第46話

 私は固まってしまった。

 まるでマネキンのようで、全身が金縛りにあったみたいに動かない。

 豆腐メンタルが沸騰し、顔が真っ赤になってしまった。


 すると男性と女性は瞬きをしてしまった。

 もしかして心配させてしまったのだろうか?

 そう思ったのも束の間。如何やら事実らしい。


「大丈夫ですか? なにかありましたか?」

「彼方、飛鳥さんは緊張しちゃうのよ。麗翼から訊かされてたでしょ?」

「おお、そうだったね。すまないね、飛鳥さん。私は麗翼の父で、こちらが」

「麗翼の母です。いつも麗翼がお世話になってます」


 私はポカンと固まってしまった。頭の中で思考がフリーズするが、細胞が急速に発達する。

 止まっていた時間の中で、無数に広がる情報を強制的に結び付け、一瞬にして、理解が進んだ。


 その結果生まれた答え。

 そんなの目の前で佇む男性女性は、麗翼ちゃんの両親なのだ。


「えっ!? あっ、麗翼ちゃんの。初めまして、飛鳥進夢です! 本日はご家族で出迎えしていただき誠にありがとうございます!」


 気が付いた瞬間、私は豆腐メンタルが爆発した。

 散り散りになった感情の断片が外に向かって飛び去ると、超絶丁寧に自己紹介をした。

 常に礼を以って対応する。体が勝手に動いていた。もはやそこに豆腐なメンタルは無く、パニックメンタルだった。


 しかしその姿を最後まで、それこそ礼を見ていた麗翼ちゃんの両親は茫然としてしまい、私のことを見つめている。

 何かマズいことでもしたのかな。私は知らぬ間に不安になってしまった。

 だけどそんな不安は鼻っから必要が無かったらしい。


「あ、あの?」

「いや、なんでもないよ。それにしてもこんなに礼儀正しい子だったなんて。配信で観ていた時とはまた少し違うね」

「は、配信観てたんですか!?」


 私は唇を噤み、喉の奥を潰しながら尋ねる。

 すると私が出ていた麗翼ちゃんのダンジョン配信を観ていたと言った。

 それを聞かされた瞬間、今度は頭の中で爆発が起こった。

 気持ち悪いとかではなく、数秒の間時間が凍った。

 

「もちろんだよ。麗翼が見せて来たからね。アーカイブだったけど、麗翼のことを助けていただきありがとう。心配の種は多いけれど、これからも付き合ってあげてくれて欲しいな」

「全くですよ。麗翼は少し無茶をしてしまう子ですから」

「は、はい?」


 まさかの反応だった。怒られるのかと思った。だけどそんなことはなかった。

 とは言え、それは最初っから気が付いていた。

 だけど私は麗翼ちゃんにも寛容で、これからのことを見ず知らずの私の任せる麗翼ちゃんの両親に首を捻ってしまった。


「ささっ、立ち話もなんだよ。麗翼と遊ぶ約束をしているんだよね」

「あっ、はい! そ、そうだ。あの、よろしければこれを……」


 だけどそれを問い返す暇なんて無かった。

 麗翼ちゃんの両親は麗翼ちゃん並みにテキパキとしていて、私のことを家に招いてくれた。

 この瞬間を見逃してはいけない。遅れれば大変失礼だと思い、私は家に上がる前に、持って来た紙袋を手渡す。手土産を渡したのだ。


「ん? これは……金目鯛の煮付け?」

「まあ、こんな高価なものを。それにしてもこの見た目、とても美味しそうですよ」

「私が作ったものです。お口に合えばいいんですけど」


 私が不安だったのは、この手土産だった。

 まさかの手土産が自分で煮炊きをした金目鯛。

 しかも金目鯛を刺身ではなく、煮付けにしてしまうチョイスだ。

 私は圧倒的に受け入れられないと思っていたのだが、麗翼ちゃんの両親は受け入れてくれた。というよりも、受け止めてくれた。


「凄いですね。まさか金目鯛の煮付けを……」

「へ、変ですよね?」

「そうだね。普通は無いよね。でも、嬉しいよ。手料理を持ってきてくれるのは、相当の自信の証拠だからね」


 それを言われて私はハッとなった。

 本当は買って用意したかったけど、時間が無くて仕方なくこれを用意した。

 幸いにも、家に金目鯛があった。どんな確率って思われても仕方ないけれど、どうせ食べないだろうと思っていたから丁度良かったのだ。

 だけどここまで錯覚してしまわれるなんて、私はとんでもなく焦ってしまった。


「あっ、そんな訳じゃ、なくって……その」

「大丈夫よ。ほらほら、麗翼が待ってるから上がって」


 私は麗翼ちゃんのお母さんに手を引かれた。

 もう逃げられないと悟ると、麗翼ちゃんの家に上がる。

 玄関しか見えていなかったが、中に入るととても広かった。流石は良いマンションだとありきたりな感想が込み上げると、私は「わぁー」と口から子供のような吐息が漏れた。


「凄く広いですね」

「そうですね。三人だと広すぎるくらいですよ」


 私の家も自慢じゃないけど相当広いと思う。

 けれどマンションでこんなに広いなんて、相当だと私は思った。

 完全に言葉を失い、掃除も行き届き、家具もまとまりがある高級感漂うリビングで立ち尽くす。


「えっと、えっと、麗翼ちゃんは?」

「あっ、麗翼は……」


 ガチャ!


 私が麗翼ちゃんの両親に尋ねると、廊下から扉が開く音がした。

 視線を動かすと、そこには服の袖があった。

 頭にはヘッドホンをしていて、何かに気が付いた顔をする麗翼ちゃんが立っていた。


「あっ、すむちゃん!」

「麗翼ちゃん、ヘッドホン付けてたんだね」

「うん。丁度編集をしてたんだ。上手くはできないけど。あっ!」

「如何したの!?」


 急に麗翼ちゃんが声を上げると、部屋を出て私の腕を掴んだ。

 そのままにこやかな笑みを浮かべると、私は背筋がゾッとする。

 これから何かされるんじゃ仲と不安になるのだが、麗翼ちゃんはこう言った。


「遊びに来てくれてありがとう。すむちゃん、なにして遊ぼっか?」


 私はポカンとしてしまう。今日はこうなることは多い一日だ。

 初めて友達の家に遊びに来たのだが、これは普通なのだろうか。

 自分の考えとはまるで異なることの連続に、私はプチパニックになっていた。

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