第10話 サプライチェーン

 ユミは登校して教室の自分の席に着く。そして秋の文化祭のクラスの出し物に使うゼッケンを、人数分揃えて机の上に広げた。全部で八枚。頼まれものであるため確認をしている。




 ちょうどタイミング良く、幼なじみの悪ガキ、タクマが横を通る。彼女はタクマに昨日の依頼の件を訊ねる。彼女もまたクラスの出し物に必要なアイテムを雑貨店の息子である彼に頼んでいたのだ。


「タクマ、ちゃんと頼んだあれ、人数分持ってきてくれた?」


 ユミは朝のクラス活動の時間前、隣の席のタクマに確認する。


「うん、あれだろ。ちゃんとアカネに持って来い、って言っておいたよ」と、けだるそうに学ランの襟ホックを外しながら答える。


「ったく。あんた、自分で持ってこないといけないって、あれほど言ったのに。人任せで大丈夫なの?」


 細めた目をして、ふてくされた顔で窓のわくに頬杖つくユミ。





 そこにアカネが登校して、教室に入ってきた。相変わらずのひらひらリボンを頭になびかせて、学生鞄を自分の机の上に置く。


「おい、アカネ。あれ持ってきてくれたかよ」


「あら、タクマ君おはよう。うふ」


 頼まれもしないのに、アカネはタクマの前の席に座ると、至近距離から、


「もう。せっかちさんね。級長のタツヒコ君が、私のお願い、っていったら持ってきてくれることになったのよ」と下目使いのまなざしでほわっと答える。


「ばか、あれのひとつぐらい、おまえんちにあるだろう」


「一つじゃないでしょう。八つよ」と顔を更に近づけるアカネ。


 タクマはのけぞりながら、額に冷や汗で、至近距離のアカネから距離を保つ。後ずさりに上半身が倒れていく。


 のけぞりすぎたタクマが椅子ごと後ろに倒れる。


『どーん!』





 倒れて横になったタクマの視界に、きりりとニヒルな眼鏡美男子のタツヒコが登校してくる。


「あ、タツヒコくううん」


 席を立って、彼にすり寄りながらアカネは、


「ねえ、人数分の石けん、持ってきてくれた? 昨日の放課後お願いしたでしょう」とくねくねしながらすり寄る。




 眼鏡の位置を直しながらタツヒコは、きらりと光るフレームを見せると、


「ああそれなら、昨日学級会の議題のことで、副委員長のユミ君から電話をもらったんで、その場で明日、アカネ君が議題を挙げるのに必要なのでゼッケンが欲しいらしいよ、と伝えたんだ。そしたら彼女、裁縫が得意と言うことで、お言葉に甘えた。うん、……ということで彼女が用意してくれているはずだよ」と涼しく言った。





 そしてユミの机の上に並べられているゼッケンを見つけたタツヒコは、


「ほら、ユミ君持ってきているよ、ちゃんと八枚」と笑って安堵している。


 勿論、この物語のオチは「石けん」が「ゼッケン」に変わったというダジャレだ。


 この一連の流れから全てを悟ったユミの全身全霊の怒りは、もちろんタクマに向けられたことは言うまでもない。




 その後の展開はここで書くのも、恐れ多く、恐ろしいことなので擬音だけで読者にはお楽しみ頂こう。


『どっかーん! ばりばり ばーん!』


 教室の床にボロぞうきんのように横たわるタクマと、「パンパン」と手の汚れを軽くを払い、その場を去るユミの後ろ姿。


 まるでアメリカ開拓時代の荒野の決闘の後のように、なぜか室内なのに、風に彼女の胸のスカーフとスカートが横になびいている。タクマの天井にかざした手がぱたっ、と力尽きて落ちた。


 所詮ユミにとっては、朝の体力作り程度のことだ。絵になる光景だ。




『ちーん』


 そこにはアカネとタツヒコの合掌する姿があった。


 その時、何も知らない担任が出席簿を抱えて入ってきた。


「なんだ? 今日は朝のお祈りか?」


                             了

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