5.情報開示2



「何?超越?急にイタい人?」



ティーカップが言葉を発したと同時に

彼女の頭頂部から軽快な破裂音が響いた。



ったぁ!え、なに!?だれ?」


後ろからペラペラなもので頭を勢いよく叩かれたような感覚を覚えた。

頭をさすりながら振り向くも、周りに誰かが居るわけではなかった。


うるせえ真面目に聞け。シバくぞ。」

「もうシバかれたんですが。」


今の衝撃はリチャードの仕込みだろうか?

もしかするとマジシャンみたいな人が隠れていて、鞭みたいなものを振ってきたのかもしれない。


「いいか?端末コレを使えば人間の能力が底上げされる。

もっと言うと端末自体は人間が知覚していない能力を引き出せるインターフェースだ。

具体的に言えば、五感の拡張とか筋力の増強もろもろってな感じにな。」


「そんな急に言われても。気とか瞑想とか念じるとか、そーゆーヤツ?」


「あー……イメージはそんな感じかもしれんが、アプローチが少し違う。端末側で能力式を用意してやって燃料とハンドルは本人側って具合だ。

これは数十年前に組織に取り入れられてから大きく進歩してきた歴とした”技術”だ。

資質は必要だが……って露骨に興味を無くすんじゃねえ!」


ティーカップは胡散臭いものを見る目でリチャードを見ていた。


「だってこの前行った新興セミナーで同じようなこと話してたんだもん。

「チッ、クソガキがよお……」


リチャードが端末を手に持ったまま、もう片方の手で勢いよくティーカップの頬を鷲掴んだ。


「んぶっ」

≪これで満足か?≫

「にぇえ……」


彼自身は声を発していないにもかかわらず、テレパシーさながらに彼の声が聞こえた。


≪これは俺に触ってるヤツの頭ん中に俺の声をブチ込むってモンだ。ちなみにこんなこともできる。≫


すると、ティーカップはひとりでにのけ反り、背筋を伸ばした。

に頭を引っ張られている。

彼女は目を見開き、声が出ないでいた。



「!?……!?」

組織ウチでは生物が使う、こういう超常的な力を総じて『極威ウルティマ』とか『ウル』とか呼んでいる。

お前にはこの力を何が何でも修めてもらう。

今後の仕事にはコイツが不可欠になるからな。

期限は1年、できなければいつも通り、殉職者名簿に名前を連ねることになる。

ま、ミューバンが熱上げてるほどの人材なんだったら問題無えだろ。」


ここにきて初めて、ミッカの優秀さが私にとって悪い意味を持ち始めた。

私が秀才だなんて覚えはないし、目立った実績があるわけでもない。

叙勲も昇格も一切してない。

無難に、処分されない程度に仕事をこなしているだけだ。

無茶だ。

こんな人外な超能力を一年で獲得できるなら人類はもっと進歩してるって話だ。



「一年?!無理ムリムリ!!短すぎ!」



リチャードは私の内心を読み取ったかのように、手を肩に置き、へたくそな微笑みを見せた。



「心配すんな。超一流の俺がみっちり教えてやっから。

細けえことは後だ。まずは訓練場だ。おら行くぞ、そら行くぞ。」



ティーカップの両手が突然バンザイ状態になると、そのまま歩き出したリチャードの背後を追うように後ろ向きに引きずられ始めた。



「ちょ、いで、ででで、や、やめ、離せぇ!DV!このドメ!バイ!」

「それを言うならパワハラだろうが。」

「自覚あんじゃん!!後日裁判所からの通達が届きますのでお待ちください。」

「証拠は無えな。」

「外道!外道がここにいる!」



二人がテントを出ると、遠くの方から10人ほどの小隊が向かってきていた。

皆、一様に着ている制服がボロボロで疲労が見えている。



「~~~!……」

「うん?」

「お?やけに帰りが早えな。手こずってるのか。」



その中の一人が小走りで駆けてきた。

何やら声を張り上げているようだ。



「ティー!!なんでここにいるのよ~!」



後ろの隊員たちと同じようにボロボロの軍服を纏ったミッカだった。

ミッカに至ってはボロボロというより、もはや布切れが身体にくっついているくらいの布面積だ。

防弾用インナーが丸出しの非常に際どい恰好で、目の遣り場に困っている様子の人もいるようだった。



「うわあ~ミッカだあ~~!」

「はいはい。よしよし────


ミッカを目にしたティーカップは手を振りほどき、一目散に駆け寄ると、二人は示し合わせたかのように抱擁しあった。

が、次の瞬間にはミッカがティーカップの両肩を掴んで引き剥がした。


────じゃない!ここ一課以上の職員しか来れないのに!こんなこと上の人に知られたら役員会議モノよ!?」


ミッカは内心、穏やかではなかった。

ここは極秘中の極秘案件であり、身分的にも能力的にも到底、駆け出しが来れるような場所ではない。

