キメラフレイムの謎とき動画:もう一つの雷獣対決③

「さて、お次は後攻・ユッキー☆さんのイラストです」


 今再びキメラフレイムとサニーのアバターを登場させた画面の上で、穂村は堂々とした口調で告げた。


「タイトルは『彼ピが来るまで待ち合わせ🥺――ミクちゃんの本当の姿』です。ユッキー☆さんはもとより那須野さんとは親交が深いので、この絵を描くために、那須野さんの姿を見ながらブラッシュアップしたそうですよ」


『隙間女:ハチミツキ君との作品の温度差に草』

『オカルト博士:でもあいつなら彼ピとか言いそうなんだよなぁ😎』

『トリニキ:ユッキー兄貴、地雷系女子への理解力高過ぎひん?』


 先程と同じように、配信画面が一変する。キメラたちのアバターが消え、代わりにユッキー☆の、雪羽のイラストが露わになったのだ。

 光希のイラストがそうであったように、雪羽のイラストもまた、真なる意味でタイトル通りだった。すなわち、燦燦と陽光が降り注ぐ街中の一角で、那須野ミクがひとを待つ姿が描かれていたのだ。

 配色や構図、ミクの描かれ方などは、もちろん光希とは大いに異なっていた。

 屋外、それも晴天の街中を描いているので、風景は白や水色、あるいは白色に近いライトグレーが大半を占めていた。明度が高く、光がそこここに溢れているさまを示している所もまた、先の光希のイラストとは対照的だった。幽世は昼なお藍色の闇に包まれた場所なのだから。

 さて那須野ミクはというと、石造りのベンチに浅く腰かけた状態で描かれていた。右手にはスマホが握られているが、今しも顔を上げて正面を向いている状態でもあった。待ちびとを探すその表情と眼差しは思いがけぬほどあどけなく、そして何処かいじらしくもある。

 意外にも、雪羽の描く那須野ミクの姿には毒気が無かった。サークルクラッシャーだの闇堕ちした殺生石の化身だのというが無ければ、単に地雷系ファッションに身を包んだだけの可愛い女の子だと思ってしまうほどに。

 もちろん雪羽のイラストでも、きちんと地雷系チャイナドレスに身を包んでいる。しかし首許にピンク色の山茶花のモチーフが添えられている事で、よりお洒落に余念のない女の子と言った風情にもなっていた。

 そのように考えてみると、イラストのタイトルも中々どうして深い意味が込められているのではなかろうか。


「僕がこっそり推していたユッキー☆さんのイラストですが……ミクさんが思っていた以上に可愛く描かれていますね。そこにびっくりしました」


『ユッキー☆:こっそりやなくて堂々とお兄ちゃんの事を推してくれてええんやで? \3000』

『ハチミツキ:はえーっ。同じモデルでもやっぱり絵師が違うと大分変わるんだなぁ』


「そ、そうですね。ハチミツキさんの描いたミクさんは、むしろ神秘的でカッコいい感じでしたもんね。兄さんの……ユッキー☆さんの描いたミクさんは、むしろ健気で可愛い感じがしますが」


 やっぱり描き手のイメージに依存する所でしょうかね。ミハルが感慨深そうに呟いたところで、視聴者からコメントが寄せられてきた。


『那須野ミク:まぁ要するに、神秘的でカッコいい姿も、可愛くて健気な姿もどっちも本当の私って事でヨロ☆』

『絵描きつね:ご、ご本人様が降臨しただと!?』

『トリニキ:降臨も何も、きゅうびの変化の一つが那須野ミクってだけなんだよなぁ』

『おもちもちにび:みくとげんごろうはどういつこたいです』

『りんりんどー:でもやっぱり、ユッキー☆さんもきゅうびさんと親しいから、色んな表情が見れるんだろうなって思いました』


「ねぇ兄さん。やっぱり画家とモデルの仲が良いって言うのは、作品を作るにあたってアドバンテージになる事もあるんじゃあないかな」

「そう言うのもあるにはあるかもね。まぁ少なくとも、兄さんの……じゃなくてユッキー☆さんの場合は、きゅうびさんと仲が良い事は明らかですからね。きゅうびさんも、絵を見た感じだとノリノリで協力なさったみたいですし」


