終わりゆく世界のインヴォーカー〈たった1人の家族を守るために、僕は世界と敵対する〉

春出唯舞

第1話 邂逅 Beginning①

 僕は数多の星を跨ぎ、やっとの思いで辿り着いた目的地から少し離れた所で落胆していた。僕は目的の場所を上から見渡すことができる崖にいる。本当ならばすぐにでもそこへ駆け出したいが、先客がいるようなので僕は崖に腰を下ろして一部始終を見守ることにする。僕の番はすぐに回ってくるだろう。


 惑星Lv428。僕が今いるこの地表を指す言葉で、数ある死の惑星の1つだ。死の惑星というのは、この星が生物学的に死んでいるというわけではなく、この地に足を踏み入れた人間のほとんどが不慮の事故に遭遇して命を落とすことからそう名付けられている。


 しかしLv428自体は至って普通の星だ。宇宙服を身につけていれば生身の人間であっても難なく活動できる。だが問題は惑星ではなく、そこに巣食っている奴らだ。懸念していた通り、ここも奴らの縄張りだった。


『ハル、状況は?』


 付けている酸素マスクに通信が入る。このフルフェイスのマスクのおかげで僕は宇宙でも深呼吸をすることができる。僕はこのマスクを用意してくれた上司に返事をする。


「目的地に到着。しかし先客がいたようだ。野良のヴァンガードがスプリガンに襲われている。生き残りは一人だ」


『そうか。ならしばらく身を隠せ。野良のヴァンバードがスプリガンを刺激している。ヴァンガードが全滅し、スプリガンが散るまで隠れていろ』


「了解」


 通信が切れる。


 金目当てでやって来た冒険者気取りのヴァンガードが護り手のスプリガンに蹂躙されている。自業自得だ。僕の任務に関係の無い人達だから、どうなろうと知ったこっちゃない。僕は耳と目を閉じて、静かにやり過ごすことにした。


…………


「ああ、くそ!」


 やっぱり見殺しにすることはできない! 僕は刀を抜き、10メートル以上はあるだろう断崖を勢いよく飛び降りた。



 調査チームのリーダーだったトアンは自分達が下した選択を後悔していた。過去に遡る能力を手に入れたら、30分前の自分に殴りかかっていただろう。だがいくら自らの行動を悔いても現実は変わらない。


 たった今、チームの最後の生き残りがスプリガンに捕まった。仲間の女は叫び声を上げる。


「いやあ! 助けて! 誰か助けてよお! お父ざんっ! おとぉっ」


ブチュっと熟れた果物が潰れたような音と共にその断末魔は消えた。女の頭部を掴んだスプリガンが彼女の頭を片手で握り潰したのだ。掴んでいたところが無くなったから、女の死体はスプリガンの手から離れて自然と地面に倒れる。頭を潰したスプリガンは腰を下ろして彼女が着ていたアーマードエクソスケルトンを剥ぎ取り、肉を引きちぎって口に運ぶ。トアンは仲間の死体を弄ぶ敵に臆することなくアサルトライフルの銃口を向け、発砲する。肉を喰らっていたスプリガンは倒れた。


 息を整える暇もなく、先程仲間を倒した個体と全く同じの姿形をした化け物がトアンに飛び掛かった。トアンはそれを間一髪で避け、敵と対峙する。


 スプリガン、それはヴァンガードと呼ばれるトアン達探検者に襲いかかる敵性生命体。全高が約3メートル程の大きさの直立二足歩行の巨人。無酸素状態でも難なく行動できる強靭な生命力を有し、その膂力は脆弱な人間の肉体を容易に破壊する。全身灰色でウナギのように伸びた頭部には眼や鼻などの感覚器官が存在しない。あるのは剥き出しの歯茎のみで、人間を見つけた時は不気味な笑みを浮かべ、その人肉を喰らう。


 スプリガンの一番の特徴、それは数が多いこと。


 トアンは周囲を見渡し、状況を整理する。前方にはスプリガン。同じ見た目のスプリガンが最低でも50体はいる。背後は高さ10メートル以上ありそうな絶壁。これを登ってスプリガンから逃れるのは難しそうだ。何より逃げた先に別のスプリガンがいない保証はどこにもない。


 アサルトライフルの弾は残り10発。予備のマガジンは1つだけ。それを合わせると40発しかない。それで50体のスプリガンを相手に闘い、倒しきるのは不可能に近い。


 トアンは自身の死を悟った。自分はおそらくこの場で死ぬと。彼女の脳裏を過ぎるのは後悔の2文字。最初はただの地質調査だったのだが、金に目が眩んだ仲間の一人が調査禁止区域へ調査に出ることを提案し、トアンはチームのリーダーとしてそれを律することができなかった。その結果が自分を残して5人の仲間の死だ。後悔は尽きない。


 先頭にいたスプリガンがトアンに目掛けて走り出した。トアンは咄嗟に銃を構える。この状態でもまだ生への執着がある自身の生存本能に驚いていた次の瞬間、トアンとスプリガンの間に何かが勢いよく落下した。