無理を押し通せばどんな処分が下されるかも判らない。

少なからず彼女にとっても責任問題だ。


そもそもどうやってここに来られたのか。

ティーの周囲を観察すると、すぐ近くに違和感を見つけた。

リチャード・トーソンハゲちゃびんだ。

自分の相棒であり、手塩にかけて育てている可愛い可愛い後輩でもあるティーを勝手に連れ出し、その身を危険に晒した元凶。

尋問……あわよくば、ね。


一瞬の思考の後、ミッカはリチャードの瞬く間にその眼前に迫った。


「ッい!!」


リチャードの首に手がかけられそうになった瞬間、彼は端末の画面をミッカの顔面に向けていた。

直後、彼の顔面は危機を実感したように冷や汗が吹き出した。


「っ問題ない!!俺が特例で連れてきた。」


彼女の眼球だけが目の前の画面を注視すると、リチャードの全身を刺し仕留めるような鋭い殺気が一瞬、遅れてやってきた。

彼の判断は正解だったようだ。

不正解は考えたくもない。

リチャードは平静を装いつつ爆音で喚く鼓動を精一杯抑えていた。


「えぇ?……こっちにも段取りがあったのに、何を考えて……」


ミッカは癖である耳に髪を掛ける仕草をしながら少し苦い顔をしたが、すぐに切り替えた。


「……しょうがないわね。ティー。ここまで来ちゃったんなら、ちゃんと教えてもらいなねっ。彼、こう見えて教官としては超一流だから。」


ミッカはリチャードの肩を軽くはたくと、踵を返した。

「おいおい、他にどう見えんだよ」と聞こえたぼやきはスルーする。


「うん。頑張るよ。ミッカはここで何するの?すごくその、大変そうだけど……」

「ううん、今終わったわ。あとは帰るだけよ。多分また来ると思うから、頑張ってね。」

「おいこら!ミューバン!上官に牙剥いたツケ忘れんなよ。」

「悪かったわね。あなたならやりかねないと思ったのよ。それに、私の仕事も理解してるでしょ?」

「おめーは屁理屈ばっかだな。」



ミッカと共にやってきた小隊の一人がリチャードに何やら耳打ちをしていた。

それを聞き終えたリチャードは明らかな驚きを見せている。



「はああ!?交代要員じゃねえのかよ!単騎で!?

おま、若えヤツらに手柄分けてやれや……」

「はあ?余計なお世話!私だって若手よ!」

「お前は例外だろが……」


ミッカはリチャードに一喝すると、颯爽と帰路に就いた。

リチャードはすっかり萎縮してしまった。


「じゃあ、ティー!こればっかりはくれぐれも手は抜いちゃダメよ!下手すると死んじゃうから!愛してるよ~!」


彼女は後ろ向きに歩きながら眩しい笑顔でティーカップに投げキッスを飛ばし、小隊と共に去っていった。

対照的にティーカップは寂しいような困ったような顔をしながら手を振っていた。

ミッカというエリートをして死ぬとまで言わしめるということは『ウルティマ』と呼ばれるその力の修得は相当に高い壁になるということだ。


「前途多難かも……」

「っはぁ~おっかねぇ……ジャックナイフどころじゃねえだろアレ……」


リチャードは肩を大きく落とし、ため息をつく。

彼の目端が光って見えた気がした。





キャンプ横には訓練場という名の簡易射撃場が併設されていた。

少し距離の離れた小岩の上に標的が無造作にいくつか置かれているくらいの簡素な造りの場所だった。



「ほら、これ使え。」



ティーカップはリチャードが投げ渡してきた銃を危なげに受け取ると、両手でその構造を確認し始めた。

いま彼女自身が腰に差しているモノと特に変わったところは見られない。



「所有者フォーマットしてあるから登録は今やっとけよ。」

「同じの持ってるけど。」

「見た目はな。そら特注品ふぁ。」


リチャードはいつの間にか紙煙草を燻らせている。


サイアク。唯一の救いは風が強いことだね。


渡された銃の所有者登録を始める。

これができていないと撃つことはおろか、何一つ部品を動かすことすらできないからだ。

指をセンサー部に被せ、少し待つ。


「ミッカはなんでここに居たの?」

「そりゃおめえ、ここ来てやることなんて1つだ。

ここ着いた時見たろ、でけーヤツ。アレをもうったんだとさ。」


アレって、あの遠目に見た"起き上がってた影"か。

じゃあさっき単騎とか手柄とか言ってたのはそういうことだったのか。



「ミッカがあのおっきい化け物を一人で倒しちゃったってこと?」

「らしいな。見てねえから知らんが。」

「それってどれくらい凄いことなの?」

「どれくらいっつったって、俺も凄すぎてよく分かんねえよ。まあ規格外ではあるな。俺も長えこと此処を見てはいるが、甲種……あのサイズを一人でやれんのは、そうだな……そうそう居ねえな。

