第2話 邂逅 Beginning②

西暦が3000年という節目を迎えたタイミングで人類はエネルギー不足という深刻な問題に直面していた。1990年代に囁かれていた、このまま地球のエネルギーを利用すると地球が枯渇するという予言が現実味を帯びて人類共通の問題として浮上した。


人類は地球という方舟を酷使し過ぎたのだ。


朽ちていく地球のエネルギーに頼ることができなくなった人類は自分達の頭上にある宇宙に、新たなる燈を求めた。


そしてそれは見つかった。地球から遠く離れた1つの惑星を探索した1人の宇宙飛行士がある物質を見つけたのだ。光を一切受け付けない漆黒の鉱石物には、手のひらに収まるほどの小ささしかなかったにも関わらず、それには禍々しいオーラが秘められていた。ただの石ころではないと判断したその男は鉱石を地球に持ち帰り、鉱石から発されるエネルギーを分析した。


分析の結果そのオーラは男が見た幻覚ではなく、この世界に実在しているものであると発覚した。そしてそのエネルギーは地球由来のものとは比較にならないほど莫大で、持ち帰った欠片一つで地球上で消費される電力を数年分を賄うほどのエネルギーを持ってた。


かつての政府はこの謎の暗黒物質をオルタナティブと、そこから発されるオーラをダークマターと称し、大開拓時代の幕開けを宣言した。こうして人類の代替エネルギーとなるオルタナティブを求める新たなる時代の先駆者、ヴァンガードが誕生することになった。


*


「ねえ、なぜこの先にオルタナティブがあるのを知っているの?」


僕に心を開いたのか、トアンは先程までのビクビクしていた感じとは打って変わり、ズカズカと色々聞いてくる。最初の印象だと周りに流されやすい大人しい性格の人という印象を持っていたがどうやらそうでもないらしい。


僕達はさっきの崖から通じていた洞穴の中に入り、奥へと進んでいる。穴は人一人がようやく通ることのできる程の幅だ。先に進んでいる僕の後をトアンが着いてきている。ちなみに僕がトアンに頼んだのではなく、トアンが勝手に着いてきただけだ。危険だから戻るように言ったが、彼女は言うことを聞かなかった。僕の異名は僕が思っていた以上に世間に浸透しているらしい。バーサーカーと呼ばれる男がどのような活動をしているのか興味を持ったらしい。


「僕だって知らないよ。ただ目星を付けているだけだ。地上にあるものは、先にこの星に来た人達があらかた探し尽くしちゃったでしょ。もう既に目が通った所を探すよりも、こういう所を探した方が効率がいいと思うんだ」


嘘だ。僕はこの先にオルタナティブがあることを知っている。正確にはオルタナティブの所在が分かるツールを持っていると言った方が正しい。だがそれを正直に言ったりはしない。僕はまだトアンに心を許したわけではないから。


トアンの年齢は17歳の僕よりも3つ年上の20歳だった。家が貧しくて定職にもありつけない状態だからヴァンガードをやっているらしい。まだ小さい弟と妹がいるからなりふり構っていられないのだ。僕と少し似ている境遇だなと思う。


「そうなんだ。それにしてもこんないかにも奴らの巣みたいな所に一人で入っていこうとするなんてすごいね。どこでそんな戦闘技術を身につけたの?」


「別に、ヴァンガードをやって数年くらい経ったら自然と身についただけだよ。そうしないとスプリガンに殺されるだけだから」


スプリガン、正体不明で意思疎通が不可能の化け物。判明していることは人間と同じ炭素系生命体であること、意思や感情が存在しないという2点のみ。オルタナティブの発見と同時に目撃された地球外生命体であり、オルタナティブが発生する地域に生息していることから、オルタナティブが活動エネルギーになっていると考えられている。オルタナティブに接触しようとするヴァンガードに襲い掛かるところから、オルタナティブを外敵から保護することが本能ではないかと何かの本で読んだことがある。


旧時代のSF映画だと侵略するエイリアンを人類が撃退するという内容が多いが、実際の異星人との戦闘は僕達が侵略者側で、スプリガンの物資を略奪しているのが現状だ。今更、どっちが悪かという話をする人はほとんどいない。それくらいヴァンガードという職業は当たり前のものになっているのだ。


洞窟の終わりが見えてきた。もうすぐこの窮屈な空間から解放される。


洞窟の出口を抜けると、眼前にだだっ広い空間が広がった。光が一切届いてこないから真っ暗だ。AESの暗視機能が無かったら自分が今どこにいるのか分からなくなっていただろう。


