消えない証


 今回もカウントダウンイラストを貼らせていただきましたので、よろしければ近況ノートをぜひ見て行ってください。


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 目に見えない何かで無理矢理引き寄せられ、水の塊の中に放り込まれたかと思えば氷漬けにされていたレオナルドは、目の前に迫る巨大な隕石を見て、走馬灯のように昔日を振り返る。

 今思えば、あの時・・・も似たような状況だった。自分たちの常識の埒外にある方法で翻弄され、なす術も無くされるがままに痛めつけられ、最後には憎い弟に殺される……今現在、レオナルドを襲う現実は、その時の再現だった。


(そうならないために……俺は力を授けられた。かつての俺とは比べ物にならない実力を身に付けた)


 だがそれは、レオナルドが憎む大和の民たちも同じ事。かつてレオナルドを打ち倒した者たちの子孫は、先祖とは比較にならない力を身に付けて、再び自分を打ち負かそうとしている。

 その事実を今際の際になって認めざるを得なくなったレオナルドは、ありったけの屈辱と怨嗟を胸に抱きながらも、どうしようもない破滅を受け入れざるを得なかった。


(ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなっ! この俺が、一度ならず二度までも、お前が生み出したものに敗れるのか……!?)


 隕石が眼前に迫ったところで、ようやく氷の中から解き放たれたレオナルドは、誰の耳にも届かない絶叫と共に弟の名前を叫び、その肉体を完膚なきまでに破壊されつくすのだった。


   ======


 かくして、土御門領を襲った史上最大規模の百鬼夜行は終息を迎えた。

 群れの中核と呼ぶべき海坊主が討伐され、陸に迫っていた大型妖魔たちも軒並み倒され、夜刀神やレオナルドも討滅。もはや増殖する事のなくなった妖魔たちは混成軍によって殲滅が完了し、俺たちの戦いはようやく幕を下ろしたのだ。

 戦果は上々……死者や負傷者こそ多数出てしまったが、あれだけの規模の百鬼夜行を鎮圧した際の被害としては、想定していたほどじゃない。


(それもこれも、俺たち四人が結集できたからか)


 俺と晴信、惟冬と政宗……この四人とそれぞれの家が協力し合えたからこその戦果だと俺は思っている。

 そして図らずも転生者組が全員再会することができたのが何よりの成果だ。そのことも含め、百鬼夜行殲滅が無事に終わった戦勝祝いへと――――。


「國久様! こちら今回の戦で出た武具や防具の損害と、その補充に関する見積もりを纏めた書類です!」

「こちらは負傷者の治療と手当に関して纏めたものです! 決裁のほどをお願いします!」

「百鬼夜行の制圧が完了した旨を領地の商人たちに知らせる書状を書き終えました! どうかご確認のほどを!」

「承知した! 優先度の高い順に片付けるから置いてけ!」


 洒落込めないのが、領主としての悲しいところである。

 戦が終われば目出度し目出度しってわけじゃない。領主やその臣下たちには、戦後処理という大きな仕事が控えている。そしてその仕事量は戦の規模が大きければ大きいほど増えるのだ。

 これまで領内に現れる妖魔の駆逐に軍を動かすこともあったけど、これほどの規模は初めてだ。

 

(なるほど……前世で戦争止めましょうっていう風潮になったのも納得だわ)


 こんなことしてる暇があるなら発展に力を注ぎたい。今回は妖魔による致し方ない出費とはいえ、やたらと金もかかるしな。そんな今の俺が抱えてる気持ちを、地球の先人たちも考えたんだろう。


(そしてそれは、あいつらも同じってわけか)


 俺が戦後処理に追われて華衆院領にUターンした一方で、同様に軍を動かした晴信や惟冬もそれぞれの領地に戻り、一番領地に被害が出た政宗も戦後処理に追われて、まともに再会を祝することもできなかったのが、酷く残念だ。


(一応、今回得た情報や今後の対応に関しては全て共有するだけの時間は取れたのは幸いだな)


 せっかくの再会の挨拶すらそこそこに、俺たちは手短に話し合った。

 まず上原篝に関しては、土御門家で保護するという事になった……と言っても、その実態は監視と監禁だけどな。

 そもそもの話、俺たちが篝の顔を知っているのは原作知識によるものだ。ろくに調べもせずに上原家の人間だと口外することはできないから、いきなり上原家に問いただすなんて無理があるし、それが無くても篝を簡単には解放できない。


(何しろ、百鬼夜行の元凶である海坊主と一体化していたような奴だしなぁ)


 しかもなぜか肉体が変質し、ケモ耳と尻尾まで生えている。傍から見れば妖魔にしか見えないっていう奴も多いはずだ。諸々の事情を聴き出したいし、篝を手放すなんて選択肢はあり得ない。

 幸か不幸か、海坊主から切り離した篝は酷い衰弱状態で、しばらく目覚める様子が無い。ならばその間に俺たちで監禁して情報を得るしかないよねって話になったのである。


(で、その役を買って出たのが土御門家ってわけだ)