あいつは一課職員だが、実力だけ見りゃすでに特一でも遜色無いレベルだ。」



組織に所属してからこの2年の間、ミッカの身体能力を横で見てきた限りはかなり高めであることは知っている。

仕事の仕方やその成果物はミッカのものしか見てきていないから、他の職員と比べる機会なんて無かった。

彼女が基準だと思い込まされていたが、どうやら全くそんなことがないという可能性が濃くなってきた。


「ミッカってちゃんと人間なのかな……」


彼女自身は全く偉ぶらないし、72時間ノンストップで働けるらしいし。

アンドロイドとかの方がまだ説明がつくと思う。


「そう思いたいが、ちょっち疑わしいな。」

「オジはどうなの?」

「馬鹿も休み休み言え。あんなミサイルみたいな奴と比べてくれんなっての。俺はコーチング専門のお兄さんだ。」

「ふうん。キモチワル。ごめん、自分でお兄さんとか言っちゃう中年とか近寄りたくないです。」

「お前も充分ミューバンあいつそっくりのクソガキだよ。」


登録が終わると、それを報せるように銃が起動音を鳴らし始めた。


「コレ、中身はどう違うの?」

「ま、いつも通り撃ってみな。」

「なにそれ。まあいいけど……」


納得の行かないまま、言われるがままにティーカップは銃を構え、照準を標的に合わせた。

慎重にトリガーに指を添え、引いた。

カチッとスイッチ音が鳴ったと思うと、銃口から眩い光が周囲を真っ白に照らし、次いで強烈な爆発音が鳴り響いた。

熱風が吹き荒れる中、あまりの威力にティーカップは反動で後方上空へ吹き飛んだ。



「ぎゃあああああああああぐえっ」

「あ……?」



だが落下することなく、すぐに空中で静止した。

彼女の上着の首根っこあたりが上に伸びていて、何もないところでぶら下がっている。

ティーカップの手から、グリップのみを残したが落ちた。

撃ち出された弾は標的を撃ち抜くに留まらず、その周囲を丸ごと削り取り、ぽっかりと風穴を開けた。

さらにそのまま遥か遠方へ飛んだらしく、標的があった場所を発端に地面が遥か彼方まで延々と抉られ、浅い一本道ができていた。



「おま、これ……」

「な・に・こ・の・不良品っ!!ジジイのアホー!死ぬとこだったじゃんか!!」


ティーカップは脱力したまま騒いでいる。

当のリチャードは口を開けたり閉じたり、目の前の光景に言葉にならない様子だった。


数秒後、小さな爆発音がやまびこのように返ってきた。





リチャードは折り畳み椅子を広げ、ガニ股で座る。

両肘を膝に突き、手に持った"銃だったもの"を少し眺めると、項垂れた。

その様子をティーカップは地面に横たわったまま頬を膨らまして見ている。



「……すまん。」

「さっきから要領を得ないのよ!あと力が入んないんだけど!簡潔に説明しなさいよ!このハゲ!」



リチャードは「なんで俺がハゲてるの知ってるんだ」という言葉を呑み込み、口を開いた。



「悪かった。あれでお前の資質を確かめるつもりだった。」

「資質ぅ?」

「そうだ。『極威ウルティマ』の扱いが上手いヤツほど威力が高くなる。アレはそういう銃なんだ。下手が撃つと発射すらされん。

まずはソイツをまともに撃てるようになるのが目標になるはずだったが、お前にはそれが必要ないことが今さっき分かった。それにしてもアウトか……前例がえな」



リチャード曰く

私はすでに極威を十全に扱える準備ができているが、それを自覚していない状態だそう。

それさえできれば真っ当に極威を使えるようになるようだ。

しかし私の場合、強大な極威を内包しているのに、それを頭が認識できていないため、0から始めるよりしんどい可能性もあるらしい。



「で、なんで私は動けないのさ。」



ティーカップは声の張り上げに力を使い果たしたのか、今度は呟いた。



「極威は制御を間違えると体力や気力をひどく消耗する。

必要以上に力を使うとそうなることもある。

多分、銃を契機として普段使われない力が誘発された結果、全部ブリっとイっちまったってとこか。」

「漏らしたみたいに言わないでよ。セクハラジジイ。」

「なんにせよ、今後の予定が大幅に変わる。」



しかしこうなった以上、先ほどリチャードに出された課題は既に8割方済んでいるとのこと。

それを踏まえて新たな課題が出されることになった。



「んー、そうだな。

お前、明日アレりに行くぞ。」



「……んゃっぱそうなるんじゃん!!」



ティーカップはがなり立てると白目を剥き、失神した。


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Roll Croll que Rule (ロール・クロール・ク・ルール) 御白 拓 @shavaty

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