第47話

 私は麗翼ちゃんの部屋に招かれた。

 あの後は本当に突然で、まるで巻きでも入ったみたいに超展開だった。


 私は麗翼ちゃんに腕を掴まれた。

 そのまま部屋へとスタスタ連行されると、ガチャンと扉が閉まる。


 私はそれが無性に怖くて仕方なかった。

 扉が閉まった瞬間、目の前には麗翼ちゃんの部屋。

 寝室兼撮影部屋になっていて、二つのパソコン用ディスプレイがブルーライトを否応なく放ち続けていた。


 一体何処に怖がる要素があるのか。普通の人ならきっと考えない。

 だけど私みたいな陰キャからしてみればこれは大変なことだった。

 なにせ相手はクラスの人気者であり、インフルエンサーとしても高い実力を持つ、登録者数百万人越えの麗翼ちゃんの部屋なのだ。

 こんなところに私みたいな豆腐メンタル激暗陰キャが居ていいわけがないのだ。


 自然と部屋の中の光景に目眩になってしまう。

 目が眩んで立ち眩みになりそうな中、麗翼ちゃんは私をベッドまで誘導する。


 何をされるんだろう。怖いな、今からでも帰りたいなと思った。

 だけどそんな私のことを気遣ってくれたのか、ふとベッドに座らされた私は、麗翼ちゃんにジュースの入ったペットボトルを差し出される。


「はい、すむちゃん」

「えっ? あっ、ありがとう」


 私はペットボトルを受け取ると、キャップを開けた。

 オレンジの香りがほんのり鼻腔を擽る。

 少し酸味があり、私は唇を軽く噛んだ。


「あれ? もしかしてオレンジダメだった!」

「そ、そんなことないよ。ありがとう。飲むね」


 私は乾いた喉を潤すことにした。こうでもしないと色んな意味で耐えられない。

 いつもに比べて余計に狭くなった喉にオレンジジュースを流し込む。

 すると目を見開き、私は口元を抑えてしまった。


「がはっがはっ! ううっ……」

「だ、大丈夫すむちゃん? もしかして炭酸ダメだった?」

「そ、そんなことはないけど。ビックリしちゃって」


 喉が閉まっている時に炭酸なんて絶対ダメだ。

 閉り切った喉を無理矢理開こうとして、吐き気を催してしまう。

 現に私は豆腐メンタルが災いして、余計に助長させてしまった。

 気持ち悪くなり、麗翼ちゃんにも迷惑を掛ける。


「ごめんね、すむちゃん。その、元気出して貰おうと思って」

「分かってるよ。麗翼ちゃんが私のために頑張ってくれてること。私なんかのために」


 私はポツリと気持ちを少しだけ吐露する。

 麗翼ちゃんは本当は忙しいはずだ。

 私みたいな豆腐メンタルネガティブ陰キャ何かに構っている暇は無いのだ。


 そんな気持ちで一杯になってしまうと、私は全身からネガティブオーラが溢れ出す。

 それを妨げるように、麗翼ちゃんは私の頬をギュッと両手のひらで押さえつける。

 突然のことで理解が追い付かないが、目の前には麗翼ちゃんの顔と真意を掴む瞳が待ち構えていた。


「麗翼ちゃん?」

「すむちゃん、私はすむちゃんのために頑張っているんじゃないよ」

「えっ?」


 グサリと来る一言だった。

 鋭いレイピアの切っ先が無防備な私の心を突き刺す。


 だけど同時に納得もできた。

 全身から更にネガティブなオーラが溢れるかと思えば逆に吹っ切れる。

 目の奥から生気が消え、いつもの私に返ってしまう。

 そんな気持ちをイメージしたのだが、間髪入れずに麗翼ちゃんは口走る。


「それってつまり……」

「私は私のしたいことのために頑張ってるの。だからすむちゃんは関係無いんだよ」

「だ、だよね。私なんか所詮おまけで、麗翼ちゃんの経験値で……」


 麗翼ちゃんは私にそう言ってくれた。

 だけどその言葉の解釈は変ってしまい、私は所詮通過点。

 結局経験値でしかないと感じてしまうのだが、麗翼ちゃんは落ち込む私に言葉を掛ける。


「経験値? 親友をそんな呼び方したりしないよ。だってすむちゃんは私の大切な友達で親友で命の恩人なんだよ? 頑張らなくてもさ、一緒に居て気を張らなくていい関係って、なんだか素敵でしょ?」