 俺や晴信、惟冬の方で対処することもできたんだけど、土御門家は今回の百鬼夜行の一番の当事者だしな。彼らの面子を立てる意味でも、元凶に関わりがあるであろう篝の監督は政宗たちに任せたのだ。

 大きな戦いの後で色々大変だろうが、そこは俺たちでも援助するし。


(そしてレオナルドのこと……)


 奴に関しては、俺の中で色々と心当たりがあるが、晴信たちには今確信をもって言えることだけを伝えさせてもらった。

 変な憶測で混乱を招くことをしたくなかったというのもあるけど、俺自身が自分の中で情報を整理できていない。ある程度確証を得てから、改めて皆に話したい。 


(その確証を得る当ても、あるにはあるしな)


 そして最後に、改めて四人で再会を祝する場を設ける約束を取り付けることもできたのが、個人的には一番大きい。


(時期は年末。場所は華衆院領だ)


 前世の日本と同様、この大和帝国では年末年始が一年で一番大きな祭日となっている。それで年明けの初日には帝国中の貴族たちは皇族主催の宴に参加しに、黄龍城へ赴くのが習わしだ。

 まぁ俺や惟冬に関しては当主不在でゴタつきがあったから免除されてたし、晴信や政宗に関しては父親である高時殿と忠勝殿が出席してたんだが、次の年始の宴には俺たち四人が参列することになっている。家中のゴタゴタも収まったし、高時殿と忠勝殿はそれぞれ病気と怪我してるし。


(それで、年明けに首都に向かうには、地理的に年末辺りで華衆院領に集まればスムーズに首都に向かえるから色々都合がいい)


 色々多忙な俺たちが一堂に会して再会を祝するには、その時を於いて他にないと思う。

 年末まで残り一月程度……それまでに、片付けられる仕事は全部片づけないとな。


   ======


「あ~……ようやく終わったぁ……」


 それから半月ほどかけて、ようやく全ての戦後処理を終えた俺は奥御殿の廊下を進みながら凝り固まった肩を解すように回す。

 この世界に転生してから、トップクラスで忙しい期間だったと思う。正直二度としたくないが……恐らくそうもいかないんだろうなぁ。

 国内に漂う内乱の気配もあるし、ゆっくりと過ごせるようになるのはまだ先になりそうだ。


(こういう時こそ、雪那分を補充しなくては)


 俺の疲れ切った心身を癒すには、もうそれしかない。雪那も仕事が終わって部屋で休んでいるらしいし。


「雪那。入っていいか?」

「國久様? えぇ、どうぞお入りください」


 そう考えて雪那の部屋の前まで来た俺は、襖越しに許可を貰って中に入る。

 そこには書見台の前に正座する、白い寝間着姿の雪那の姿があった。一体何を読んでいるのかと思って本を覗き込んでみると、どうやら兵法書を読んでいたらしい。


「もしかして勉強中だったか?」

「お気になさらず。丁度一区切りついて休もうと思っていたところですから」

「そうか? じゃあ遠慮なく」


 俺は雪那のすぐ傍に座ると、彼女の体を引き寄せる。

 そしてそのまま、短い悲鳴を上げた雪那を腕の中に閉じ込めたまま、畳の上に背中から寝転がった。


「く、國久様っ!? こういう事をいきなりされると、心の準備が……!」

「そうつれないこと言うなって。こうやって雪那と触れ合えるのは久々なんだから、久しぶりに堪能させてくれ」

「そ、それはその……私もこうしたかったですが……」


 俺の胴体の上にうつ伏せで寝転がる形になった雪那は、おずおずといった感じで俺の着物を掴む。

 どうやら恥ずかしいながらも、離れる気はないらしい。高くなっていく体温や速くなる鼓動に反比例して、俺に身を委ねるように動かなくなった。


「やっぱりこうしているのが一番癒されるわ……このまま寝ちまおうかな」

「そ、それはどうかご容赦を……! このままではいつまで経っても眠れませんから……っ! そ、それにほら、國久様も畳の上で眠っては体調を崩しますし……!」


 俺としては問題ないけどな。遠征で堅い地面で寝ることもあるし、畳の上で寝るのもよくあることだ。

 まぁ雪那が寝不足になるのも俺としては不本意。名残惜しいが、今この時間を楽しむとしよう。


「あの、國久様……お休みになられるのなら、お布団を敷きましょうか? 戦後処理がようやく終わり、國久様が一番お疲れでしょうし」

「確かに筆の持ち過ぎで肩は凝りはしたが、まだ気力はあるから問題ない。俺としては、雪那が無理してないかが気になったがな」


 次期当主の補佐として、雪那も俺と遜色ないくらいには働いていた。それも土御門領から直帰してそのままだ。俺や武将たちみたいに普段から体力付けている面々ならいざ知らず、結界による防衛役とはいえ初めて戦場に出た雪那からすれば堪えたものがあったはずなのに。

 それなのに、仕事が一段落が付いた後に兵法書を読み込んで勉強までしてたとなれば俺も心配する。

 

「……今回初めて戦場に連れて行ってもらって、やはり私にはまだまだ至らぬところがあったのだと自覚しまして。國久様が付けてくださった兵士の方々にも随分とお世話になりましたし……何よりも、燐に危険な役目を強いる事にもなりました」


 それを聞いた俺は、結界範囲の拡張役を買って出て、岬の崖に張り付いていた燐を思い出す。

 結果的には晴信が間に合ったことで燐は無傷で済んでいたが、場合によっては違う結果もあり得た。雪那はその事を気に病んでいるんだろうか?


