ジジイになって死にたい

ろくろわ

つまりそう言うことだ

 ついさっきの出来事だった。

 高城たかしろの未来、将来の目標が決まったのは。


 高城は定職に就かず、アルバイトで生活をしていた。よく定職就かずと表現されたり言われたりする事が多いが、高城は定職に就かない事を悪や負の出来事のように表現される事を好ましく思っていなかった。そして「何で定職に就いていないのか」とか聞かれる事も好きではなかった。この後に「何か夢でもあるからか?」と聞かれるからだ。

 正直な所、高城に夢など無い。目指すものも目標も無く、ただ一日を何となく過ごしているだけだ。ただそれが嫌だとも無意味だとも思ってはなく、他人から言われることに余計なお世話だとすら思っていた。


 その日、高城がそのジジイを見かけたのはただの偶然だった。気分転換にバイクでツーリングに向かい、信号待ちをしていた時、横断歩道を腰が信じられないくらいに曲がったババァが、これまた信じられないくらいにゆっくりとした速度で渡ろうとしていた。

 歩行者信号が青に変わり、渡り始めたときから明らかに間に合わない事が分かる程、兎に角遅かった。案の定、ババァが横断歩道の半分くらい渡った時に信号が点滅し始めた。ババァも焦っていたのか踵を返し帰ろうとしていた。

 そんな時、一人のジジイが点滅する信号をよそに横断歩道を渡りだし、ババァの手を繋ぎ渡り出した。ジジイは俺の前を通りすぎる時、チラッとこちらを見て親指をグッと立てていた。

 既に歩行者信号は赤になっていて、対向車は待ちきれずにクラクションを鳴らしている車もあったが、ジジイは気にせずにただゆっくりとババァの手を引いていた。

 高城が暫く、そんな様子を見ていた時だった。

 ジジイがババァの手を引いて赤信号の横断歩道を渡っている事を知らない後続のトラックが、いつまでも発進しない高城のバイクを追い抜き、前に出ようとした。

 その事に気が付いた高城は咄嗟にババァ達の前にバイクを滑らせた。

 トラックがぶつかり、宙を舞いながら回転する高城の最後の視界には、ババァを守ろうと手を引き庇うジジイの姿が見えた。

 その姿を見た高城はジジイが格好いいと思った。



 と、ここまでが高城の最期の記憶であり小さな光に向け話した内容であった。

 小さな光は高城の話を聞き、高城の死亡した経緯を理解した。そして善い事をして死んでしまった高城に願いは無いかと尋ねた。

 高城には夢など無かった。将来の夢も目標も無かった。ただ死ぬ直前、見知らぬババァを守っていたジジイが格好よく見え、ジジイになって死にたかったと思った。

 小さな光は「生き返らせる事は出来ない。だがその願いは叶えよう」と囁き、高城の視界にはまばゆい光が広がった。



 次に高城の意識がはっきりしたのは、目の前の歩行者信号が点滅しその横断歩道をババァが渡っている所だった。高城が自分の手を見ると皺だらけで腕も随分細かった。

 そうか、これが俺の夢かと高城が理解すると迷わず点滅している信号を渡り出した。歩く度に、急ぐ度に息が切れた。

 横断歩道の途中、信号待ちをしているバイクを見る。若い男がこちらを見ていた。高城はバイクの男に親指をグッと立ててこの後の事を任せると、ババァの手を引き横断歩道を渡るべく歩き出した。

 もう少しするとトラックが突っ込んでくのだろう。バイクの後ろからトラックが追い抜く姿が見えた。高城はババァの手を引くと自分の胸に引き寄せた。自分達に突っ込んでくるトラックの間にバイクが滑り込んでくる姿が見えた。

 宙を舞う若い男を見ながら、高城は「なんだ俺も格好いいじゃねぇか」とそう思った。




『次のニュースです。本日、中央通りの交差点で、青信号中に横断しきれなかった高齢女性に気が付かないトラックが突っ込むという事故がありました。高齢女性は擦り傷程度の軽傷でしたが、この事故で高齢女性を守ろうとバイクを運転していた三十代の男性が全身を強く打ち死亡しました。またこの事故では高齢の男性が女性の手を引いていたとの目撃情報もありましたが、姿は確認できていません』



 高城のジジイになって死にたい。

 つまりそう言うことだ。



 了

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