夢幻の記憶

記念すべき書籍版第一巻、本日発売!

近況ノートにイラストと、新しく投稿し始めた新作に関する情報がありますので、よろしければ見て行ってください


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 大和帝国の首都。皇太女である天龍院美春の別邸にて、異世界から突如としてこの世界に転移してしまった高校生、御剣刀夜は全身から汗を流しながら、木刀の素振りをして鍛錬に励んでいた。

 幼少の頃から研鑽を積んできただけあって、その太刀筋は鋭く、木刀が空を裂く度に小気味の良い風切り音が鳴るが、そんな太刀筋とは裏腹に、当の本人の胸中は荒れ狂っていた。


「……クソ……っ。まだ謹慎が終わらないのか……!」


 先の一件……王都近郊に現れた土蜘蛛との戦いの際、部隊長の指示を無視して兵士たちを危機に追いやった罰として、宝刀である鬼切丸を没収され、この別邸から出ることを禁じられた刀夜の鬱憤は堪っていく一方だった。

 刀夜自身がこの処罰に納得がいっていないというのもあるが、それ以上に彼の心を苛むのは焦りによるものである。


(こうしている間にも美春のお姉さんや、あの日の夜に見た女の子が、華衆院國久や西園寺晴信から酷い目に遭わされてるっていうのに、俺はこんなところで何してるんだよ……!)


 刀夜は晴信が黄龍城へ報告に訪れた日の夜の事を思い出す。

 明るい光を放つ月の下で覗き見た、まだまだ幼いが将来性を大いに感じさせる人形のように可憐な少女が、無機質な表情を赤く染め、愛しさと羞恥が入り混じった潤んだ瞳を晒す姿に、刀夜は今まで感じたことが無いような気持ちに支配された。

 あの名も知らぬ少女に、あのような目を向けられるというのはどういう気持ちなのだろう……仮にも数多くの美少女から焦がれるような目で見られてきた刀夜だが、話したことも無い少女に対して、このような独占欲に似た感情を抱くのは初めてだ。


(なのに……何で西園寺晴信なんかにあんな視線を向けるんだよ……!)


 それだけに、あの少女が自分にではなく、忌々しい西園寺晴信に対してあの目を向けるのが我慢ならなかった。

 刀夜にとって晴信という男は、守るべき女性を金や暴力を使って平気な顔で虐げる國久の仲間、同類である。そんな男が美少女から好意に満ちた視線を向けられるなど、あってはならないのだ。

 何か理由があるんじゃないのか……そう考えた時、刀夜の脳裏に天啓とも呼ぶべき閃きが生まれる。


(この世界には魔術なんて不思議な技術がある……もしかしたら、人の心を操る魔術か何かを使って、あの子の心を操っているのか!?)


 そう考えれば全ての辻褄が合う。むしろそれ以外に考えられない……そう自分を納得させた刀夜は、晴信の卑劣さに勝手に妄想して一人憤慨した。


(人の心を……それも可愛い女の子を自分の意のままに操るだなんて最低な奴だ! やっぱり華衆院國久なんかと仲良くしてる奴なんて、ロクなのがいないな!)


 きっとあの可憐な少女は、晴信の下劣な魔術によって操られているのだ。そして内心では嫌々ながらも、晴信に抱きしめられていたに違いない。 

 これはもう、自分の手で少女を晴信の魔の手から解放し、あの眼差しを向けるべき本当の相手は誰であるのかを教えてあげるしかない……自分がなぜこれと言った接点のない少女に固執しているのかも理解できないまま、刀夜はそう決意する。


(それに美春のお姉さん……きっと妹にも似て美人だろうし、華衆院國久の事だから、お姉さんの事も卑怯な魔術で操ってる可能性が高い……! 本当なら今すぐ二人を俺の手で助けてあげたいのに……!)


 しかし現実は非情で、刀夜の身はこの別邸に封じられたまま。謹慎命令を無視して飛び出そうにも、魔物が蔓延るこの世界では國久たちの元に辿り着く為の武器も没収されているし、金や地図などを調達する当てがない。

 それ以前に、刀夜の謹慎についてはお触れが出されて周知されているため、下手に動き回ると通報されてしまうのだ。

 一体どうすれば苦しんでいる美少女を救えるのか……自分はどうしてこんなところに封じ込められているのか……刀夜はまるで悲劇の主人公にでもなったような心境で悩み苦しんでいると、一人の少女が別邸の敷地内に入ってきた。


「おはようございます、刀夜さん」

「あぁ、茉奈か。おはよう」


 それは美春の専属侍女であり、國久の腹違いの妹である茉奈だった。

   

