私の義娘が可愛すぎて辛い


 年末年始を控えた今、雪那との一線を踏み越えたことで、俺は人生が順調に進んでいると実感できていた。

 天魔童子に加え、国内で頻発する不穏な事件の数々。これから待ち受けるであろう敵の数々を考えれば気が重いが、そんなもん勝てばいいのだ。何事もネガティブである必要などない、ポジティブに考えた方がやる気も出るし。

 それには、末来への展望を現実のものとするために必要なことをするのも重要だ。


「という訳で、今日より華衆院家の養女となった斑鳩燐……改め、華衆院燐だ。皆、よろしくしてやってくれ」

『『『ははぁっ!』』』


 饕餮城の広間、俺と雪那に挟まれる形で座る燐に対し、重文たちを始めとする家臣たちは頭を下げる。

 西園寺家からの要請を受け、土御門領で起こった百鬼夜行……今では竜尾山の大乱と呼ばれる大事件の解決に大きく貢献した燐は、その活躍と実力が認められ、無事に華衆院家への養子として迎え入れられることとなったのだ。

 忍者に対する偏見の目は未だに強く、名門である華衆院家への養女に忍者を迎え入れる際には色々と言われもしたが、実力主義がものをいうのも大和帝国の特色。実力と実績さえあれば、そのハードルも下がるのだ。


(それに、年々諜報活動の重要性も周知されつつあるしな)


 ついでに言えば、燐が養子となったのはあくまでも、華衆院家が西園寺家との繋がりを強くするための政略結婚のためとう名目があり、燐やその子供に華衆院家に纏わる全ての相続権が発生しないという契約を交わしたのも大きい。

 実際のところは晴信の超個人的な想いが反映されたが故の事ではあるんだが……結果として、家臣たちに受け入れられたから問題ない。


(……にしても)


 俺は少しだけ前の位置……この場の主役の席に座る燐を見る。

 今まで見てきた忍び装束ではなく、雪那の着物とかも手掛ける領主御用達の呉服屋が燐の為にオーダーメイドした、鮮やかな紅葉柄の着物を着ている燐は、華衆院家の家臣たちに頭を下げられてガチガチに緊張していた。


(まぁ気持ちは分からんでもないでもないけどな)


 これまで平民以下として扱われてきた身分から、大貴族に使えるような名家……準貴族とも言えるような身分出身の面々に傅かれるようになったのだ。

 まさに大和帝国版のシンデレラストーリー。表情の変化こそ乏しいが、よく見れば恐縮し切っているのが分かる。

 それは雪那から見ても同じなんだろう。ふと彼女と目が合えば、俺も雪那も燐の様子に思わず苦笑してしまったし。


「では燐。ここにいる者たちに言葉を掛けてやれ」


 ただ残念なことに、主役の言葉が無くちゃ家臣たちを集めた意味がない。

 緊張しているところ悪いが、そのくらいの事はしてもらわないといけないわけだが……まぁ大丈夫だろう。


「…………華衆院家の家臣の皆様、初めまして。ご紹介に預かりました、華衆院燐です。こうして今日という日を迎えられたことを、とても嬉しく思います。…………これからは華衆院家の繁栄のため、ひいては帝国全域の為、嫁ぎ先である西園寺家の力になれるよう尽力していきますので、どうかよろしくお願いします」


 忍者は卑しい身分であり教養がない……そんな世間一般での認識を覆すように、燐は楚々とした姿勢と言葉遣いで家臣たちに挨拶を告げる。

 俺の目から見ればまだまだ粗が目立つし、ぎこちなくはあるが、少なくとも下手な貴族よりかは上品だ。家臣たちの反応も良くはないが、決して悪くもない。


(まぁお披露目は今日が初めてだが、その為の前準備はずっと進めてきたしな)


 西園寺家に嫁がせるためというのもあるが、それ以前に華衆院家の娘にするにはそれなりの立ち振る舞い……最低でも、目に見える作法っていうのが求められる。

 正式に養子にするために、雪那が主導となって燐を貴族の娘らしく徹底的に磨いてきた甲斐があり、今の彼女が野外で泥に塗れながら過ごしていたような身分だったと、初見で見破れる奴はいないレベルには達することができた。

 ついでに言えば、家臣たちに対してもあらかじめ根回しをしていたし、及第点さえ貰えればこっちのものってわけだ。


「皆も知っての通り、燐は我が華衆院家と西園寺家を繋ぐ重要な役割を果たすこととなる。これは帝国西部、ひいては帝国全土に影響を及ぼし得る役目だ。その意味をよくよく理解し、よくよく燐を支えてほしい。差し当たって、雪那には引き続き燐の教育を任せるぞ」

「承知いたしました」


   =====


 評定が終わり、奥御殿にある自室へと戻ってきた雪那は、後ろをついてきた燐が所在なさそうにしているのを苦笑しながら見やる。


「まだ落ち着きませんか? 貴族になったことに」

「…………ん」


 雪那からの質問に燐は戸惑いながらも小さく頷く。


「…………ちょっと前まで、こうなるなんて考えたこともなかった。誰の目も向けられない場所で、ただ求められたことだけをしてただけだったから…………」


 それはそうだろうと、雪那は実感と共に燐の言葉に内心で同意した。

 雪那自身、華衆院家に迎え入れられ、満ち足りた日々を送れるとは思っていなかった身だ。かつては忌み子として侮蔑の視線を向けられ、家族からも疎まれて、古く小さな庵の中に押し込められて生きてきた。

