愛しているから共犯者
ハイスクールの頃に友人になったやつは、著しく厄介な奴だった。
成りだけは普通で、それなりに顔が良くて文武両道…というよりも、一位などは取らないが、成績が良いと称される、大抵のことは大抵にできるやつ。人当たりが良くて程よく親切、悪ふざけでなければちょっとくらいのおふざけにも寛容だから、そいつの周りにはよく人がいた。
クラスの中心、というよりはその中心の隣に呼ばれるようなやつ。カースト関係なく人と接するから意外な奴とも親しいし、裏では…なんて噂すら言いがかりの妬みだと笑われてしまうような奴。
家がケーキ屋ってのもポイントが高いんじゃねぇの。天然の甘い匂いが染み付いてるし、手先も器用で家の手伝いしてるから遊べないなんてそりゃあ女子が放っておかないだろうよ。
親しみやすく適当にいい人、完璧なんかじゃないから余計に人好きのされる。そういううさんくさい男だった。
さて。俺はというと正反対と言ってもいい。
顔つきは大抵子供に怯えられるし、勉強は得意なものだけ一辺倒。口は悪いし人当たりも悪い、声をかけられる時は大抵喧嘩を売られる時。雨の中で子猫を拾っても見直されるどころかきちんと面倒見れるのかよと怪訝にされるだけのタイプ?
ああ、家も一応は怯えられる一因かもな。まぁ、そうだな、暴力もなんでもござれの自営業ってやつ。
隠してもないから家名を聞けばさっきまで普通に喋ってたやつも血の気を失せてはびくびく怯えるような、そういう家。
誤解してんじゃねぇぞ。俺は別に家のことが嫌だったことはねぇ。それに、まぁ、怯えんのもフツーの家のやつなら仕方ねぇんじゃねぇのって思ってる。
別に友人が欲しいとねだったことは、だから、ない。
つっても家にいる奴らが鬱陶しいくらいに構って来るから、寂しいとか思う暇もなかった、ってのが正しい。
だから俺とそいつが友人って関係性になったのはある意味特殊っつってもいいだろ。
てか、そいつが著しく変でイカれてた。
俺はむしろ親切な方だ。わかりやすく関わりゃ必然的にこういうことだぜ、って主張してやってんだから。
悪魔は意外と優しい顔をしてるっていうのも納得だ。
…はぁ。一応言っとくが、そいつが裏でやっぱりなんかやばいことをやってるようなやつだった、ってことじゃない。
いい感じの言葉で取り繕えば、人に区別しないだとか許容量が高いとかか?
あいつ、俺が顔へしゃげたやつの胸ぐら掴んでた時、なんて言ったと思う。
悪いけどそこ使いたいからもうちょっとだけズレてくれないか?だとよ。しかも俺が殴ってた奴の意識がないこと確認した上でな。
あー、なんていうんだろうな。他人に興味がないからこそ優しいやつって感じか。何も思ってなきゃ、何言われてもされてもどうでもよけりゃ、「気にすんなよ」って言葉も真意が変わって来るわな。
こういう普通を装ったヤバいやつこそ面倒くさいんだよ。関わりたくないね。
ってそいつの著しくイカれた様を再び目にすることになるとは俺も思ってなかったよ。
あーーー。その前に、そいつの彼女の話をしなきゃならない。
女のことをよそからとやかくいうのは趣味じゃないが、まぁ、かわいそうなやつだなってことかな。境遇がどうのじゃねぇ、ただただ、あの男に囲われて可哀想だなってことだ。
ミドルスクールの頃からの彼女だとかいうその女は元々そういう性分で第一印象はメンヘラ女。選択授業で隣になったそいつ(男の方な)のスマホがちかちか画面が点滅して鬱陶しかっただけ、見たくなくても見えたロック画面にズラーーーーーっと並ぶ同じやつからのメッセにゾッと引いたね。
ぜーんぶ同じ名前のやつのメッセが矢継ぎ早に、十倍速の消えないテトリスみたいに降ってくるみりゃ誰だって「うっわ」って思うだろ。
