第3話 少女の予感

 腕時計の針が18時に差しかかったとき、杏奈はまだ帰宅する最中であり、街を安全な速度で駆けていた。


「このままだと門限に間に合いませんわっ」


 普通の家庭はそうではないかもしれないが、大金持家は門限は非常に厳しい。子煩悩な父と厳格な母が定めたルールを守らなければ、彼女のにネチネチと責められてしまう。

 それを嫌がる彼女は、街中のヘルプを片付けた後、急いで帰路へついた。


「あ、あの子は…」


 一組の親子が目に止まり、彼女の今日の人助けの記憶が頭の中を駆け巡る。



 お昼過ぎには、八百屋の店主の手伝い。運搬されてきた野菜を並べ、売り出しの手伝いをする。市場に顔馴染みの多い杏奈は、道行く知り合いにどんどんと野菜を売りさばいた。

 杏奈に礼を述べながら、店主はリンゴを手渡された。


 またある場所では、草野球の試合のバッターとして打席に立つ。杏奈の相手は、町1番と名高いピッチャーだった。接戦の末、見事に勝利することが出来た。


 また交番の前を通りかかったときには、警察官が声をかける。何度も迷子や落とし物を届けて、すっかり顔なじみになっていた。

 そこで泣いている幼女を笑わせながら、一緒に母親を探したのがつい三時間前のことだ。



 母親を見つけたあと、また泣き出し始めたので心配だったが、二人が笑顔で歩いている姿にホッとした。


「…さて、早く帰らないと…?」


 その時、ドカン、と親子の背後から爆発音が響く。正確には、その背後の上空で起こったものだった。

 爆発音のあった場所を見た瞬間、まばゆい光を放ち高速で動く物体が目の前を通り過ぎていった。

 何が通り過ぎたかは、杏奈自身の目で追う事は出来なかった。


「………⁉︎」


 しかし、脳裏に焼きついた『光』が、彼女の体内を駆け巡る。そして1秒経つよりも速く、一つの結論を導く。


「今のって…まさかっ!」


 杏奈の足が、考えるよりも先に動く。

 今まで抱いていた嘆かわしさは何処へやら。胸に、これ以上にないワクワクと好奇心で爆発してしまいそうなほど、気分が高まっていく。

不安は消え、一点の曇りもなくなる。

 走る最中に幼い自分、その時の感情が色鮮やかに蘇る。

 あこがれ、安心あんしん、ジンとした腕の痛み、優越感ゆうえつかん……

 それらが今の杏奈の身体を突き動かし、非日常みちのせかいへと足を運ぶ。


 予感した。あのときのヒーローとの再会を。


 直感した。夢を実現させる日がやってきたと。


 自分の行いに感謝した。やはり毎日人助けしてたら『幸運』が回ってくるのだと。



 数十分走り続け、ようやく行き止まりへと辿り着く。高速で動き続けた『ヒーロー』達は行き止まりで動きは止めていた。そこには、先ほどの光が暗闇の中で目立っていた。

 杏奈は行き止まりの道の角に立ち、深呼吸をする。吸う、吐く、吸う‥‥。平静を保てるよう、頬を軽く叩き気を引き締める。

 角のカーブミラーには、満面の笑みを浮かべる年相応の少女が映っていた。


「…よし、行く。平常心、落ちついて、おちついて...よし!」


 鼓動が路上に響き渡りそうな心臓を出来るだけ落ち着かせ、意を決して角から飛び出す。勢いそのままに土下座の姿勢に移ろうとする。


「す、すみません!貴方様あなたさまはもしかして10年前の…⁉︎」



 


 飛び出した先で待っていた光景は。




「にゃおおおおおおおん!!!」


 憧れの英雄ヒーローは、勢いよく空を飛んでいた。猫はそのかわいらしい肉球を天にかかげ、声高に叫ぶ。

 

 幼い頃から憧れているヒーローは、猫に吹き飛ばされ、ボロ負けしていた————

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錬星術師は今日も英雄になりたがる 物真似モブ @isaitu1312

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