「今日も鍛錬に精が出ているようですね。そんなに汗をかいて……どうかあまりご無理をなさらないでくださいね」

「ありがとう、茉奈。でもこのくらいでへばっていられないよ。今度こそ華衆院國久を倒さないといけないからね。美春のお姉さんを助けるために……そして君への仕打ちを償わせるために、ね」

「……ありがとうございます、刀夜さん。とても心強いです」


 そう言って茉奈は刀夜に体を密着させ、持っていた手ぬぐいで刀夜の汗を優しく拭く。


「本当なら今すぐにでも奴らのところに乗り込みたいんだけどね……謹慎さえなければ……っ」

「可哀そうな刀夜さん……でも大丈夫です。今美春殿下が貴方の謹慎が解けるように各所に掛け合っていますし、そうなれば今度こそ兄を倒せるはずです。だって刀夜さんは毎日こんなにも頑張っているのですから」

「ありがとう……そう言ってくれて嬉しいよ」


 美少女からの熱の籠った視線と共に向けられた微笑みと期待の言葉に、落ち込んでいた刀夜の気分が少し持ち直す。


「どうか安心してくれ。もう華衆院國久の卑怯な魔術なんかに負けたりしないから」 

「はい。私も次こそは刀夜さんが勝つものと信じています……ですが、事態はあまり良い方向には向かっていないようです」

「……? それはどういうこと?」


 刀夜がそう問いかけると、茉奈は自分の中で情報を整理するかのように黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。


「刀夜さんは今、帝国西部で何が起こっているのかご存じでしょうか?」


   =====


 ある日、雪那は随分と自分の意識がハッキリしている明晰夢を見ていた。

 その夢が見せるのは、大和帝国の国花である桜が咲き誇る海沿いの場所。少なくともこれまで一度も見た覚えのない光景だ。

 

(以前、夢というのは見る者の記憶から生まれるという学説を聞いたことがあるのですが……)


 そんなことをぼんやり考えながら、景色は徒歩と同じような速度で流れていく。まるで夢の中の土地を実際に歩いているような気分になっていると、小さな町に辿り着いた。

 その町に建てられた平屋や倉はどれも小さく、住まう人々は誰もが着古した着物姿をしている。少なくとも、豊かな華衆院領ではまず見られない、寂れた町並みに戸惑っていると、ふと見覚えのあるものが見えた。


(あの山の形……もしや、伏魔島……?)


 帝国中興の祖である王女が魔術の開祖と出会い、巨大な侵略国家との戦争に勝利してからは歴史的価値すら有する、華衆院領城下町の港からも見える小さな離島。

 日龍宗が総本山を構えるその島の中心部には、今でこそ活動を停止しているが、遥か古の時代には煙を吹いていた火山が聳え、千年ほど前には火薬の材料である硫黄の採取が盛んに行われていたという。

 

(……今は硫黄も採取され尽くされているはずなのですが……)


 しかしどういう訳か、火山がある方角から硫黄らしき物を運んでいる人間が数多く見られる。

 そもそも、今の伏魔島にはこのような寂れた町は存在しないはずなのだ。


(私の知っている伏魔島とは違う……?)


 まるで遠い過去の伏魔島の光景を見ているようだと、夢心地でぼんやりと考えていると、雪那が見ていた景色が突如として一転して、気が付けば桜の木が一本だけ生えている、水平線を一望できる岬へと移動していた。

 

(あれは……?)


 そんな桜の木の下に、男女二人が何かを語らっている後ろ姿を見つけた。男の方はくすんだ金髪。そして女の方は、雪那と同じく白に近い淡い桜色の髪をしている。

 雪那はゆっくりと二人に近づくと、彼らが何を話しているのかが聞こえてきた。


『――――……? 何ですそれ?』


 桜の木の下に佇む女の少し後ろに立っている男が、不思議そうに何かを問いかけると、女は水平線をジッと見据えながら答える。


『今、この国の民たちの心は病んでいます……いつ現れるかも分からない妖魔の襲撃に加え、今後も繰り返されるであろう帝国からの侵略。そういった脅威から自分たちを守り、導くだけの力のない王。民草たちは明日をも知れない時勢の中、今を生きるのに精いっぱいで、安心して夜も眠れない』


 それは、聞くだけでも深刻な事態に陥っているのだと理解できた。

 会話の前後が分からないので話の全容は理解できないが、少なくとも桜色の髪をした女の言葉には、事情を理解できていない雪那の胸にも不思議と残り続ける実感と重みが感じられた。


『だから私は……皆が■■■■■■■■■■を――――』


 女が男の方に振り返り、何かを言いかけた瞬間、視界全体に靄が掛かるように一気に白くなっていく。

 夢から覚めようとしている……そんな中、雪那は女の瞳も自分と同じく血のように鮮やかな赤色である事に気が付いた。


 



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