ただ引いたのはそのメッセの量じゃない。そいつがそれを見ながら隠した口元が確かににやにや笑ってたことな。
今更にしてその時気づいたが、そいつはいつも気のいい笑顔を浮かべていたから思わなかったが、口角を上げて目を三日月に細める様は悪人の悪巧み顔だ。
___こいつ、自分の女の独占欲に満足してやがる。
俺の視線に気づいたらしいそいつは、何をいうでもなく口元に一本立てた指を持っていっては「しー」だなんて半ば脅迫じみたポーズをして来るので、ゾッと引くだろ。
ただまぁ相手の女も女のようなので、破れ鍋に綴じ蓋ってやつだろうな。
次に見たのはそれからあまり時間が経ってなかった。
表の人のいい親切な顔して殺意を纏って牽制するそいつの顔の恐ろしいこと。何が一番恐ろしいかって、一歩間違えれば人殺してもしそうな瞳をしているくせに、話している相手にはまるでそれを悟らせずにそれとなしに感情を操ってること。話おえりゃ、ちぃとばかり女のことを「いいな」なんて思ってた奴らはすっかりそのことを無かったことにしてもっと他を見てやがる。
こっわ。何が一番怖いかって、そいつの本性を他の誰も知りやせずに”好青年”の面の皮が分厚すぎるってことだ。
その頃だったか、そいつはよく俺に話しかけて来るようになった。きっかけは、ただ偶然、そいつと席が近くなったってだけ。まぁ話っつっても一方的にベラベラベラベラ飽きもせずにその、彼女とやらの話をして来るだけだったがな。
やれ、今日も可愛かっただとか、やきもち焼く顔が可愛いだとか、うるっさいこと。はいはい、そーかそーか、適当に頷いてやればそいつは調子に乗ってベラベラ喋るようになった。
___こいつはフツーの家生まれのくせにまともな生存恐怖ねーのな
ただただ思ったのはそれ。俺に対してこういうおざなりで馴れ馴れしく話しかけてくるやつなんて珍しいどころじゃない。いや、馴れ馴れしいやつならそれなりにいたが、うざったらしくて仕方ない奴らばかりだった。虎の皮が欲しい狐ばかりってやつな。
そいつは好青年を気取って誰からも好印象をもらえるくらいだからか、俺の気に触る発言も行動もしなかった。
友人って関係性の名前がついていたのはいつの間にかだった。
俺は多分浮かれてたんだろーな、こいつと、それなりに付き合いが続くのだと漠然と思っていた。
崩れたのは一瞬。
そいつの女がバイクに跳ねられて死んだ時から。
他人の悲劇なんて薄情に思えるものだ。まぁ、本人じゃねーから、わかるなんて口ずさむやつは詐欺師に違いねぇ。
そいつはあの、馬鹿みたいに溺愛していた女が死んでも好青年の皮は剥がさなかった。だから周りの奴らは気づきもしない。案外平気そうだなんて勝手にラベルを貼って、空いた彼女の枠に収まろうとする屑まで出てくる始末。
あーあ。ぶっ壊れたな。俺が思ったのはこれだけ。
「お前に言う言葉じゃねぇけど。……人間は、死んだら死んだ事実だけが残るんだからな。」
自殺願望、破滅願望、復讐願望。名前をつけりゃ足りないくらいだ。
そいつは、もう何にも満たされない顔でヘラヘラと笑った。
跳ね殺した分際でそれを金と権力で揉み消した人殺しの外堀、埋め始めたからもう、そうしないと生きてけねぇんだろーよと思ってた。
つっても、お前がイカれてるのはこういうところだからな。
フツー、友人だって関係性の名前つけた相手に数年ぶりに連絡する内容が「久しぶりだな。ところで薬も使わず飼い殺しにして暴力好きなタイプの知り合いいない?」って、ふざけてんのかよ。
指定してきた場所に行きゃあ、自分の女轢き殺した奴に、一緒に逃げたやつに、揉み消した奴にと目白押し。よくここまでやっておきながら正気を保たせて殺さずにでヤッたよ。執念だな。
