。


「できた! 見て見て、アスム!」

「うん、見て、るよ」

「そうなの? ちょっと顔を逸らした気がするけど……まあいっか」


 私はウルハちゃんの言う通り恥ずかしくて顔を逸らしてしまった。

 けれどバレないようにすぐに視線を戻す。

 仮面のおかげで目を瞑っているけれど気が付かれなくて良かった。


「こんなに美味しそうなオムライスが作れたのは観てくれたみんなとアスムのおかげだよ。本当にありがとう」

「ウルハちゃん?」

「それとね、アスム。改めて、これからもよろしくねっ♡」


 オムライスの乗った皿を持ったまま、ウルハちゃんは私にウインクをする。

 私は小さく頷き「うん」と答えた。

 けれど本当は大きく頷いてあげたかった。だけどそれができなかった。

 オムライスに書かれた文字、“これからもよろしくね”と重なったハートが私のことを見つめていたからだ。


 そんな小心者で豆腐メンタルな私だったけど、なんだか心がポカポカした。

 今日は配信をして良かったかもと、ほんの少しだけ想える。

 私とウルハちゃんはこれからもダンジョン配信者。だけどそれを凌駕する絆で結ばれた親友ならそれでいいと、私は密かに当たり前を願うのだった。







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 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 数あるダンジョン配信者ものの中で、本作は少し変わっていて、ダンジョンで楽しく配信することを主題にはしておらず、あくまでも主人公達の肝臓や心境に焦点フォーカスを当てて描いてみました。

 

 これにて一章は終わりですが、続きもいずれ書いてみたいと思います。

 もし良ければ「共感が持てた」「変わってて面白い」と思っていただけたら嬉しいです。

 ブックマーク登録をして次回をお待ちいただければ幸いなほか、星やレビュー、感想なども待ってます。


 それではご拝読ありがとうございました。

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【悲報】豆腐メンタルで底辺配信者な私が、偶然クラスメイトの人気配信者をモンスターから助けたらバズってしまった 水定ゆう @mizusadayou

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