 だからこそ、自分を取り巻く環境が激変し、生活や周囲からの視線が切り替わったかのように反転した今の燐の気持ちがよく分かるのだ。


「…………でも…………頑張りたい」


 雪那が昔日の事を思い出していると、燐は顔を赤く染めながらポツリと呟く。


「…………私なんかが晴信様の隣になんて高望みだって思ってたけど…………それが叶うなら…………」


 本来、決して叶うはずのなかった願望だった。どれだけ晴信の事を好いても、卑しい身分の自分が帝国でも有数の高貴な血筋の持ち主である西園寺家の次期当主の正室になるなど。

 しかし晴信もまた自分の事を好いて、全ての準備を整えて手を差し伸ばしてくれた。ならばそれに応えるために、自分も手を伸ばして晴信が恥ずかしくないような人間になりたい……そう呟く燐は、その小柄過ぎる体も相まって非常にいじらしく、そして可愛らしいものに雪那の目に移った。


「あ、あの……燐。嫌ならば嫌と言ってくれて構わないのですが、お願いしてもいいですか?」

「…………?」


 戸惑いながらも頷く燐に、雪那は意を決したように口を開く。


「す、少しだけ……ぎゅうっと、抱きしめてもいいですか……?」

「…………な、何で……?」

「深い理由はないのですが、その……な、何となく……」

「…………よく分からないけど、別にいい」

「本当に? で、では失礼して……」


 雪那は自分と比べてもさらに小さい、燐の体を優しく抱き寄せ、着物越しの豊かな胸に顔を埋めさせる。

 こうして抱きしめてみると、驚くほど華奢だと思った。戦場や任務ではあれほど頼もしく思える燐が、実はこんなにも小さかったのかと改めて実感する。

 

(ふ、不思議です……彼女が私と同じ年頃の女性であると分かっているはずなのですが……!)


 何だか変な気持ちになってしまいそう……雪那は自分の中で湧き上がってくる気持ちに名前を付けれずにいると、胸元の燐が恐る恐るといった感じで見上げてきた。


「…………雪那様……? さっきからどうしたの?」

「いえ、その……自分でも少し整理がつかないのですが…………それはそうと燐、貴女も華衆院家の養子になった以上、私のことをそう呼ぶのは不適格ですよ」


 燐を体から離し、気を落ち着かせるように呼吸を整えた雪那は、教育を任された身として間違いを正す。


「細かいことに思えるでしょうが、貴族間では細やかな所作や些細な言い回しで相手の事を判断します。人の呼び方など、礼節に大きく関わるものは特に。公私で使い分けることができればそれでも構いませんが、燐はまだ不慣れでしょうし、これからは日常でも正しい呼び方を口にする習慣を作っていきましょう」

「…………ん、分かった」

「それでは燐、國久様の養女となった貴方は、國久様との婚約式も終えている私のことを何と呼ぶのが適切ですか?」


 そう問いかけると、燐は顔を赤く染めて恥ずかしそうに身動ぎしながら、まるで恐れ多くて遠慮するしているかのような掠れた声で囁く。


「せ…………雪那、義母様かあさま…………?」


 義母様……そんな呼び名を聞いた途端、雪那は胸に矢が突き立ったかのような衝撃を受けた。

 婚約式とは、婚約を結んだ二人が将来的に正式な婚姻を交わすことを大和で信仰されている大地の龍に誓う行事で、これを行った男女は形式的には夫婦と同列に扱われる。

 なので燐が口にした呼び方が正解だし、答えは予想できていたのだが……実際に耳にした時の衝撃は、想像を絶するものがあった。

 雪那は思わずといった様子で燐を抱きしめる。 


「か、義母様……!? ……な、何……!?」

「あ、あ……! そ、その……ごめんなさい! 何だか堪らなくなって……!」


 ごめんなさいと言いながらも、このまま離れるのが惜しくて中々放せない。

 子供のように小さな体の燐だが、成人を迎えている立派な大人だ。なのでそれ相応の対応をしなければならないと頭で理解しているのだが、感情を理屈だけでは制御しきれないのが人間である。


(い、今なら國久様の気持ちが分かる気がします……!)


 國久も何かにつけては自分を抱きしめてきて大変恥ずかしい気持ちを味わってきたが、彼がそうした理由が今なら少しだけ理解できた。

 理屈など関係ない。可愛ければ全てよし。血も繋がっていない、同年代の相手だと分かっているが……どこからどう見ても愛らしい幼女から、控えめに『母』と呼ばれ、雪那の内に秘められた母性が若干暴走してしまっていた。


「…………か、義母様……っ。…………ちょ、ちょっと苦しい……胸に……胸に溺れる……!」


 無理矢理引き剥がそうにも、雪那の体を叩いて解放されようにも、少し前までの身分が枷になって……あるいは、少し苦しくても雪那の胸の中が心地よくて満足に抵抗ができない燐。

 彼女が正気に戻った雪那から解放されるのは、これから少し後の事だった。



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