『きゅうび:なぜだ、何故バレたんだ……?』

『だいてんぐ:君らの事を知ってたら大体解ります』

『月白五尾:旦那も弟も他の男連中も、結構友達でバカやってる事あるもん』

『ネッコマター:男の子だから仕方ないね』

『サンダー:それはそうと、小物とか背景のポスターに見覚えがあるんだけど……?』

『絵描きつね:あ! 常闇之神社の求人ポスターまであるで!』


 コメントの流れは、雪羽と源吾郎のやり取りから、イラスト内に描かれた小物たちへと丁度良い塩梅にスライドしていった。

 そのきっかけを作ってくれたのは大瀧さんその妖なのだが、さしもの穂村たちも、常闇之神社の求人ポスターの存在には気付かなかった。これもきっと、視聴者たちの中に幽世民がいる事を踏まえての、雪羽なりのちょっとしたお遊びなのかもしれない。

 とはいえ、穂村たちも那須野ミクが身に着けている小物などには興味を惹かれていた。見覚えのある物もチラホラあったからだ。


「ユッキー☆さんは、日頃より構図もお考えになるという事なので、やはりミクさんの身に着けている小物とかも興味深いですね」

「ねぇ兄さん。このイラストの解説として『闇堕ちしてサークルクラッシャーになってしまっているミクちゃんだけど、実は心の底から愛している彼ピがいるのではないか? そんな設定を勝手に付加しつつイラストにしました☆』とあるのよ。だからその小物も、彼氏さんと関係があるのかも」


『トリニキ:那須野ミクに彼ピがいるって、隠し設定じゃあないんだよなぁ……』

『オカルト博士:彼ピというより旦那(女子だけど)なんだよなぁ……』

『絵描きつね:隠し設定に……動じないだと……?』

『燈籠真王:そりゃああの二人はきゅうび兄貴の事を知ってるからさ』

『ユッキー☆:ちなみにあの山茶花のアクセとスマホのキーホルダーは、きゅうびの奥さんが持ってるアクセとか小物を参考にしたんだゾ☆』


「……という事は、やっぱりミクちゃんの彼氏さん……若しくは旦那さんと関係のある物って事でFA?」


『きゅうび:そうだよ(威風堂々)』

『ネッコマター:ここできゅうび君が答えるのほんと草』

『ユッキー☆:まぁその……アクセとか小物は彼ピからプレゼントしてもらったり、彼ピとお揃いの物を持ってたりするんやろうなと思って描きました』

『ハチミツキ:悪女設定が吹き飛んでやがる(畏怖)』

『月白五尾:ハチミツキのイラストにも悪女要素は無かった気がするけれど』

『だいてんぐ:元々きゅうび君の性格からして、悪女設定に無理があったのでは?』

『トリニキ:なんせ真の姿は清楚可憐な人妻やからな』

『きゅうび:ちょっと待って、それは京子ちゃんの設定やで!』



 ちなみに途中で山茶花のモチーフは実際に源吾郎が米田さんにプレゼントした物である事が判明し、コメント欄はまたしても一時騒然としたのだ。

 というのも、源吾郎は山茶花の花言葉が「永遠の愛」である事を知った上で米田さんに送ったのだという事が暴露されたからだ。しかも結婚目前など、付き合ってすぐに迎えたバレンタインでの出来事なのだから尚更だ。


 結局のところ、光希と雪羽のイラストもまた、甲乙つけがたく、どちらも味があって佳い作品であるという事で落ち着いたのだ。強いて言うならば、人物造形の緻密さは光希の側に、全体の構図やモチーフの組み込みの巧みさは雪羽の側に軍配が上がったと言えるだろうか。

 だがそうした結果よりも、視聴者の面々に楽しいひとときを提供できたことこそが、最も有意義な事だったともいえるのだ。穂村はネタイラストなども一通り紹介し終えてから、そんな風に思った。

 特に面白かったのは、雪羽の描いた「狐耳が取れたミクちゃんの図」だった。また、雷獣ではなく妖狐であるが、稲尾菘が描いた那須野ミクの絵を紹介できたのも良かった事だ。

 菘の描いた那須野ミクの姿は、存外素朴で朗らかな雰囲気の狐娘と言った風情であり、それを視聴者の殆どが素直に受け入れ、納得していたのである。唯一の例外は那須野ミクもとい源吾郎だけであるが、彼は絵を通して本性を見抜かれたと思い、恥じ入っているだけだったのだ。

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九尾の末裔シリーズこぼれ話 その2――あるいは、雷獣列伝 斑猫 @hanmyou

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