「すごい。これ……」


トアンが思わず声を漏らす。


「見るのは初めてか?」


この巨大な地下空間にあるのがただの岩石だけだったらトアンもここまで感嘆の声を出さなかっただろう。


ここのあるのは一つの大きな街だった。その景色に人の気配はない。とっくの昔に街としての機能は失われた死の土地だ。そして当然だが無酸素状態であるこの場所で人間が生存できるわけもない。つまりここには僕達人類とは違う種族が群れを成して生活をしていたのだ。この遺跡はその証左だ。人類が誕生する遥か以前の時代に存在したと言われる超古代文明、その存在は結構昔にメディアに発表されたから今や周知の事実だが、ヴァンガードでもない限りこういう実在するものを見る機会はそうそう無いだろう。


「そうね。私は地質調査が主だったから。話は聞いたことはあったが実物を見たことなかった。圧巻だね」


トアンは感心しているが僕からしたら何度も目にしているから既に見飽きたものだ。


トアンが満足したら下に降りてオルタナティブを探す。現状オルタナティブに関する推察で有力なものは、オルタナティブは超古代文明人が作り上げた物質だと考える説だ。その証拠としてオルタナティブは超古代文明人の遺跡や痕跡が残された場所で見つかることが多い。彼らの生活のエネルギーとして使われたとしたら、古代人はものすごいテクノロジーを有していたことになる。その古代人がなぜ滅んでしまったのか、そういう謎を題材として長年擦り続けている雑誌をよく見かけるが真相は未だ解明されていない。


そんなオルタナティブは街の中央で見つかった。そこは何かを祀っている神殿のようだ。その建物内の中央に全長10メートルくらいの大きさの像が建てられてある。女性の全身のような形をした像だった。これを見るのは僕も初めてだった。


女性像の姿形は僕達人間に近い。すなわち古代人は僕達と同じような姿をしていたってことなのかな。そう推測する僕とは違って観点で、トアンは疑問を口にする。


「やっぱり超古代文明にも信仰とかあったのかな?」


「あったんじゃないかな。人類も昔から宗教があったし、今にの似たようなやつもあるし。古代人が僕達と一緒か、それ以上の知能を持っていたら有り得る話でしょ」


僕はそう返して女神像に近づく。レーダーはこの像に反応している。どうやらこの像のどこかにオルタナティブが埋め込まれているらしい。オルタナティブは古代人にとっても信仰の対象だったようだ。それを祀るとしたら人体のどの部分にそれを埋め込むか、逆算して考えておおよその目星を付けた。


跳躍し像を登る。武御雷の機能で像に張り付いてよじ登る必要もなく、楽々と飛び上がる。あるとしたら胸の部分か額の部分かと思ったが、正解だったようだ。漆黒の結晶は女神像の胸の部分に埋め込まれていた。左腰の鞘から雷切を抜き、オルタナティブを丁寧に切り取る。オルタナティブは正方形の形で大きさはちょうどルービックキューブくらいだ。それをスーツに備え付けのポーチに仕舞って下に降りる。


「見つかった?」


「ああ。でも他にもあるだろうから。まだ探すよ」


だがとりあえずオルタナティブを回収するという今回の任務の及第点は突破した。ネモに報告の連絡を入れる。


「ネモ、オルタナティブを回収した」


『よくやった』


「他にもあるだろうからもう少し探してみる」


『いや、その必要は無い。今すぐ引き返せ』


「……どういうことだ?」


せっかく大量のオルタナティブを回収できるチャンスだというのに、なぜこの場で引き返せと言うのか。そうせざるを得ない事態になっていると考えたほうがいいかもしれない。


『大量のスプリガンがお前のいる所に向かって来ている。急いで脱出しろ』


ネモの言葉は淡々とし過ぎているからいまいち危機感が伝わりづらいが、これは非常にまずい事態だ。出口が限られているこの地下空間に大量のスプリガンがやって来たら僕達は逃げ場を失い絶体絶命だ。いくら武御雷と言えども、何百、何千のスプリガンには勝ち目が無い。


「どうしたの?」


トアンが聞いてくる。僕の動揺をマスク越しに感じ取ったのだ。トアンに急いで状況を説明し、地下遺跡からの脱出を試みる。


元来た道を引き返そうと振り向いたその時、入り口からポツポツと白い点が浮かび上がった。そしてそれは海辺で波が広がっていくように岸壁を白一色に染め上げていく。ゴキブリのように壁を走るその灰色は壁を覆い隠そうとする勢いで増えているのだ。数は数千どころではない。万単位のスプリガンが押し寄せて来たのだ。


「ハル!」


トアンの悲痛な叫びが聞こえる。おそらく僕に着いてきたことを後悔しているだろう。だけどこうなった以上、私は関係ありませんと逃げることは許されない。


「やるしかないだろ!」


僕達はそれぞれ武器を構えた。二人で師団規模のスプリガンを相手にするのは骨が折れそうだ。

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終わりゆく世界のインヴォーカー〈たった1人の家族を守るために、僕は世界と敵対する〉 春出唯舞 @kdym0707gits

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