最終話 このボタンって今、異世界と繋がっているのかな?


 街灯に照らされた自販機の前に立ち、亮介が菱屋あかりに告げる。


「じゃあ、おつり返却レバーをひねってみるね」


 自販機には『故障中』のメモが貼られており、ディスプレイ部分も蛍光灯が点いていない。さて……返却レバーをひねると、どうなるのか。魔法のコインが出てくるのだろうか?


 覚悟を決めかねているあいだに、菱屋あかりが商品ボタンにサッと指を伸ばした。


「このボタンって今、異世界と繋がっているのかな?」


 ポチ――。


「あ」


 亮介は呆気に取られた。まさか彼女がボタンを押すとは思っていなかったのだ。


 その瞬間、自販機がブルンと震えた。


「え」


 皆、ビビッて一歩下がる。


 亮介とゴブンゴが責めるように横目で見ると、菱屋あかりが赤面して謝ってきた。


「ご、ごめん、ついうっかり!」


「ついうっかり……? 菱屋さん、僕の眠れるドS心が目を覚ましそう」


「ひえ、ご、ごめんってばぁ」


 なんてワチャワチャしていると、自販機の奥からゴ……ツ! と鈍い音が響いてきたものだから、全員ビウゥとなる。


 やだ……怖い……!


 一同、ちょっと涙目に。


 亮介は急いで手を伸ばし、返却レバーを捻った。少しして、チャリン、チャリン、チャリン……とコイン返却口に硬貨が落ちる音が響く。


 それは六回で止まった――……『六回』!


「八回のはずだが……?」


 もう一度横目で菱屋あかりを眺める。


 彼女はバツが悪そうに俯いている。


 亮介はコイン返却口から出てきたものを取り出してみた。


 見たことがないゴールドのコインだ。キラキラ輝いている。


「よし――じゃあこれにて解散!」


 亮介が宣言したので、


「ん?」


 眉根を寄せる菱屋あかり。


「あの、これから『なんか』出て来るんじゃない?」


「出て来ないよ、菱屋さん」


「でもね、南町くん」


「出て来ない――何も出て来やしない――ほら、取り出し口には何もないだろう?」


 確かに亮介の言うとおりで、取り出し口は上から眺めおろした感じでは『カラ』に見える。


 とはいえ――先ほど響いてきた鈍い音を聞くに、途中で『何か』が詰まっている可能性は高い。だから誰かがしっかりしゃがんで下から覗き込みさえすれば、その『何か』を見ることができるかもしれない。


 そしてゴブンゴの例を参考にすると、召喚を完了させるには『こちらから引っ張って出してやる』ことが必要なのかもしれなかった。


 しかし亮介は一切対応する気がないようで、六枚のコインをポケットに入れ、スタスタと歩き出してしまう。


 慌てて横に並ぶ菱屋あかりとゴブンゴ。


「あ、あの、南町くん……」


「僕の好きな言葉を教えよう――それは『君子危うきに近寄らず』だ」


「そ、そっか……」


「ところで」


 三十メートルほど自販機から離れてから、亮介はやっと足を止めて、菱屋あかりに向き直った。


「僕、今日はもう家に帰ってもいい?」


「え、帰っちゃうの?」


「さすがに菱屋さんの家に泊まるのは……」


「そうだよね……」


 かぁ、と頬を赤らめる彼女。


 菱屋あかりはモジモジと髪を耳にかけたあと、思い切ったように顔を上げた。


「あのね、南町くん――明日もうちに遊びに来てくれる?」


「ん……いいけど」


「本当?」


 彼女があまりに可愛く笑うので、亮介は毒気を抜かれてしまった。


 おかしいな……さっき自販機の販売ボタンを押した彼女に、ちょっと怒っていたはずなのに……?


「ゴブンゴは三日間、うちで預かるよ。だから放課後、南町くんも一緒に遊ぼ?」


「うん」


 亮介は考えを巡らせる。


「三日後……てことは、ゴブンゴが帰るのは土曜日か」


「土曜日もうちに来られる?」


「ちゃんとさよならしたいし、うかがうよ」


 亮介が物柔らかに告げると、菱屋あかりがホッとしたように肩の力を抜く。


「じゃあまた明日、学校でね」


「待った――とりあえず心配だから、玄関まで送る」


「えへへ、ありがと」


 月と街灯がアスファルトの夜道を照らす中、亮介と菱屋あかり、ゴブンゴが仲良く並んで歩く。


 道中、菱屋あかりはずっと可愛く笑っていた。




   * * *




 斧が途中で引っかかったオークボスはひどく焦った。


【РҚЭब इКСҚЗФЗбГВЖवДв?(俺をここから引っ張り出してくれませんかぁ?)】


 話しかけてはみたものの……。


 視界の先に透明な板があり、その先に誰かがいるようなのだが、こちらの声は届いていないようだ。


 体が自販機の取り出し口まで落ち切っていないから、自分は世界と世界のはざまにいる状態で、存在を認識されていないのかも。


 あちらの人がしゃがんで取り出し口を下から覗き込んでくれれば、言葉が届くかもしれない。こちらの手か――あるいは牙を引っ張ってくれればなぁ――向こうの世界に出られると思うのだが。


 ……あ、あれ? 前に立っていた人たち、行っちゃうの? 嘘、嘘――。


 ま、待ってくれ!


 行かないでくれぇ!


【РҚЭब इКСҚЗФЗбГВЖवДв‼(俺をここから引っ張り出してくれませんかぁ‼)】




   * * *




 学校で一番可愛い菱屋さんが「自販機からゴブリンが出てきた」と泣きついてきた(終)






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学校で一番可愛い菱屋さんが「自販機からゴブリンが出てきた」と泣きついてきた 山田露子☆10/10ヴェール小説3巻発売 @yamada_tsuyuko

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