第14話 閑話休題① 冬ー闇鍋遊戯ー

季節は冬。急に冷え込みを見せたある週末の夜、月詠寮の共同リビングは暗闇に閉ざされていた。…いや、誰もいないと言うわけでなく、むしろその逆。


「…よし、電気も消したし、皆揃ってるかー?」

リビングの中央からやや興奮ぎみな由依の声。それに応える声が3つ。

「おー」

「ばっちこーい♪」

「はい、マスター」

「…うむ、では」

コホンと咳払いをひとつ。

「第一回月詠寮チキチキ闇鍋大会〜〜!」

と、高らかに宣言した。直後に手元を何かにぶつけたのか、ガチャンと物音が。

「おわー?!なに?何かに当たった!」

「おい、壊すなよ…」

「暗いよ!見えないよ!」

「闇鍋だからね〜…まぁ、俺らには見えるけど」

「えっ、なんで?」

「そういう種族ですから」

「ぐぬぬ…夜行性魔族め…はいはい!お奉行に進言いたすー!」

「お奉行?」

「あー、鍋奉行ってこと?じゃ、朗だ」

「俺?!…な、なんだよ」

「灯りの配給をなされよ!敵が見えぬ!」

「ハッ…大変だ、このままでは由依ちゃんに俺の美しい顔が見えないって事じゃないか!お奉行様、早急に姫に灯りを!」

「別に糸くんの顔に興味ない」

「…だってよ、じい」

「じいは嫌ぁ!」


なぜこうなったのかと言うと。まぁ、いつも通り由依の思い付き発言が発端なのだが…


月詠寮のリビングにも冬仕様のコタツがお目見えした。寒さに強い犬…もとい狼の朗とあんまり気温とか関係ない糸を除いた猫耳男と魔女と学園長は、既にコタツの虜となりつつあった。

そこへ祈雨の兄さんから卓上型IHクッキングヒーターのお古を譲り受けたものだから、鍋料理をしようという声が上がった。が、鍋の種類(味?)が決まらず、1人ずついくつか具材を持ち寄って寄せ鍋にしようと纏まった。そして更に『じゃあいっそ闇鍋にしよう』と提案したのが…


「由依ちゃん」

「え?」

何となく声のした方を向いて問いかけてみる。すると、微妙に違う方向から手が伸びてきて何かを置いた。

「このままじゃ、由依ちゃんが危ないからね。俺の蝋燭一つあげるよ」

「あ!ありがとう糸くん!ごめん…私が言い出しっぺなのに…」

「鍋で火傷なんかしたら大変だからね。…はーい、火付いたよ〜」

声と共に温かく揺れる明かりが灯った。小さな炎が幽かに辺りを照らす。

「あ~見える〜…」

ふと、蝋燭に視線を落とした瞬間凍りついた。何と言うか…蝋燭が太い。しかもなんか赤い…

「こ…これは、まさか?!」

初めて実物を目にしたせいで若干怯んだ由依に気付いたのか、朗が覗き込んできて数秒後、同様に固まる。

「おま…なんて物を…」

「えぇ?なになに?なんでそんなに冷たい目で見るのさ!あ、もしかしてコレ?」

所有者である糸はすぐにそれに気づいて指をさす。その独特なフォルムからそれが一般的な灯りの為に流通しているものではなく、推測するに特殊な嗜好の方のためのアイテムだと思うのだが…

『まさか、そんな物を照明として仮にも女子に渡す?』と、ドン引きな視線を送る二人に彼は慌てて説明する。

「ちょ…あのね、これはちゃんとしたインテリア雑貨の蝋燭で、そんないかがわしい物じゃないから!」

「えー…」

「日頃の行いがな…」

由依と朗は顔を見合わせて苦笑いする。

「そんなぁ〜!てゆーか、俺そーゆー趣味ないからね?!」

必死の弁明も半ばからかい始めた二人に認めて貰えるはずもなく、やがて糸はしおしおと拗ねてしまった。が、面倒なので鍋が頃合いになるまで放って置くことにした。


「…よし、もういいんじゃないか?」

「ホント?」

太め蝋燭の幽かな灯りの中で、箸とお椀を構える。朗が隣の糸を突っついて起こすと、彼はゆるゆると箸に手を伸ばした。

「糸くん、ごめんね…怒ってる?」

「由依ちゃん…!」

悪乗りし過ぎたかと思って聞くと、糸は驚いたように目を丸くした。かと思うと物憂げに睫毛を伏せてみせた。

「…俺、由依ちゃんが『あーん』してくれたら元気になりそうな気がする…」

「えっ」

(あーんって…)

困って朗に視線を投げるが無視されてしまうし、頼みの鉤月もコタツで丸まって爆睡中。

まったく役に立たないったらない。からかってしまった負い目もある為、却下するのも躊躇われる…

「や、やってやろうじゃないか!」

由依は意を決して鍋に箸を突っ込み、柔らかい何かを引き上げた。


ここで『闇鍋大会』のルールを説明すると…

①鍋の中は見ない

②最初に掴んだものを責任を持って食べる

の二点になる。これぞシンプルかつ究極の闇鍋ルールと言えよう。もちろん、具材は普通に考えて食べられるもの。メンバー全員が食べられるものを考慮した上で、各自が厳選した物を投入している。安全面も抜かりはないのだ!


