第45話
「本当に来ちゃったよ」
私は緊張が隠せなかった。
足がガクガク震え、目の前に浮かぶ巨大な高層マンションを見つめた。
如何やらここが指定された住所らしい。らしいのだが、私は完全に臆していた。
如何して私みたいな場違いな人が、こんな所に立っているのか、イマイチピンと来ない。
完全に浮世立っていて、私は早く逃げ出したいと心がざわつく。
だけどそんな真似できないのもまた事実だった。
だってせっかく誘ってくれたのに、帰るなんて真似したらきっと嫌われる。
それに麗翼ちゃんもガッカリする。
きっと明日から軽蔑されると思い、私は息を飲み込んだ。
「い、行くしかないんだよね。えっと、た、確か……」
ヴゥーヴゥーヴゥーヴゥー!
「うわぁ!?」
ポケットの中のスマホが震えた。
振動に気が付き、私はビックリして声を上げる。
休日だからか、人も多い。周りを歩いていた人をビックリされ、急に如何したんだろう、と心配の目をされてしまう。
そんな中、スマホを取り出した。
なんだろうと思ったが、如何やらメッセージが届いていた。
アプリを開くと、麗翼ちゃんから送られたメッセージをガッツリ見る。
麗:エレベーターを上がって二十八階。そこから廊下を歩いて五番目の部屋だよ。待ってるね!
如何やら階数を指定されてしまった。
もしかして見られてる? そんな恐怖心が付き纏う。
だけど気にしちゃダメだ。そんな気配は一切しない。
左腕のブレスレットが反応も無いことを確認し、私は逃げ道を自然と断たれてしまい、マンションの中に入った。
「えっと、えっと。まずは確か、中の人に開けて貰わないとダメなんだよね?」
高級マンションでは中の人=つまりは部屋の人に開けて貰わないと入れないと聞いたことがある。
実際私はエントランスに来ただけで完全にビビってしまう。
回り続ける防犯カメラに、挙動不審な女子高生が映り込む。
そんな中、私は視線を巡らせる。
如何やらオートロック式の大きめの扉が設置されていて、隣には謎の機械が設置されていた。
一発で分かるが、ここから部屋番号を打ち込んで、中の人に開けて貰うらしい。
私は早速ボタンを押した。分かりやすく、二十八階の五番目の部屋。だから二八五号室になる。
呼び鈴を押し込むと、部屋の人に来客が伝わったのか、カメラでマジマジと映し撮られ、それと同時にスピーカーから声がした。
「どうぞお入りください!」
凄く元気のいい男性の声が聞こえた。
私はビックリしてしまい、もしかして麗翼ちゃんじゃない?
部屋を間違えたのかと思ったが、素早く気持ちを切り返し、「は、はい」と噛み噛みで返事をする。
するとオートロック式の扉の上部ランプが変化した。
閉っている時は赤だったが、緑色に点灯し直すと、ゴクリと息を飲む。
完全に逃げられないと悟り、バクバクと心臓の鼓動が千切れそうになると、私は(なんとかなれ!)と心の中で自分を強く持って唱えていた。
「えっと、えっと、エレベーターは二十八階……」
エレベーターのボタンを押し、階数を指定した。
二十八階のボタンが点灯し、ゆっくりと振動すらほとんど無く上がって行く。
怖くて怖くてたまらない私は、この時間が怖かった。
「ど、如何しよう。絶対笑われてるよね。あー、あー、あー」
私は一人で乗るエレベーターの中で発狂しそうになっていた。
完全に凄くヤバい奴になっている。
きっとドン引きなんて騒ぎじゃない。苦情じゃなくて、警察の人を呼ばれて「如何したの?」とか言われちゃうレベルだ。
「それにこんな手土産で良かったのかな? 不安だよぉ」
私が持って来た手土産は紙袋の中に入っている。
こんな場所で安い紙袋、おまけに中身もありきたりなものじゃない。
完全に場違いだと悟ってしまう、余計に緊張が昂る。
「あー、着いちゃった」
私はゴクリと喉を鳴らした。
なんと目の前でエレベーターが開いてしまった。
ここまで長い時間が経ったと思ったのは気のせいだったらしく、私は長くて短い一瞬を全身で浴びてしまった。
それでエレベーターが開き、目の前に広がる景色は眩しい。
天井から射し込む光が爛々としている。
私は最初の一歩を踏み出すのが辛くて重いが、いつまでもエレベーターを独占しちゃダメだった。
「えっと、確か五番目の部屋。五番目の部屋、五番目? ってここ、二十八階だよね?」
私は気付いてしまった。気が付かなくていいはずなのに気が付いてしまった。
ここは高層マンションの二十八階。
しかも分譲型の二十八階。お値段は相当張る。
そんな場所に来ている現実に現実味が薄れて行き、私は気持ちが剥がされた。
「ああ、如何しよう。本当でこれで良かったのかな?」
私は手土産を心配してしまった。
余計な心配なのは分かっているのに、如何しても麗翼ちゃんでは喜んでくれそうにない。
そんなものを選ぶ私のセンスの無さを恨むと、如何やら五番目の部屋、瀬戸内さんの表札が張られた部屋の前に来ていた。黒くてシックな印象の強い、高級感漂う扉だった。
「ついにここまで来ちゃった……はぁはぁ、すぅはぁすぅはぁ……」
私は息が荒くなり、唇をギュッと噛んだ。
緊張を隠せないのは仕方ない。だけど緊張しなくてもいい。
いつも通りだと冷静な自分を装うとする中、呼び鈴を押してみた。
すると部屋の中から玄関に向かって誰かがやって来る。足音が二つも聞こえた。
「だ、誰かいるのかな?」
私は心臓が止まりそうになる。
けれどここまで来たからには……と意識を飛ばし、豆腐メンタルが熱湯に湯がかれ完全崩壊を擦る寸前で、顔が火照ってしまった。
だけどそんな私を待っていたのは、扉が開いた先だった。
「おお、いらっしゃいませ。飛鳥さんですか?」
「えっ、あっ、はい」
私と目が合ったのは麗翼ちゃんじゃなかった。
そこに居たのは元気な男性と優しそうな女性。
何処となく麗翼ちゃんの風も感じられた二人を見て、頭の中でバチッと来た。
如何やら両親が居たらしい。考えなくても分かったはずなのに、一人パニックになった私はマネキンのように固まっていた。
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