「雪那……それを気にするなっていうのは無理があるが、燐を含めた皆は誰しも相応の覚悟をもって戦に臨んだんだ。最悪の結果を回避できた今、必要以上に気に病む必要はないんだぞ?」

「そうですね……それは燐からも言われました。戦場に出ることを最後に選んだのは自分自身、どんな結果になってもそれは自己責任だと。そして結果的には万事上手く事を運べましたが……だからこそ、私はこの結果を当然のものと思いたくないのです」


 雪那は俺の腕の中で身をよじり、まるで見上げるかのように俺の顔を見つめる。


「曲がりなりにも初めて戦場に立ち、妖魔たちの恐ろしい叫び声や、傷付き倒れる兵士たちを間近で見聞きして、私は伝聞で知るのとは違う、戦の何たるかをこの身で感じ取ることができました。そうなって初めて、國久様たちが戦禍の中に飛び込んだ恐ろしさを本当の意味を認識できたと思います」

「……うん」

「私はいつだって國久様たちの勝利を信じておりますが、現実は非情。戦場では誰が死んでもおかしくない。知識としてしか知らなかったことに実感を得て、私は私にできる全ての努力をしたいと、改めてそう思ったのです。國久様がそうしてきたように、やらずに後悔なんてしたくありませんから」


 ……本当に強くなったと、心の底から思う。

 どれだけ理想を口で語ろうとも、実際の戦場を見て心が圧し折れる人間は多い。だからこそ、馬鹿にされがちな精神論こそが戦いで最も重要視される。

 雪那は実際に戦場に立ち、領民や怪我人の守護という重責を一身に背負いながら、押し寄せる妖魔の大群に立ち向かう事で、戦場の過酷さを知りながら前へ進むことを選んだんだ。


「國久様……国の情勢が不安定になっている今、これからも貴方は守るために、あるいは勝ち取るために戦い続けるのでしょう。私にはそれを止める術はありませんが……それでもこれだけは言わせてください」


 そう言って、雪那は俺の着物を両手で強く握り、胸板に額を押し付けながら絞り出すように囁く。


「今回も貴方が無事に帰って来てくれて……本当に良かった……っ」


 若干涙声になっている雪那を、俺は軽く息を吐きながら強く抱きしめる。


「悪いな……これからも心配かける」


 雪那の言う通り、俺の戦いはまだ終わらない。少なくとも屋台骨がガタガタの皇族をどうにかして、大和帝国の情勢を落ち着かせない限りは。そうしないと、雪那と平穏なラブラブ結婚生活が送れないからな。

 そんな俺ができることがあるとすれば、五体満足のまま、できるだけ早くに国内のゴタゴタを片付ける事と……。


「詫びと言ったらなんだけど、俺に何か入用があればいつでも言え。大体のことは喜んで叶えるぞ」


 愛する婚約者にこれからも心労を掛けることになるんだ。そのくらいの甲斐性くらい見せてやらないと……そう思って提案したんだけど、何やら雪那の様子がおかしい。

 急にモジモジし始めたし、体温が急激に上がっていっているようにも思える。これは雪那が極度に恥ずかしがっている時の反応だ。


「そ、それでは……その……あ、証をくれませんか……っ!?」

「証? 一体何の?」

「二世の契り……私が國久様と結ばれたという証を、この身に消えない痕として……」


 俺は思わず上体を起こし、雪那の様子を正面から伺う。

 今の言葉の意味が分からないほど、俺は鈍感系じゃない。現にとんでもないことを口にした雪那は、耳も首筋も真っ赤にしながら、俺の顔をまともに見れないと言わんばかりに、両目を強く瞑りながら俯いている。


「いいのか? 俺は雪那からの据え膳を放置するような男じゃないぞ?」

「…………っ!」


 コクコクと必死に頷く雪那の意思を再確認してから、俺は彼女を横向きに抱え上げ、俺自身の部屋へと直行する。

 あそこにはすでに布団が敷いてあるはずだし、何よりも邪魔が入りにくい。せっかく雪那の方から勇気を振り絞ったんだから、せめてそれに水を差されないようにしないと。

 そうして自室に入った俺は雪那の体を布団の上に横たえると、雪那は俺の着物の端を抓んできた。


「あ、あの……く、國久様……っ。で、できれば……その……じゅ、順序を守っていただけると……っ」

「……おぉ。確かにそうだったな」


 あまりの衝撃展開に失念しかけたが、ことに及ぶ前に世間一般で言うところの順序くらい守らないといけない。

 俺は瞳に薄っすらと涙の膜を張りながら見つめてくる雪那の後頭部に手を回し、優しく俺の顔の方へと近づけるのだった。

 




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