 トアンはその衝撃で後ろに吹き飛び、背後の岩壁に背中を打つ。すぐに立ち上がり自分がいた場所を見る。土煙が舞っていてシルエットしか見えないが、誰かが立っているのは分かる。土煙が消えると同時に現れたのは全身黒色に身を包んだヴァンガードだった。大昔の中世を舞台とした西洋ファンタジーに登場しそうな黒の鎧のようなアーマードエクソスケルトン、顔の目の部分に彫られた金色のバイザーが無ければ、暗い空間の中だとその存在を視認することは困難だろう。その者は右手に日本刀のような真っ黒の刃物を持っている。そのヴァンガードは手にしている武器でトアンに襲い掛かったスプリガンを地面への着地と同時に斬り伏せていた。スプリガンは左肩から右脇腹までを両断され、支えを失った上半身はボドっと地面に落下した。下半身は地面に突き立てられたかのように直立不動だ。


 この正体不明のヴァンガードには心当たりがあった。大手アーマードエクソスケルトンメーカーIZUMO社の最新鋭のアーマードエクソスケルトンで戦場を駆る黒い剣士。自身の邪魔をする者ならばスプリガン、人間問わず皆殺しにするその狂暴さから付けられた渾名はバーサーカー。


 史上最悪のヴァンガードの一人が、今まさにトアンの前に現れた。



 やっぱり僕には覚悟が足りない。本当に大切なものを守るために、その他は切り捨てるとネモと約束したというのに、僕は自分達とは一切関係無い人のために命を張ろうとしているのだ。ネモは今頃呆れているだろう。明確な敵以外の人間を切り捨てることのできない僕を。


 僕は愛刀の雷切を両手に持ち、霞の構えを取る。刀を前方に突き出し、刃を上に向けて敵の攻撃を迎え撃つのだ。攻撃目標を、襲われていたヴァンガードから僕に切り替えた5体のスプリガンが僕に飛び掛かった。僕は雷切を巧みに振り払い、スプリガンを斬り倒す。スプリガンは拳銃を数発当てても倒れないほど強靭な肉体を持つ。だから基本的にヴァンガードは威力の高い対スプリガン用のアサルトライフルを使って闘うがそれでもスプリガンの強固な肉の鎧を貫くのは骨が折れる。しかしIZUMO社の技術の結晶とも言える雷切と、僕が着ている黒のアーマードエクソスケルトン(AES)武御雷の出力が合わされば、スプリガンの肉体など豆腐のように容易く切り裂くことができる。


 5体のスプリガンをものの数秒で沈黙させた僕は10メートルくらい距離が離れたスプリガン達に向かって投げナイフを投げた。武御雷の膝部分に収納されていたナイフは普通のナイフではなく、雷切と同じ技術と素材で作られた逸品物だ。名は千鳥。


 武御雷の膂力で投げられた千鳥はアサルトライフルよりも高い威力を誇る。その証拠に千鳥はスプリガンの身体に深々と突き刺さった。投げた千鳥は全部で8本。倒れたのは3体だけ。他の個体は活動に支障がないようだ。


 しかし千鳥の真価はここからにある。僕はマスクの中である単語を密かに唱える。その言葉は武御雷に設定されたある動作の合図だ。


「発雷」


 その瞬間、武御雷の全身から稲妻が発された。他のAESには無い武御雷だけの保有能力。事前に蓄えた電力を放出し、あらかじめ定めた対象へ送る力。その定めた対象の一つが自身の武器である千鳥だった。


 放たれた雷は千鳥が埋め込まれたスプリガンに向かっていく。秒速約150kmで進む雷はもはや肉眼では確認することができない不可避の技だ。スプリガンはその攻撃に反応することもできず、放電と同時にその高威力によりその肉体は爆散する。


 他の個体も爆発に巻き込まれ、残りは20体ほどになる。奴らは仲間の数が減っていることにまったく臆することなく、僕を食い殺すために突っ込んでくる。そんな意思のない人形を僕は片っ端から切り刻む。奴らはチームワークという言葉を知らない。ある程度数を減らすことができれば、近接格闘特化の武御雷ならば敵ではない。気づけばスプリガンは全滅していた。


 僕は雷切を腰の鞘に収め、襲われていたヴァンガードに手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」


 ヴァンガードは呆気に取られたような反応だった。まるで前評判と実際の印象が全然違っていた、みたいな感じ。


「ありがとう」


 そう言ってヴァンガードは手を取る。その後僕達は互いに自己紹介をする。僕が噂通りの男ではないと理解したのか、トアンは初対面の人に向かって結構ぶっ込んだ質問をしてくる。


「あなたが噂のバーサーカーなの?」


 僕は自分が同業の人達にそのように呼ばれていることを知っている。極めて不名誉なあだ名だ。


「そうだよ。僕が自分からそう名乗ったことはないけど」


 僕が目的のために単独で危険な場所を訪れてスプリガンを相手にしていることが、スプリガンを狩ることを楽しんでいる狂人と曲解されてしまった結果、僕にはバーサーカーという2つ名が付いてしまった。


「じゃあなんでそんな危険な所に一人で行っているの?」


 トアンは僕が頭の狂った人間ではないと理解すると、僕がなぜそのように誤解されかねない行動を取っているのか疑問に思った。なぜそうしているのか、それはトアンに話すことはできない。理由は答えることができないが、目的を教えることはできる。


 僕は崖の奥を指差す。そこにあるのは洞穴だった。穴は斜め下に向いている。地下に繋がっているのだ。


「僕はこの星の地下にある遺跡の発掘に来たんだよ」


 僕は世界を救う希望となる物質、オルタナティブを手に入れるためにここに来た。世界ではなく、愛する者だけを救うために。


 これは僕とあの娘の、罪の物語だ。

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