3.連行
「暇だ。」
時刻は正午。自室。
つい先ほどミッカに休暇を言い渡され、自室に戻らされた。
今の私は数日くらいは自由を謳歌できる身である。しかし予定が何もないからやる事がない。行きつけの店も無いし、何かの習慣があるわけでもない。友達はいないし本は読まないし一般娯楽もあまり興味がない。おねむでもない。
そもそも普段の業務自体、休み休みにやっているので私に休暇はあまり必要ない。
じゃあ何をしようか。事務所でも行こうか。
今やりたいことと言ったらミッカの仕事ぶりを観察するくらいかな……
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「ミッカ!暇!!」
事務所の扉を勢いよく開けると、知らない顔の男性がミッカと私の間の使われていないデスク(お誕生日席)に座っていた。
その人物はこちらに目だけをやると、一息吐き、力を抜いて笑った。
「お、噂のか。あいつは緊急案件の呼び出しみたいだなあ。」
彼はほれ、とアゴで私のデスクを指す。見てみるとそこには書き置きがあった。
「あ、はい」
知らない人にプライベートな態度を見られた恥ずかしさを悟られないように即座に声色を切り替え、書き置きを手に取った。
『急な案件が入っちゃったので出ます。明後日くらいに戻ると思うけど、連絡できない場所なので何かあったらとりあえず保留にしておいてネ☆』
とミッカの字が走っている。
男はデスクに両足を乗せると頭の後ろで手を組んだ。
「あの、どちら様でしょうか。すみません、存じ上げなくって」
最初から図太めな態度が見て取れる彼に、機嫌を損ねないようおずおずとその正体を訊ねた。
この部屋に入れていることから組織の構成員なことは確かだ。
「あー……あいつの同期?そんな感じだ。まあ暇人同士仲良くしようや。」
「はあ。よろしくお願いします。」
ミッカと同期と言うには少し歳が離れているのではないだろうか。ミッカは学生上がりのお姉ちゃんな印象なのに対して彼は直球におじさんという印象だ。顎髭蓄えてるし。まあ年齢は関係ないか。
彼は何も言わずこちらに片方の拳を付き出した。やれということだろうか。
数秒、周りを見渡すも彼の体勢は変わらない。
仕方なくそれに応えてチョン、とグータッチ。
すると彼は目をギョッと見開き、椅子から弾けるように立ち上がると私の両肩を掴んだ。
「オイオイ!嬢ちゃん見込みあんなあ!」
「え、え?、ええ??」
何がお気に召したのかは分からないが、やたらと驚嘆している様子だ。
今までしてもらえなかったんだろうか、グータッチ。
最近の若い子はそういうのに当たりが強い、みたいな話も小耳に挟んだことあるしなあ。
人知れず無視される哀しみを抱えてたりしたんだろうか。
「じゃ、行くか!」
「え?いや、このあとやることあるんで」
「いやあ、やることいっぱいだぞお!腕が鳴るなあ!」
男はいつの間にか私の胴体に手を回し、ひょいと肩に抱えた。
「はああ?!いやあやあ!離せ!変人!変態!離せ!くさい!」
「ハーッハハハ!!活きが良いな!」
おっさんの頭を肘で猛烈にど突いたが、笑い調子で全く応えない。と思ったら、何か軽いものが床に落ちた音がした。毛の塊だった。私の僅かばかりの良心が手を緩め、彼の頭頂部から目を遠ざけた。
おっさんは私を抱えたまま外に出た。さすがに真っ昼間の往来でこんな痴態を目撃されたら事件になりかねない。はずだが、タイミング悪く周りには通行人はおろか車一台すら通っていない。
チっ、なんて悪運の強いおやじだ。仕方ない。悪意は全く感じないし折れてやるか。
斯くして私は為すがまま彼が乗ってきたと思われる車の助手席に座らせられ、どこかへと連れていかれるのだった。