 由依は掴んだものを目を凝らして確認する。大きさと形状からなんか見覚えがあるなぁと思ったが、それはそれとして。

一応、二・三回ふーふーしてから糸の口元へと運ぶ。

「はい、あーん」

間髪入れずにそれを口にねじ込んだ。案の定糸は小さく「ぐふっ」と唸ったが聞かなかったことにした。

「おいしい?」

「う…っ、出汁のきいたスープの味のあとに来る生温かくも甘酸っぱいフルーティ感が…」

微妙に苦悶の表情の糸は、口の中をリセットするかのように烏龍茶を煽った。

「…何あれ、果物?」

口元を拭いながらこちらを見る糸に、由依はニヤリと笑って答える。

「そう!いちご〜w」

「いちご?!…うわぁ」

「マジかよ…」

コイツやりやがったと天を仰ぐ男子2人に対して由依は「えー?」と反論した。

「だって闇鍋だよ?ちょっと面白いの入れたいじゃん!」

「…た、確かに…」

身に覚えがあるのか強く反論出来ない男子を尻目に、由依は次の人に順番を回す。

「今のを糸くんの番だとすると…次は朗だね」

「いちごは避けたい…」

朗は念じるように箸を構えて鍋に突っ込む。

そして、不思議そうな表情で引き上げたものは…

「なんだこれ…長い?」

ズルズルと細い麺のようなもの。それを見た糸が「おぉ!」と声を上げた。

「それは俺が入れたシラタキだよ〜朗、ラッキー♪」

「え、シラタキ…?」

「長くね…?」

どうやら結んだり切ったりせずに、そのまま投入したらしい。朗は細長いこんにゃくを啜ることになった。しかも、一箇所に固まっていたせいか量が多い。

「…いちごよりはマシか」

若干気になる発言が聞こえたが、ひとまずスルーして今度こそ由依の番になった。

「よぉし、お肉的な何かが当たりますように!」

そう言って突っ込んだ箸に確かな手応えがあった。野生の勘(?)で引き上げる。

「ん?」

それは狙い通り肉っぽいボール状のもの。大きさはおよそピンポン玉程度。

とりあえず自分の入れた食材ではないことはわかるので、適度な安心感を持って齧り付いてみた。

「んー!うまーい、うずらの卵入ってる!」

「俺のだな」

「朗の?」

視線を向けると、朗は得意げに微笑んでいる。

「鶏つくねのバクダン。肉っけ入れないといい出汁でないからな」

「へぇ~」

さすが朗だ。ちゃんとしている。

糸は羨ましそうにその光景を見ながら呟いた。

「いいなぁ…よし、俺もマトモな物が当たりますように!」

今度は自分でやるつもりなのか、糸はそっと箸を鍋に入れた。やがて手応えがあったのか、何か大きい物を引き上げた。

「……」

「……」

見えている二人は揃って黙り込む。不思議に思った由依は二人に声をかけた。

「どうしたの?」

「…由依ちゃん、いちごの他に何入れた?」

「えっ(ギクッ)」

「なにその反応…」

「自覚はあるんだな」

「だ…大丈夫だよ!美味しいよ!」

呆れたような二人の視線に耐えきれず、由依は慌ててフォローに入ったが、糸は箸で掴んだものを取り皿に置いて再度確認して呟いた。

「いや、だってこれ鯛焼きだよね…?」

蝋燭の灯りに照らされた取り皿の中には、若干ふやけた鯛焼きの姿があった。

「ちなみに中身は粒あんです」キリッ

「由依ちゃん…」

ガックリと項垂れた糸を、朗が笑いを堪えながら慰める。引きがいいのか悪いのか、ここまでくるともはや面白くなってきたらしい。

「ルールだろ、頑張れ」

「ぐぬぬ…」

確かに、コレの中身がカスタードでなかっただけまだマシと思えばマシのような気がするのが不思議だ。お麩の親戚と思えば思えなくもない…か?

