新たな歴史を与えられし豆皿
藤泉都理
新たな歴史を与えられし豆皿
終活としてまずは食器をじゃんじゃん捨てるから手伝いに来て。
あと、気に入った食器は持って帰って。
実家の母からの電話を受けて、今。大量の食器に向かい合っていた。
よくもまあこんなにたくさん仕舞い込んでいたものだわ。
呆れつつ腕まくりをして、じゃあ私の判断でじゃんじゃん捨てると宣言。
一思いにやってちょうだいとの母の号令の元、じゃんじゃんじゃんじゃん段ボール箱に不要のレッテルを貼られた食器を入れて行く中。
もこもこ羊雲の形をした、ざらざらした肌触りのかわいい漆黒の豆皿を発見。
持って帰りたかったが、惜しむらくは変な絵が描かれている事に若干躊躇の思考が芽生える。
「あんたが小さい頃、これは私のだーって叫んで、油性の白ペンであんたが一生懸命考えていたサインを書いちゃったのよねえ。我が家の家宝に」
「え゛!?もしかして、売ったら何万円になったのに、私の何が何だか分からないサインを書いちゃったから無価値になっちゃったとか?」
「さあ?元々、価値があったのかどうかは知らないわよ」
「なんだ」
「あんたの関心は価値があるかどうかだけなわけ?我が家の家宝ってどーゆーこととか歴史を訊かないわけ?」
「あ~はいはい。見ているだけで暇でしょうから、どうぞ。お話しくださいませ」
「まったく。誰に似たんだかねえ」
「もちのろん、あなた様でございまする」
「話す気が失せるわ」
「いいよ別に話さなくても」
「ふん。耳を傾ける姿勢を取らない子には話さないよ」
「へいへい。結構でございまする」
「ほらほら。さっさと手を動かすでざます」
「わかっているでござる」
お互いにあっかんべーをしつつ、私は手を動かして、母は黙って私の作業を見守っていた。
その夜。
家に帰って、夜ご飯にともらった、里芋の煮つけと鮭の混ぜご飯を食べて、ちょっと休憩にと、ソファに横になって目を瞑ったら、結構疲れていたのだろう。すぐに眠ってしまって。変な夢を見てしまった。
武士の格好をした男性が日本刀の切っ先を私の喉元に突き付けて言ったのだ。
その手塩皿を返せ。
それは神器がひとつ、豆芋の
申し訳ございませんでした。
私の意思なのか、私が憑依している盗人の意思なのかわからないけど、やけにあっさりとお皿を返していた。
あっさり返すくらいなら盗むなよと思いつつ、私(盗人)は去ろうとしたけれど、武士に呼び止められて叶わなかった。
武士が言うには、私(盗人)も、豆芋の剣を神に捧げる場に来いとの事。
まさか、試し切りに使われるのか。
戦々恐々としながら、またやけにあっさりついていく私(盗人)。
そして連れて来られたのは、ひな壇のような祭壇が整えられ、左右に神主のような恰好をした人たちがずらりと並ぶ、重々しい空間だった。
あ、これはまさに生贄。
あの葉皿の上に置かれた神々しい剣と共に、神へ捧げられるのだこの盗人。
内心で悲鳴を上げつつ、武士が盗まれた手塩皿と呼ばれた豆皿に塩を盛りつけて、剣の両端に置いて、神主の格好をした人たちの最後尾に立つと、どこからか巫女が出現して、祈祷を始めた。
この祈禱が終わったら、この盗人(私)は生贄として捧げられるのか。
南無阿弥陀仏を唱えてその瞬間を待っていたのだが。
その前に眠りから覚めて、幸いな事にその瞬間を迎えずに済んだ。
私は机の上に置いてある、もらってきた私のサイン入りの豆皿を見つめた。
家宝だと言われた豆皿。
もしかして、幸福が訪れるようにと、盗人に施されたものではないのだろうか。
つまり、私の先祖は、盗人。
もしくは、盗人を捕まえた褒美として武士に授けられたのではないだろうか。
つまり、私の先祖は、武士。
まあ、ただの夢なわけだし、母にこの豆皿の歴史を一切訊くつもりもないし。
「私が新たな歴史を与えよう」
まだ見ぬ子孫に向けて、威厳のある歴史を作らないとな。
眠ってすっきりとした頭をフル回転して、私はこの豆皿の歴史作りに勤しむのであった。
そして、新たに創生したこの豆皿の歴史を母に披露したら。
こんこんと、この豆皿の歴史について、叩き込まれたのであった。
(2023.10.28)
新たな歴史を与えられし豆皿 藤泉都理 @fujitori
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