はらわたひっくりがえるほど、時間が経っても癒えないほど、憎悪を忘れていないくせに。そいつら相手に数年もかけて信頼させて堀を埋めまくって、そうしてちゃーんとぶっ壊そうとするあたりがさ、お前の報われなさだよ。
「久しぶりに連絡してきたかと思えば、薬も使わず飼い殺しにして暴力好きなタイプの知り合いいない?だとか、相変わらずふざけた野郎だよオマエは。」
「俺のモノマネ似てるな。別にいないならいいよ。その時は適当に海に捨てるし。」
「ゔ、ゔゔゔゔゔ!あうえええ!」
「海にゴミの不法投棄はやめとけ。…あ?おい、こっち舌ねぇじゃねぇか。雑な切り口してんじゃねぇよ、価格が落ちるだろ。」
「仕方ないだろ?初めてやったからさ。」
半分肉袋を前に、まるで変わらないいつも通りの様子で喋ってくるのはこいつがぶっ壊れてるからなのか、元々なのかは知らねーけど。いや、でもこいつ俺と初めてエンカウントした時もボコボコの顔の奴に怯えもしてなかったな。
「おい、テメェら。とっととこいつら運べ。おいよかったな、助かるぜ?これから優しいご主人様にかわれる生活だ。薬でも痛みでも狂えない正真正銘生き地獄だおめでとう。」
よくもまぁ1人でここまでやったもんだ。連れてきた部下に運ばせた奴らは、これから先の生き地獄の方がまだマシだろう有様だった。
こいつ、俺が来なかったら本当に中世の拷問みたいなことしたあと生きたまま海に沈めてたんじゃねぇの…
「満足したかよ」
俺の問いかけに髪にこびりついた血を気にしてたそいつは、やっぱりヘラヘラと笑って答えはしなかった。
「…どーせお前はそう言う選択をすると思ってたよ。」
外はすっかり雨が降っていて、なんなら雷まで鳴っていた。ドンと空気を震わせる音は随分と遠かった。
嵐のように渦巻く川を見下ろして、そいつは橋の欄干に器用に立っていた。
ぶっ壊れたそいつがどうせ復讐したところで満足するとは思えなかった。だって、何をしようとそいつを満たすものはもうこの世にはない。
だから言ったろ。死んだら死んだ事実だけ残るって。復讐したところで、お前の最愛が死んだ事実は残ったままなんだよ。
時間をかければかけるほど。お前の復讐は報われない。
「なぁ、あの日。ヘデラを助けようとしてくれてありがとうな」
「気づいてたのかよ。」
「調べてた時に知った。」
「そーかよ。」
目の前に死がたっているとは思えないほどいつも通りの顔で、そいつはなんてことないように笑う。
もっと文句言ってもいいだろうに。お前は一度だって俺のこと責めなかったよな。
あの日バイクで跳ね殺されたお前の女の最後に立ち会った男で、助けてやれなかった男だよ。お前があの日からずっと憎悪と殺意を向けていた奴らのこと、あの日ぶっ殺してやることもできなかったんだよ、俺は。
…あぁ、安心しろよ。
お前の女は。ずっと、ずっと、譫言みたいにお前のこと呼んでたさ。
「…お前らはお似合いだよ。」
今のお前とそっくりの顔で、自分の男のことしか見えてなかったさ。
「はは、照れるな。そりゃあな。きっとヘデラ、寂しくて泣いてるから。だいぶ待たせた。抱きしめてやらないと。」
「ダチのそう言う話、サブイボ通り越して虫唾が走るんだが?」
「はは。そりゃそうだ。…じゃあな。」
「……ああ。」
止めはしなかった。
左指に光るダイヤモンドを飲み込んで落ちていったそいつの体が川に沈む音は、遠くでなる雷鳴で隠された。
後日の話だが。
とある孤児院の墓のひとつが人知れず掘り起こされた。
十字架の下には破れ鍋に綴じ蓋みたいにお似合いな女と男が抱き合うように眠っている。
「愛しているから共犯者になって骨を埋めた友人の話」
愛しているから、どうしたい? 鑽そると @taganesolt
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