4.情報開示



「おい、起きろ。到着だ。」



リチャードはティーカップの頬を両手で交互に叩く。



「ん、んで、たぃ、痛いって!」

「お前は重役か~?」



いつの間にか気絶していたらしい。

ビンタが普通に痛くてムカついたため、リチャードに殴りかかったが、何てことなく往なされた。



「覚えてろお!」

「降りるぞ。」


出発した時と打って変わって彼は緊張感を持ったような静かな雰囲気を纏っていた。


「うわっ」


車のドアを開けると風が勢いよく吹き込み、ドアを持っていかれそうになる。

降りるとそこは荒野だった。知らない場所だ。

足元のそばに崖際があり、その下から地平の先まで見渡す限り真っ茶色の地面が広がっている。


あらゆる方向から強風が吹き荒んでいて、たくさんの人にタックルされているのかと思うくらい身体が押される。落ちそうで怖いので気持ち奥に移動する。

土埃も常に舞っていてなかなか目も開けられない。

ゴーグルが欲しいところだが、今は両腕で我慢する。


リチャードはというと、そんな状況気にも止めず周りを見渡している。



「ここは人類棲息圏の東端、つまり大陸の最東端だ。この平地から向こう側は『不可侵領域』と国際法で定められている。人類われわれは本来、この崖っぷちを境界として向こうへ立ち入れないし、も同じくこっちに侵入することが許されてない。

しかしまあ何でか知らんが物騒なのが押し寄せてくるわけよ。こんな感じの……」



どこから出したのか、いつのまにか火を点けた紙たばこを吸いながら端末を操作していた。

そこから大きな画面が目の前に映し出された。が、砂嵐のせいで上手く投影できないようだ。



「うん?ややこしいな……こういう時どうやんだっけ」



彼はぶつくさと文句を言いながら操作に苦戦している。

結局面倒になったのか、隣に寄ってきて端末の画面を直接見せてきた。



「ほあ、見れみろ。こんな奴らだ……気にすんなよ、これくらい。」

「……」


彼が咥えているタバコの煙が顔にまとわりついてきたため風上に移動する。喫煙者滅ぶべし。

おそらくここらへんで撮られたであろう動画が画面に映っている。

こんなところに私を連れてきて、彼はいったい私に何をさせる腹積もりなのだろうか。



【おいおい、また変なのが来たなあ。】



動画内のリチャードが二、三つぶやくと何かの影が映った。

ズームされた画面上でもわかりにくいほど、かなり遠くの方で小さく土煙が上がっている。

時々その隙間から大きな影が垣間見えていたが、煙が晴れると化け物が映った。

それは人間の四肢を無理矢理引き延ばしたような姿をしており、加えてそのサイズは相当大きいように見て取れる。見上げるくらいはあるのではないだろうか。

しかし巨人というには歪すぎる身体で、まさしく化け物と形容するのが適している。



「なにこれ……!合成?」

「リアルだ。」

「噓!……怪物?未確認生物?ロボット?」

「さあな。俺も詳しくは知らん。まあなんであれ敵対対象だ。」

「あんなキモコワ今まで全然見たことも聞いたこともないよ?」

「ああ。そりゃあ……こんなんがニュースになったら世界中がパニックにしかならんだろ。

ここじゃ、ああいうのをブッ殺したり余裕がありゃ捕獲したりして人類防衛に取り組んでるわけよ。」

「ちょっと待って。その話が本当なら絶対三課案件じゃないじゃん!」

当たり前たりめーよぉ!一般人パンピーにゃ噂すら許されねえレベルの話よお。」

「私、新人だよ?情報制限もかかりまくって……」

「あーいい、いい。気にしなくていい。もう話通ってっから。」

「ヤな予感がする……」

「まーとにかくゴキちゃん並みに数が多くてな。やってもやっても減らねんだわ。こっち着いてこい。」



リチャードは頭の横から親指で後方を指し、そちらに歩き出した。

とりあえず着いていきはするが正直、あんな化け物の相手をするなんてできっこない。

ましてや対面するなんてもっての外だ。

帰りたいよお。



「おめえ、特務やったことあるか?」

「特務?んーないよ。」

組織ウチの業務には『通常任務』、略して『常任』と『特殊任務』、略して『特務』があるんだが、ざっくり言うと『常任』は人間、『特務』はそれ以外が対象の任務だ。さっきの映像は特務にあたる。ちなみに内地でやってる人間同士の戦争ごっことは比較にならんから今のうちに目に焼き付けとけよ。単純に威力が違う。」

「今のうち?なんで?」

「なんでって……ミューバンとペアなんだろ?」

「???」



なんでミッカの名前が出てくるんだろう。

ミッカが特務をこなしているから私もその内やることになる、ということだろうか?

