バケモノ
紫雨
バケモノ
①コミュニケーションが上手く出来ていない。
②ノリが悪い。気が利かない。
③人と深く関わろうとしない。
④人の顔が覚えられない。
⑤人の目線ばかり気にしている。
⑥言わないと出来ない。積極性に欠ける。
⑦やる気がない。諦めが早い。
⑧プライベート重視。
「これだから、コロナ世代は駄目なんだ」
俺らのことを何も知らない親戚のおっさんが偉そうに語りだす。ビールを口にする度にその勢いは増し、それと比例するように俺の怒りと呆れも増していく。
「ビールもう一本!」
俺の高校受験合格祝いであったはずの集まりは、飲み会へと姿を変えていた。コロナウイルスの脅威が収まりつつある今日、数年ぶりの集まりは大盛りあがりだ。もう主役は俺ではない。
「おぉい!けぇんとぉ!」
席を立つと、またおっさんが大声で俺を呼ぶ。
「いいか、覚えとけ。大体なぁ、先生や政治家のゆーことなんか真面目に聞いちゃいかん。勉強だけしとってもなぁ、社会では生きていけない。阿呆でもわかるだろ」
「あっそ」
俺は舌打ちをしながら出入り口へ向かう。
「ほんっと、無駄な時間を過ごしたなぁ」
去り際に聞こえたおっさんの言葉に思わず振り返った。
「無駄になんかしねぇよ」
静かだが重く、俺の声は響いていた。
俺の中学校生活を一文字で表すと「沈」である。
当時、トランペットが俺の全てだった。
お祭りや演奏会、地域のイベント、コンクールなど、どこで吹いても拍手が湧き、子どもたちは歌い出す。笑顔で一杯の部活だった。そんな部活が誇りであり、全てだった。
練習に励んだおかげで俺は推薦を狙えるほど上達していた。
たった一つしか与えられていない推薦枠。部長の高島かエースの俺か、部員の勝手な予想では俺が勝つことになったらしい。
それが、目に見えないほど小さなウイルスによって全てが変わってしまった。
学校に行けることだけでありがたい。それ以上の望みは捨てるしかなかった。
俺らの希望は何もかも消えた。宿泊体験も遠足も、体育祭も文化祭も。
学校の中で真面目にルールを守って耐え続けていたとき、ニュースで知った世の中の自制すら出来ない大人に苛立った。
部活なんて、特に口をつけ息を吹き込む吹奏楽部は、誰も口にしないけれど確かに存在する「諦めろ」の声が常に聞こえた。
家で吹けば近所迷惑、カラオケで吹けば店にクレームが入る。公園で吹けば嫌悪の視線が刺さる。学校では吹くことすら出来ない。
結局、推薦で高校へいったのは家に防音室がある高島だった。
希望も夢も期待も絶望も全て沈んだ。
こうやって思い出してみると「無駄な時間」に見えるかもしれない。けれど、それを肯定するには胸の奥にある違和感が拭えなかった。
帰り道の途中、ふと顔を上げると見慣れた校舎がみえた。高島が推薦で行く高校、俺が憧れ続けた場所だ。
近づくと、校舎を写真に収めている見慣れた顔の不審者がいた。
「何してるんだ?不審者さん」
「けんと!久しぶり。相変わらずひどいなぁ」
部長スマイルと呼ばれていた完璧な笑顔で高島は手をふる。
「あぁ、そうだ。高島、高校合格おめでとう」
俺は高く綺麗な校舎を見上げながら呟いた。
「君もおめでとう」
その場の雰囲気に呑まれて、俺らは二人で帰り道を歩く。
「…なぁ、俺らの中学校生活って無駄じゃないよな?」
高島は俺をみて完璧な笑顔を崩す。何かを思い出すように手を顎に当てて黙り込んだ。
「まぁ、何もない三年間だったけど…意味はあったと思うよ。この三年間で君、すごく変わったし」
「え?」
全く心当たりのない俺は疑いの目を向ける。
「まさか、自力で同じ高校に来るなんて思ってなかった。あんなに勉強嫌がっていたのに」
「それしか残されていなかったし、他にやることもなかったからな」
「ほんと、全部なくなったのにテストだけは通常通りだった。結果、そのテストに助けられるって皮肉だね」
高島は愉快そうに笑う。その笑みに人を馬鹿にする意味は含まれていなかった。
「君さ、ずっと努力なんてせず一番を取ることにこだわっていたからさ?ほら、天才に思われたくてやってたやつ。それで本当に一番取る君はすごかったけれど…」
恥ずかしくなり顔を背ける俺とは対照的に高島は俺の顔を覗き込む。
「バケモノになったね」
「それ、褒めてます?」
「たぶん。というか、事実を言っただけ。君も自分も、想いがずっとここにある。何も消化できていない、何にも満足していない。エネルギーを蓄えたバケモノだよ」
「…そうかもな」
「けんと、世の中なんて放って置こう。お姉ちゃんから聞いたのだけど、高校では行事の作り直しが行われてるのだって。自分達の手で作っていける。それってすごく楽しそうじゃない?」
「あぁ、そうだな」
俺はもう一度高校の校舎を見上げる。自然と笑みがこぼれた。
バケモノ 紫雨 @drizzle_drizzle
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