そんな時、由依がスッと手を挙げた。

「…じゃあ、私も半分食べる!」

面白半分で具材を選んだ罪悪感に駆られ、鯛焼きと睨み合っている彼に詰め寄る。それに驚いた糸はある事に気付いてハッと息を呑んだ。

「そ、それって…俺が由依ちゃんにあーん♡してあげても良いってこと?!」

「えっ」

向こうで朗が何か吹いたが、それには気にもとめずに糸はいそいそと距離を詰めてきた。いつの間に切ったのか半分になった鯛焼きを箸で持ち上げ、微笑みながらにじり寄ってくる。

「はい、由依ちゃん、あ~ん♡」

「あ、あーん…?」

目を閉じて口を開けた由依に鯛焼きが近づき、あと少しで口の中に入る…と思ったその時。

「俺のマスターにあーん禁止っ!」

「おわ?!」

突然二人の間に現れた何かに鯛焼きは阻まれ、ついでに糸は後ろにひっくり返されてしまった。

「ん?」

「鉤月…」

突如として現れた何かは、爆睡中だったはずの鉤月だった。糸から鯛焼きを奪ったのか口をもぐもぐしている。

「まっはく…ほれろマフターみ、はーんとか…っ、…駄目!絶対!!」

「ごめん、鉤月さん。前半何言ってるのか全くわかんなかった」

「マスター!マスターに不埒な真似をする輩は排除しましたよ!」

「輩て…」

由依の傍らに片膝をつき手を取る猫耳男は、さながら騎士の様に微笑んだ。そこへ転がされた糸がユラリと立ち上がった。明らかに不機嫌そうな声だが、鉤月はしれっとしている。

「てめぇ…猫ォ…」

「ふん、年寄り吸血鬼が。他の人間の女で賄え、マスターに触れるな」

「どいつもこいつも、俺を年寄り扱いしやがって!俺はまだ若い方だっ!!」

「(怒るところそこなんだ…)」

由依を挟んで、猫耳男対吸血鬼(自称若者)の戦いが始まりそうだ。迷惑この上ない。


ため息と共に朗を見ると、同じようにやれやれといった感じだった。

「はぁ…、食べるか」

「そだね。あ、私もう一回さっきの食べたいなぁ」

そう言って鍋に近づいた時、いつの間にか横に移動して騒いでいた二人が一際大きな声をあげた。

「えぇい、鬱陶しい!喧嘩するなら外でやりなさ…」

食事中のマナーがなってない野郎どもに耐えられず、由依の怒声が響いた瞬間。

目の前に迫る何か。薄暗くてよく分からないが、恐らく誰かの背中。

「い?」

「あっ?!由依ちゃん!」

糸の驚いた声が聞こえたから、じゃあこれは鉤月の背中か…等と冷静に分析している場合ではない。咄嗟に避けたが、飛んできた鉤月はコタツ中央に置かれた鍋にクリーンヒットした。

ガッシャーンと派手な音がして、衝撃から鉤月は猫の姿になってしまった。汁が飛び散って蝋燭の火が消えたせいで辺りは真っ暗。安全な場所がどこかさえも分からなくなってしまった。

「ふにゃぁ〜ん!」

「ちょ…っ鉤月さ痛!」

「由依ちゃん?!大丈夫…うわ滑っ」

「お前ら…ちょっと動くなー!!」



「はぁ~、ひどい目にあった…」

あの後、鍋はひっくり返されて台無しな上に、コタツ布団まで買い換える羽目になってしまった。

確かに、冬はこれからなのに鍋のニオイ漂う布団は嫌だ。クリーニングに出したら学園長に見つかってしまうので、翌日古い布団を処分して、由依と朗、糸の三人でお金を出し合って新しい布団を買ってきたのだ。

「鉤月にセッティングさせよう」

糸が、布団を抱えながら恨めしそうに言った。


「ただいま〜」

「おや、大荷物だね」

月詠寮の玄関を開けると、発泡スチロールの箱を抱えた学園長がいた。布団を抱えて帰ってきた三人を不思議そうに見つめる。

「クっ…クロ先生…」

「珍しいね、三人でお出かけなんて。そういえばリビングのコタツはどこにいったのか、知っているかい?」

「!!(ギクッ)」×3

ヤバい。バレる前に元に戻さなければ…

布団を抱えている糸に目配せすると、彼は小さく頷いてリビングへ急いだ。と、同時に由依が学園長の気を逸らすように話しかける。

「せ、先生!それ、何ですか?」

学園長が持っていた発泡スチロールに話題を移すと、彼はニッコリ笑って箱の蓋を開けた。

箱の中から取り出したのは、蟹。

「出張先のお土産だよ」

「(あ…なんか嫌な予感…)」

しかも、もう一杯出てきた。学園長は両手に蟹を持って楽しそうに言った。

「今夜はコタツで蟹鍋にしようか」

「……!」×2

朗と由依は顔を見合わせてから、絶妙にぎこちなく笑って手を叩いた。

「わ、わぁ~い」

由依は心の中で、「しばらく鍋は懲り懲りだよ!」と言いたいのを必死で堪えたのだった。




        闇鍋遊戯  終




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魔女、はじめました。-境界の承継者は月と踊る- 火稀こはる @foolmoonhomare

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