そんな話、ミッカからきいたことないけどなあ。



「ジプサム山って知ってるか?多分、ちょっと前まで教科書とかに載ってた世界二位の山。

ここらへんが全部そうだ。」


リチャードは指に挟んだタバコから出る煙で線を描くように周囲をなぞった。


「山?いや、聞いたことないけど。ここ平野じゃないの?何にもないよ?」


周りを見回してみるものの、やはり地平が続くばかりで山影の一つも見えない。


「山脈とまでは言わんが、そこそこでかい山が連なってここにあったんだけどな。蒸発した。」

「何言ってんの?」

「ついでに山の向こうにあったバカでかい湖も枯れちまった。両方ここ数年の話だ。」

「え、実話なの?」

「実話も実話よお。なんせ情報消して回った張本人、俺だぞ?いやーあれはやらかし……」



突然、地響きがした。後ろを振り向くと、先ほど見ていた場所に一層激しく砂埃が舞っていた。砂塵の向こうで巨大な人影が地面の中から起き上がっているようだった。

さっきの映像とはまた違う形だ。



「うわわわなんじゃありゃあ……!」

「お、お前持ってるなあ。ヤバいの出たぞ。」

「え、もしかしてウチ、アレと今からやり合うの?……」

「あ?お前が行って何かできんのか?あんなもん、即応部隊がどうにかするわ。」



ノックするように頭を数回小突かれる。

殴り返そうとするも片手で頭を抑えられる。腹立つ。



「ウチも援護射撃とかできるし。」

「そうかいそうかい。」

「これでも腕に自信はあるんだが?」

「今日は見学だ。黙って付いて来いや。」

「……(今日?)」



今さっき出現したアレは雑に見てもタワマンくらい大きい。

さっきの、山が消えたとかいう頓珍漢な話もちょっと真実味を帯びてきてしまった。


一抹の不安を抱えながらリチャードと共に丘を越えると、戦場に展開されるような大きなベースキャンプが眼下に広がった。

いくつもの軍用車とテントが整然と並び、人々が忙しなく行き交っている。

キャンプに入ると道行く人たち皆がこちらに注目している。



「あ!リチャードさん、ご苦労様です!!かなり思いきりましたね!」

「おう、まぁだ生きてたか!前言ってたお前んとこの───」

「おつかれさまです!!随分とスッキリしましたね!」

「よぉう!ごくろうさん!スッキリ?おかげさんで助かった!───」



リチャードは道すがら、テントを出入りする軍人のような格好をした道行く人達に短い挨拶を繰り返していた。

しかも全員もれなく彼を慕っている様子だった。

この男、どうやらかなり偉い人物らしい。



「いやあ、色男はモテモテで参っちまうよ。」

「そだね。」

「お前は愛想えなあ。ここだ。」



キャンプの真ん中あたりまで歩き続けると、食堂として使用されているというテントに到着した。

中に入ると簡素な長机が所狭しと並んでいた。

食事時間からは外れているらしく、数グループが離れた席で談笑していた。

そこかしこから汗とか脂とかカビとかを混ぜたようなキツめの臭いが立ち込めていた。

思わず咳がでて鼻を摘まんでしまうほどだ。



「うぅっ」

「ハハ、我慢しろ。すぐ慣れる。簡易糧食レーションしかねえが、いるか?」

「ねえ、嫌がらせなの?水がいい。」

「ったく、こちとら親切心で言ってやってんのによお……」


リチャードから水を投げ渡される。


「……ほらよ。」

「ありがと。」


組織が提供するレーションは『早い、臭い、不味い』の三拍子ものだ。

味と香りと食感と諸々を犠牲にすることで栄養価とエネルギーと吸収率を最大限まで高めた超栄養食飲む吐瀉物となっている。パウチ型のパッケージングがゼリー飲料のように10秒チャージを可能としているのだ。

かつて、その銀色のパッケージを見るのも辛くなるほど摂らされた。

もうそれを摂取しないと死んでしまうような状況になってようやく口に運べるくらいの代物なため、思い出すだけで胃液が迫り上がってくる。

刺激臭が充満するこの空間であんなものを食わそうだなんて、何考えてるんだこのおっさんは。



「よお、マジでチャーリーがいるじゃねえか!ハハハ!!見栄っ張りはやめたのか!

