第2話 少女と錬金術


「そういえば杏奈ちゃんは凄い力持ちだけど、もしかしてその年でだったりするのかい?」

「いや、私は一番下の【第三級錬金術師】ですの。まだまだ発展途上はってんとじょうですわ。…もしかして、おじ様外から来た人ですの?」


 男性を店に送り届けた後、お礼のパフェを頂きつつ質問に答える。聞けば男性は、錬金術に興味津々らしい。

 

「ああ、この街は錬金術師が多いだろう?ぼくはまだまだ勉強中だからコツとかも教えて欲しいんだ」

「勉強あるのみですわおじ様。あとお礼のパフェ15本下さいなおじ様」

「別にいいけれど躊躇ためらいは少し欲しいかな杏奈ちゃん」


 ーーーーーー錬金術。


 起源は諸説あるが、万人が憧れる夢の技術。星河市の発展に一役買ったのも錬金術が関わっており、この町の住人は市外の人々の羨望せんぼうの対象である。

 錬金術を使う者を『錬金術師』と呼び、そのくらいは三段階に別れている。だが、その基準は市街の人々にはあまり知られていない。


「錬金術は三段階に分けられますわ。まず第三級、肉体の錬成強化ですわ」

「杏奈ちゃんが車を押してくれた時にやってたやつかい?」

「ええ。四歳児でもボブ・サップ並みに力持ちになれますわ」


 男性の記憶で、杏奈が笑顔でトラックを押し進めたことが思い返された。

 杏奈は、袖をまくり綺麗な二の腕を男性に見せる。先ほどの大仕事の後でも汗一つ無い。

 そしてそのまま腰かけたまま次の説明へと移る。


「次に第二級。これは物質に作用する錬金術で、物の価値を高められますの」

「この価値を高めるのっていうのは日本円のほうじゃなくて…」

「ええ。卑金属価値無いもの貴金属価値あるものなどにえる古くからのオーソドックスな錬金術ですわ」


 卑金属ひきんぞくとは、価値のない金属。昔は大量に出回っており、その価値はとても安価だで実験に使われた。身近なものなら、鉄やアルミニウムなどだ。

 そしてそれを金などの価値ある金属へと替えたのが、第二級錬金術である。この錬金術の開発は、歴史の転換点になったらしい。

 現在では応用が進み、卑金属以外のものも価値を高めることが出来るようになり、製造業せいぞうぎょうでの採用は第二級以上からとなっている。


「ちなみにこの第二級の取得には10年以上掛かるのですわ。早い人でも6年はかかりますわ」

「国家資格を取るみたいだなぁ」

「最後の第一級は人間を超えるらしいです。うちの会社でも6人しかいなくて、全員海外の部署担当なんですの」

「皆いい笑顔してるなぁ」


 会社のホームページを確認しながら、肩を組んだ6人の写真を男性に見せる。男性は年の割にピュアなのか、写真を見て微笑ましく思ったようだ。 

 しかし、6人のその目は笑っていないのは仕事の忙しさに振り回されているからだと杏奈は知っていた。

 それはさておき、と話を戻す。


「市外の方々には習得が難しいですの錬金術。カンパニーの社員でも数十年は掛けた人々が多いですわね」

「やっぱりそうなんだねぇ…」

「普通なら何十年も無駄に浪費するなんて反対されますわ。ですけれど」


 予想していた厳しい現実に肩を落とす男性に、慰め...ではなく。


『ヒーローにお前がなれるかよー!』

『ヒーローって…ねぇ…お嬢さん、夢見すぎよアナタ』

『現実見ようよ。実力もないくせして大口ばかり叩いて、虚しくないの?』

『ここで死ねっ、カンパニーの小娘ッ』


 過去の記憶が、頭の中を駆け巡る。


「人生、無駄が多いほど退屈しなくってよおじ様」


 目線を離さずに真っすぐ彼女なりの激励を飛ばす。それは、杏奈自身のに対する姿勢から出た偽りの無い一言だった。


「…よし、やってみるよ」

「ええ、応援いたしますわ…あっ」

「どうしたの杏奈ちゃん?」


 杏奈は丸イスをくるりと回転させると出口へと体を向ける。耳に手を当てながら体を右へ左へと動かす。その姿は電波を受信するレーダーのように、ぐるんと円を描く。

 数秒後、立ち止まりそのままの姿勢でいたかと思うと突如叫び出し駆け出す。


「ご馳走様でしたわおじ様!助けを呼んでる声がお耳に挟まりましたの!飛んで行ってきますわ!」

「気をつけてね!杏奈ちゃん!…もう行っちゃった…頑張れ、杏奈ちゃん」


 まさに疾風迅雷。目にも止まらぬ速さで駆け出し、その姿はだんだんと小さくなっていく。地面を踏みしめ、山を駆け上り空を飛ぶ。

 その彼女に背中を押されるように、男性は店の奥に仕舞い込んでいた本を取り出したのだった。







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