 麗翼ちゃんは私にそう言ってくれた。

 いや、そもそも麗翼ちゃんが私のことを経験値として見ているわけがない。

 勝手な想像だけど、麗翼ちゃんはそんな人じゃないと思った。


 何処までもやりたいことを追求し、そのためにできることをできる。そんな良い子だ。

 クラスメイトとして客観視した程度の私の洞察力だけど、麗翼ちゃん自身の口から言われると少しだけ気恥ずかしい。

 そのせいで頬が赤くなり、恥ずかしさが災いして不安にも変化しそうだった。


「そ、そうなの?」

「そうだよ。だからすむちゃんと一緒にいるんだよ。これも私がやりたいことなんだから、すむちゃんは気にしなくても良いんだから。ねっ☆」


 麗翼ちゃんはカッコ良かった。と言うより可愛かった。

 ウインクの奥にキラリと星が浮かんだように私は見えてしまう。

 それだけ麗翼ちゃんが輝いていて、私は心の中で引き寄せられた気がした。


「そういうもの?」

「そういうものって思った方が良いよ。ねっ、少しは楽になったでしょ?」


 そう言えば確かに呼吸が楽になっていた。

 喉も開いて通るようになっている。

 これも麗翼ちゃんの力だと、私は直感的に感じ取る。


「うん、ありがとう麗翼ちゃん」

「いいよいいよ。それでなんだけど、遊びの約束……ごめんね。実はその……ねっ」

「ん? どうしたの」


 麗翼ちゃんの表情が泳ぎ出した。絶対に裏がある。

 私は首を捻るのだが、何となく予想を立てることにした。

 すると頭の中で嫌な予感が溢れ出す。


「もしかして、そう言うこと?」

「えっと、うん。お願いできないかな?」


 麗翼ちゃんはカメラを取り出した。

 スマホではなく、一眼レフのカメラだった。

 かなり良い代物で、有名なメーカーの商品だった。


 それから三脚まで取り出した。

 このセットが出るということは、間違いなく配信だ。

 私は麗翼ちゃんの目を見ていると、この先も簡単に想像ができる。


「ごめんね。本当は休んでも良いんだけど、せっかくすむちゃんが来てるから、試しにやってみたい配信があって」

「……いいよ」

「そうだよね。やっぱり怖いよね。って、いいの!」


 麗翼ちゃんは何処までも配信者だった。

 いや、撮れ高が欲しいわけじゃなくて、やりたいことがあるのだ。

 そのためには私が必要。それを諭された瞬間、いつもなら黙ってしまう心の扉が少しだけ開く。


 珍しくYESに乗ってしまった。私らしくもない気がした。

 けれども麗翼ちゃんには意外過ぎて届いていない。

 なので私はもう少しだけはっきりと自分の意思を伝える。


「麗翼ちゃんには助けて貰ったからね。今日は、ちょっとだけ頑張ってみるよ」


 珍しく私はやる気を見せる。

 流石にここまで麗翼ちゃんに助けて貰ったら、お礼の一つはしないといけない気がした。

 私は日本人の心の何処かにある当たり前な感情に背中を押され、薄い笑みを張り付けこやかに答える。

 すると麗翼ちゃんはしばしフリーズすると、突然手と足が先行して動き出した。


「イェーイ!」

「うわぁ、れ、麗翼ちゃん!?」


 急に麗翼ちゃんに抱きつかれた。

 私は驚いてしまい、頬が真っ赤になってしまう。

 全身から熱が漏れ出し、私は突然の発熱で豆腐メンタルが湯豆腐に進化した。


「麗翼ちゃん、ど、どうしたの?」

「まさかすむちゃんがやってくれるなんて思わなかったんだよ。それじゃあ早速やろう、今やろう! すむちゃんの気が変わるうちにさ!」


 私は麗翼ちゃんに腕を引かれた。

 ギュッと繋がれた手のひらがとっても温かい。

 今のところは緊張はない。だけどそれは麗翼ちゃんドーピングのおかげで、本当は心がぐでんぐでんに弱っていたのだ。

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