「あ、殻付きもいるよ!」

「かわいいなあおい!気張れよ嬢ちゃん!」

「女子がいると華やぐなー!」

「アタシは女子じゃねえのかよ!」

「うちに来いよ!腕上がるぞー!死ぬかもしれんが!」

「そんなのより俺が教官代わってやるぞー!」



先ほどリチャードが挨拶をしていた人達から話を聞いたようで、ワラワラとテントに野次馬が集まってくる。


「るせえなぁ!!どっかいけおめえら!持ち場に戻りやがれシッシッ!」


彼らは離れつつもブーイングを飛ばす。

なんとも元気な人たちだ。



「ふう、落ち着いたな。じゃ、今から特一の情報開示していくからよく聞けよ。」

「……はあ?!」



突然のリチャードの言葉に思わず机に拳を落としてしまい、大きな音が鳴り響いた。

周りの視線が注がれる。



「あ……す、すみません。」

「俺にもその態度で接しろや。」



リチャードの言った「特一」とは「特殊一課」と呼ばれる部署階級の頂点中の頂点のことだ。

組織ウチは下から[訓練課→三課→二課→一課→四課]と大雑把に部署階級がある。しかし『特殊一課』はここに組み込まれていない。役員と扱いは大差なく、天の上の存在だからだ。

今の私は三課所属。平も平、ペーペーのアルバイトみたいなものだ。下から2番目の成り立てだ。

そして、特一情報ということは通常職員はおろか、高等職員エリートと呼ばれる一課や四課職員ですら容易に辿り着けない情報ということでもある。

今までとは段違いの守秘義務という槍が私の頭から足先までを貫くことになる。

断固拒否だ。迷わず耳を塞いだ。



「ヤだ!聞きたくないっ」

「知る由もねえだろうが、特一の情報で秘匿重視のものは少ない。危険度が高いって理由で分類されているものが殆どだから一課所属からでも開示許可は割と簡単に取れる。だいたいが知っててもどうしようもない事だからだ。お前が心配してるほど大したことじゃねえよ。

なにより、ここに居るヤツらは全員知ってることだ。だから何喋っても問題ないんだよ。」



生唾を呑む音が大きく鳴った。



「え、それって……」



リチャードが素早く私を指さす。

私の額にその指先が当たる。



「お察しの通り。ここに居る奴はお前一人を除いて全員、最低でも一課所属。選りすぐりのエリート達だ。」



膝から崩れ落ちた。

なんて事だ。なんて場所に放り込んでくれたんだ。

組織に5%もいないとされている高等職員がここには掃いて捨てるほどいる。

あっちでおちゃらけている人たちも、さっき来た若い人もおじさんもお姉さんも。みんなエリート。

しかもリチャードの言葉が意味するのは、ここはエリート達がそれだけ揃って仕事に当たらなければならないほど過酷な場所ということだ。

そんな中、木端の如き私に何をさせようというのか。このおっさんは。

言葉通り受け取ると見学なわけだが、組織の人間は常日頃から冗談と嘘しか口にしない。

この後「じゃあさっきのヤツ、りに行け」となってもなんら不思議じゃないのだ。むしろ茶飯事ですらある。

上昇志向がないわけではないけども、これはステップが高すぎではないか。



「座れ。お前は組織ウチ来て何年目だ?」

「……3年目だよ」

はええなあ。」


元の椅子に座りなおした。


「ま、それならビビんのもしょうがねえか。既に知ってるとは思うが、組織ウチの理念は『超合理主義』だ。最短最速最効率。使えるモンは何でも使う。使えないモンはすぐ棄てる。棄てられたモンでも使えるところがありゃ、そこで消費する。そういうとこだ。」

「私は使えるってこと?」

「そーゆーこった。お前の仕事を上が評価したってこった。良かったな。新人が評価されるなんざ前代未聞だぞ。何やったんだ?」

「知らない。心当たりもないよ。」

「使えるヤツは上の仕事を回される。誰にもできねえ仕事なんかいくらでもあるんだ。ウチは常に人手不足。評価されればそれだけ重用もされる。ま、なんにせよ特一情報を開示して問題ないと判断するくらいには期待かけられてるってことだ。そもそもさっき見せた映像から今の話まで全部特一に該当してんだ。お前はもうずっぽし浸かってんだよ。観念して聞けや。」

「……わかった。」


静かに鼻をすする音が鳴った。


「……あ?なんで泣いてんだアホか。」

「うるさいっ!一般人出身には荷が重すぎるんよ!」

「はあ~?……ッハッハッハ!聞いた以上にめっんどくせえガキだな。」



リチャードは呆れたように頭を掻いた。

と同時に彼の端末から着信音が鳴った。

メッセージが来たようで、その内容に目を通して一瞬固まったように見えた。



「まあ、まあ、ポジティブに考えりゃあ、今期どころかここ十数年くらい、お前以上にチャンスが来てるヤツなんざいないんだ。それにうまく行きゃ、ミッカ・ミューバンお前のメンターの役に立てるようになるぞ。」

「うん……」

「話はこっからだ。端末は持ってるだろ?コレ。支給された情報端末機だ。」


リチャードは手に持った携帯端末を差し出した。

これは職員全員に同じものが支給されている。

パッと見は世間一般の携帯電話と同じような見た目をしている。


「……あるよ。」

「あれには特別な機能が付いている。」

「どんな?」



彼は一息置き、姿勢を少し正してまっすぐ見てきた。



「人間を超越させる機能だ。」

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