第11話 恋人はサンタクロース?

「昔ね、その隣のお姉さんがお嫁にいったのよ。サンタさんの彼氏のところに」


 キャンパスの学食で、思い出話に花をさかせる長岡伊豆美ながおかいずみ。それをカレーライスを食べながらぼんやりと聞かされている恋人の熱海丈あたみじょう。二人は駿府大学二年生である。従って一般教養科目を同級生の皆さんは朝から真面目に受けている。


 見たところ他に学食には誰もいないのに、のんびりとしているこの二人。まあ、自主休講、要はサボりである。しかもやることもないのに、二人で思い出話。気楽なものである。




 そこにぼわっと煙が立ちこめて、シルクハットにマント、ステッキを持った手品師のようなおじさんが現れた。


「ボンジュール、マドモアゼル エ ムッシュー」


 丸いレンズの眼鏡に、口ひげと白髪で、大きく手を胸元に回しながら、マントを翻してお辞儀をした。




「ぶわっ!」


 いきなり変な老紳士の出現に、飲みかけのオレンジジュースを吹き出す丈。




 きりりと鋭い目で老紳士は、


「ノンノン」と人差し指を顔の前で、車のワイパーのように動かした。


「オレンジジュースは、オランジーナが一番です。シルブプレ」




 その奇っ怪な紳士に伊豆美は、


「おじさん誰?」と冷静に質問する。


 傍らで、『よくこんな変な状況で、冷静に対処できるな』と丈は伊豆美に感心していた。




「前置きはよろしい。では問題にまいります」


 伊豆美の質問に答えることもなく、さも当たり前のように、老紳士はいきなりクイズの出題に入った。




「マドモアゼル、あなたに回答権はありません。こちらのムッシューにお答え頂きます」




「ええっ、おれ?」と自分を指さす丈。


 再び丈はオレンジジュースを吹き出しそうになったが、ぎりぎり持ちこたえた。




「フランスの有名な焼き菓子、そば粉を原料とするブルターニュ郷土料理はなんといいますか。次の中からお答え下さい」


「ええ、お、お菓子?」




「一番、バンサンカン、二番、モンサンミッシェル、三番、ギャレット」


 三択の答え候補を放った老紳士の眼鏡がきらりと光る。




「さあさあ」


 迫り来る老紳士の顔に、思わず丈は、


「バンサンカン!」と答える。




 するとどこからともなく、『ブブーッ!』とブザー音がなった。




 すかさず『どこから?』と素早く辺りを見回す伊豆美。だがブザーなどどこにもない。




 悲しそうに俯く老紳士。


「残念です、ムッシュー。あなたはこの三択で失敗しました」


 そして老紳士は伊豆美の方を向くと、




「あなたの恋人は三択ロスです。わはははははははは……」


 そう言って出てきたときと同じように煙に巻かれて消えてしまった。




「恋人は三択ロスって、三択クイズに失敗ってこと? あほくさ」


 伊豆美の言葉に、


「でもあのおじさん、恋人はサンタクロース、って。オレたちの会話聴いていたってことだよね。きしょ……」と丈はしかめ面だ。




「でもでも、それよりも、そんなことより、もしクイズに正解していたらどうなったのかしら?」


「オランジーナ一年分?」


 顔を見合わせて、笑う二人。そのとき授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。




 そして学期末、二人はフランス語の再履修が決定する。結果的にフランス語の授業をサボった報いを二人は受けることになった。サヴァ?




                         了

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超短編集(ショートショート・ワークス) 南瀬匡躬 @MINAMISEMasami

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