彼女はウタが好きだった
駒野沙月
歌が好きなあなた
彼女は、昔から歌が好きな子だった。
音楽の授業はいつでも生き生きしていたし、放課後に校舎で鳴り響く楽器の音色や歌声には、いつも楽しそうに耳を傾けていた。
歌、というよりは「音楽」というものを愛する子だった、と言う方が正しいだろうか。そんなに好きなら、そういう部活にでも入れば良いのにと思ったことは一度ではないけれど、彼女は結局どこにも所属しなかったらしい。
かく言う私も帰宅部だったので、自然と二人でいることが多くなったわけだ。
部活のない放課後、特に予定も行事も無い日に、私たちは何をしていたか。ゲーセンで遊ぶとかファストフード店で勉強したりとか、女子高生っぽいことはしていたけれど、それらは偶にしかしていない。
私たちが入り浸っていたのは、学生でもお手軽に歌を楽しめる場所…そう、カラオケである。ちょうど学校の近所に、徒歩でも十分行ける場所にカラオケ店があったのも大きかったのだろう。流石に毎日ではなかったけど、私たちはよくそこに通っていた。
それはもう、私がカラオケ嫌いだったら友達辞めてたってくらいには、頻繁に。
今日もそうだ。久し振りに再会した同窓会で、彼女は私を、私一人をカラオケ店へと引きずって行ったのである。二次会しよう、とか何とか言って。
5年も経てば何か少しくらい変わっているんじゃないかと思っていたのだが、残念ながらそんなことはなかったらしい。それが嬉しいような、悲しいような。
通されたのは小さな個室だった。そこで私は今、マイク片手にアップテンポな曲に身を揺らす彼女を、カラオケのリモコンを手に眺めていた。
飽きもせず頻繁にカラオケに通っていたのもあってか、彼女は歌が上手い。そりゃあ、音楽系の部活に入っていた子に比べれば全然だし、プロと比べたら雲泥の差といってもいいくらいだったけど、一般人としてなら充分上手な部類に入ると思う。
小手先のテクニックだとか採点結果とか、そんなものは気にも留めず。
ただのびやかに、感情豊かに。「楽しい」という感情だけを根底に、彼女は歌う。
昔から、その姿を眺めているのが好きだった。
そうこうしているうちに、彼女の歌う曲はラスサビに突入していたらしい。
片方が一曲歌えば、次はもう片方が歌う。基本的にはかわりばんこに一曲ずつ歌っていくのが、私たちの暗黙のルール。だから次は私の番。別に彼女に歌わせていてもいいのだけど、お金を払っているからにはこっちも歌わないと損だろう。
ということで、リモコンとスマホを見つつ曲を探しているわけだが、なかなかこれという曲が見つからない。やけにレパートリーが豊富な彼女ならまだまだ大丈夫かもしれないが、私の方はそろそろネタが尽きてくる頃だし。同じ曲をもう一回…いや、それもつまらないか。
などと考えていたその時、おすすめ欄に出ていたある曲がふと目に留まった。とある有名バンドのヒット曲で、私たちが小さい頃にリリースされた、これまた有名な失恋ソングのひとつだ。
学校帰りに連れられたカラオケで、彼女がよくこの曲を歌っていたのを思い出す。メロディラインが好きとか、歌詞が素敵とか、ただそんな理由で。
だから、私も覚えてしまった。
流れ始めたイントロに、彼女が隣で「おっ」と目を輝かせる。
私が歌い始めれば、彼女は心地よさげに聴き入っているらしい。口が動いているのを見る限り、多分音を出さずに一緒に歌っているのだろう。二人で歌うのも悪くないけれど、私たちはこういう楽しみ方も好きなのだ。
彼女が好きだと言っていた歌詞。今となっては、その言葉ひとつひとつが身に沁みるようだ。昔は分からなかった"その意味"が、今ならよく分かる。
分かってしまうのが、どうしようもなく苦しかった。
気が付けば、5分足らずの曲はもう終わってしまっていた。少々長めのアウトロをリモコンからキャンセルして、私はマイクを置く。
当然のように入っていた採点機能の点数は大して高くもない。けれど、彼女は軽く拍手をしながらこう言ってくれた。
―歌、上手くなったね?
いつもなら、何とでも返しようはあったけれど。この時だけは、ちゃんと答えてあげようと思った。
光の強すぎない照明の下できらりと輝く、彼女の薬指に嵌まった指輪から目を逸らしつつ、私は言う。
―色々あったから。私にも。
これが、今の私にできる精一杯の仕返し。
これで充分。これ以上は、ダメ。
そんな葛藤を知ってか知らずか。彼女は私の答えに「そっか」と答えるだけだった。その笑みの意味は、未だによく分からない。
そしてすぐに、私がさっきテーブルに置いたマイクを私に手渡してきた。―次、一緒に歌わない?と。
そして彼女は、私の名前を呼んだ。昔と変わらぬ、その声のままで。
―いいでしょ、
彼女はウタが好きだった 駒野沙月 @Satsuki_Komano
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