第9話 ショートショート
「ワタシニモ、クリスマスケーキヲ、クダサイ」
エルモア博士の発明したロボット、マリンバZがクリスマスの日に突然こう言った。ぐるぐる目玉は踏切の警報器のような顔で、手足はコイル状で出来た良くある昭和中頃のSFに出てくるおきまりのロボットである。ただし内部は二十六世紀の科学技術を駆使して造られた優れものだ。
「おまえ、言葉を発生する回路を自己増幅回路で造ったのか?」
博士は驚いた。まだ完成して二日しか経っていないというのに、自己増幅回路のクオリティの高さは予想以上だった。
自己増幅回路は、ロボットの体内で思考可能型集積回路がアームを動かして、部品を体内で精製した上で、設置していくという優れものだ。簡単に言えば、ロボットの中で部品を調達しながら、回路や半導体などを自分で造ってしまい、その造った回路を自分の体内の本体回路に接続して、ロボット自身の知識や出来ることを増やしていくしくみである。
ただし難点があって、シールド加工だけは出来ないため基板自体がむき出しのプラスチック緑板と銅通電帯で構成される。すなわち水や腐食にとても弱いと言うことだ。
窓の外には雪がちらつき、近所の教会ではミサが始まる。その声が博士の研究所まで聞こえてきた。
「そうか。クリスマスケーキだな」
博士は絶縁シールドを持たないマリンバZのために、ショートケーキ型のカーボンオイルを造り始めた。ところがサンプルが無いので外観が上手くいかない。そこで博士は近くのケーキ屋でショートケーキをひとつ買い求めてきた。そのショートケーキはサンプルに使った後、自分で食べようという算段だった。みずみずしいフルーツに彩られた真っ白なショートケーキである。
凝り性の博士は、買ってきたケーキとうり二つに外観を仕上げる。カーボン樹脂に白色をつけ、機械油を染みこませ、ロボットの潤滑剤となる薬品を沢山注入していた。
「コレハ、クリスマスケーキデスカ?」
出来上がったショートケーキ型の潤滑油を指さして、マリンバZは奇妙に目玉の電球を光らせた。
「おお、これはね。おまえのためのショートケーキだ」と教える。
マリンバZは嬉しそうにその場で飛び跳ねると、コイルで出来た腕をにゅるっと伸ばして博士の横にあるショートケーキ型の潤滑油を手に取った。そして腕を縮めながら、ぱくりとその口に押し込んだ。
するとマリンバZの目玉が赤、黄色、緑、紫、青と変化していく。
「こんな感情表現は入力していない筈だが……」
博士は腕組みをしながら首を傾げる。
そしてしばらくすると、マリンバZは感電したようにビビッ、ビビッと震え始める。白煙もたちこめる。
「まずい、おまえショートしていないか?」
博士の答えに、
「イヤ、オィシィショート……デスガ、ワタシノキバンモ、ショート」
「イヤ、ォィシ、ショート……ワタ……ショート」
「ィヤ、ショート……ショート」と声の周波数が低くなっていく。
「ショートショート……ショートショート……ショートショート」
博士は、はっと気付くと、自分の前にあるもう一方のショートケーキを指で触る。
「カーボン潤滑油だ」
食いしん坊のマリンバZは間違って、本物のみずみずしい果実に彩られたショートケーキを体内に取り込んでしまった。
防水処理されていないロボットの基盤は、水分にふれて体内でショートし始めたのである。
「ショート……、ショート」
マリンバZは焼け焦げたにおいと一緒にそう言い残して、体の電流が消えて動かなくなってしまった。
「やれやれ、クリスマスだというのに、修理か。勝手に壊れて、直すのはこっちだ。こういう時こそ自己増幅回路で直って欲しい」
博士はハンダゴテと道具箱を手に、マリンバZのおなかにあるボンネットの扉を開けて、中のケーキを取り出して拭き始めた。
了
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