ミレンブラの白昼夢
帆多 丁
ミレンブラの白昼夢
あたしはエーラ・パコヘータ。
ここがどこなのかさっぱりわかりません。
ルルビッケがふざけて「ギシギシギシ!」とか言うのをなだめつつ、顔に茶色い絵の具を塗って、
けれど今、見たことがないぐらい高い山に囲まれた、どこかの原っぱみたいなところにいます。空気のあじがしなくてヘンな感じしますし、細かいところを見ようとすると目がぼんやりします。なのに自分の身体ははっきり見えて、ぜんぜん普通じゃありませんね。
――ダれかの夢、ダれかの夢――
って、シュシュの声が聞こえていて、そして目の前に、知らない女の人が立っています。
えっと……。
その人の顔の真ん中では紙のおふだがぴらぴらしていました。
上等そうで真っ黒な帽子から垂れ下がるおふだ。なにか書いてありますが、読めません。
同じ生地で裾の長い服に、赤い帯を締めています。「東方趣味」ってスーリが言ってた服にちょっとだけ似てます。
でも、袖が長すぎて手が隠れちゃってますし、顔の前におふだは斬新すぎません?
「これは『クワンシー』っていう、つまり、ちゃんとした
あ、あ、あれ? このかっこは……そうだ。魔法の訓練で、人間ではないモノの仮装をするからって。
「きみ魔法使いになったの!?」
びっくりした……。はい。いろいろあって、魔法使いをしています。
「そっか……。そっかぁ」
なんでニコニコしてるんですか。
「ちょっとね、安心しちゃって。それにしても、そんな訓練あるんだね」
人間じゃないモノを装って、魔法的な境界を曖昧にする訓練だそうです。
あの、魔法のこと詳しいですか?
「それなりに」
じゃあ、ここがどこだかわかりますか? そのぅ、あたしの使い魔は誰かの夢だって言うんですけど、あなたのですか?
「そう。もっと詳しく言えば、死者の服装をして夜通し踊り続けた後、そのまま寝ちゃったわたしの夢」
よどおし。楽しそうですね。
「しかもお金がもらえる」
あたしのこの恰好も、訓練ではありますけど、お祭りだって言われました。街の人もみんな、人じゃないモノに仮装するんです。
「あ、
思い出された? 会った事……ありましたか?
「あるよ。といっても、それはずっと昔の事で、きみにとっての今じゃない。――死者の服装で寝てみるのも、悪いことばかりじゃないな」
あなたは誰ですか?
「名乗れない。ごめんね。死者の恰好で寝ちゃったから、ここでのわたしは死の側に立ってるんだ。きみだっていつかは死ぬけど、それは今じゃないんだろうし。名前の交換はやめておくよ。――ほら後ろ。あの山の向こうからさ、大きな蛇が口をあけてわたしを威嚇してる。これ以上きみと関わっていたら、わたしの夢が呑まれちゃうかも」
――シュシュ? ひゃ!? どうしたの!? でっかい!!
「頼りになる使い魔くんだね。わたしも、右目がブルブルしてくすぐったいからそろそろ退散する。死装束で寝たこと、相棒に怒られちゃうな」
あの!
「わたしたちには多少なりとも縁がある。例えば『同じ人の絵に描かれた』とか『同じ猿の中にいた』とかさ。だからきみを夢に連れ込めたんだと思う。思い出せて嬉しいよ。じゃね」
ぱん。
手を叩く音がしました。
* * *
「おかえりー」
「あ、れ? ……えと、ただいまです」
寮の部屋です。ルルビッケに向かいあって椅子にすわって、あたしは筆を持っていて、絵の具の粘っこい空気のあじを感じます。つまり、ついさっきと何にも変わってなくて。
これが、
「シュじんー」
足首がひんやりして、シュシュが脚を登ってきました。左手を差し出して、腕から首へと登らせます。
「ありがとうね」
ふっしゅうぅぅ、と鼻息が返ってきました。耳吹かないで。くすぐったいです。
「よーよー
「あ、はい」
「へー! いいなー! やっぱり白昼夢だったんだ。どんなだった?」
白昼夢の中身を思い出しながら、ルルビッケの顔を仕上げます。まだ白いところを焦げ茶に塗っていきます。
「なんか、ヘンな人に会いました。顔の真ん中を紙のおふだで隠してるんです。死者の恰好で寝ちゃったって言ってました」
「えー、それやばいじゃん。死んだのと同じことになっちゃう」
「そうすると、どうなるんですか?」
本当に死んじゃうんでしょうか。
「わかんない。あれかなー。前世の誰かを思い出すはずが、もう死んだ扱いだから、今世の誰かを思い出しちゃう、とか」
「そうなんですか?」
「わかんない」
「ルルビッケは白昼夢、見たことあるんですか?」
「まだないんだよねー。わたし前世でどんな人と過ごしてたんだろ」
もうちょっとで塗り終わりです。
同じ猿の中にいたことがあって、同じ人に絵にしてもらった人。
誰でしょうかね。
あの人でしょうね。
覚えててくれたんですね。
「もういいー?」
「いいですよー」
よーっしとベッドに置いてあった枝付きの葉っぱを手に取って、
「ギシギシギシ!!」
曲がりくねった幹と枝を全身で表す
あんたもやれ、とルルビッケが顔で示しています。
「ギシ!」
ギシで話しかけないでください。急にやれっていわれても、恥ずかしいですよ。
「ギシギシ!」
う。
うー。
「うごごーん」
ミレンブラの白昼夢 帆多 丁 @T_Jota
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