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ハゲは面倒そうな操作を手際よくこなして車のエンジンをかけると、発進させた。
音はうるさいし車内は革や何かの古臭いニオイがするしでなんだか落ち着かない。
「なんで今どき
この車は今時にしては珍しく、ハンドル付のガソリン車だ。ガソリン車なんて年代物、高齢者かよほどの物好きしか乗らない。
何だかわからないレバーやボタンがたくさん付いている。
ハゲは発進のたびにガチャガチャいじっているが、とっても面倒そうだ。
「こういうのが『粋』なんだよ。ったく、
オジは自信たっぷりな顔で、どこかで聞きかじったような、自分の言葉になりきっていないようなクサい台詞を吐いた。
「はいはいロマンチスト乙。」
「いやいや、年食ったらわかるようになっから……嬢ちゃん、名前は。」
「人の聞く前に自分の言えし。セクハラ親父。」
「おいおい、俺は一応上官だぞ。人の印象ってのは」
「うるさい、お前が言うな拉致犯め。」
「ハハ、悪い悪い。俺ぁ『リチャード・トーソン』だ。さっき言ったがミッカの同期にあたる。」
「じゃあおっさんだから『オジ』って呼ぶね。」
「名前ですらねえのかよ。まあいいけどよ。」
『ハゲ』じゃないだけマシだと思え。
「ん?なんか言ったか?」
「いや、私は『ティーカップ・フィーセン』。4か月前新人ルーキーになったばっかだよ。ミッカとペア組んでるよ。」
「ほぉ。お前フィーセン姓貰ったのか。じゃあ期待のエースとペア組めるってわけだ。」
「なにそれ。」
「こっちの話だ。じゃ、俺はお前めえを『茶碗ちゃん』って呼ぼうかな〜」
「キショ。これどこ行くの。」
「秘密~」
ハゲの距離の詰め方が早すぎて苦手だなと思う反面、その発言に大した感情が伴っていないのであしらえる軽さがある。ウザいけどクドくない。彼から受ける印象は良くはないけど悪くもない。謎だ。
でもこういうのに限ってちょっと踏み込むと途端に面倒くさくなるんだよね。
あんまり仲良くならないようにしよ。
「ま、ちょうどいい暇つぶしだ。やる事ねンだろ?一応聞いておくが訓練課程は全部済んでるよなあ?」
「あたりまえ。ミッカのお墨付きだよ。」
「その先は?」
「え、その先あるの?」
「あるぞ。エモノは?」
「
「ウォウ!おじさんとオソロじゃん!電磁エレマグと光子フォトンとプラズマ、どれが好みだ?」
「オジに興味ないし……電磁はゴツくて重くてかさばる。プラズマは何かと手に余る。光子がスマートだね。」
「そうかそうか!お前とはいい仕事ができそうだ!」
「オジはよくわかんない事ゆーね。私はあなたと仕事する予定ないよ?」
「例えばの話だ。気にすんな。」
車は自動車専用道路の脇道に逸れ、一般車が入れないようなシャッターを何度か抜けると大きなトンネルの中にたどり着いた。進入口らしき場所には大きな物々しいゲートが見えた。
「うし、高速乗るぞ。」
「高速ぅ?」
このあたりに高速道路なんてなかったはずだけど。
しかしゲートを2つ通り抜けると、3車線+3車線の立派な高速道路が現れた。
工事中なのか規制中なのか、車が1台も通っていない。
「おらいくぞ、舌かむなよ!」
そして道路に侵入するやいなや、エンジンが唸りを上げて車が急加速しだした。
「ぐうぅぅぅ……うごけな……コラハゲ……」
「ハッハッハッハ!こおれこれぇ!サイコーだー!すぐ到着するから我慢しなー!」
舌を噛むなと言われたが、そもそも顎が下がるから噛みようがない。
急加速によって全身が圧し潰される。全部の内臓が押さえつけられているようだ。
運転席の180km/h最大表示のメーター針は振り切れている。速すぎでしょ。道交法違反でしょ。即免停でしょ。
誰かこのハゲに鉄槌を……
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