あなたはここにはいません。
山外大河
あなたはここにはいません
『あなたはここにはいません』
私自身にどうしようもなく嫌気がさした夕暮れ時、訪れたマンションの屋上にてそんな文言が掛かれた便箋が、風に飛ばされる事無く落ちていた。
あなたはここにはいない。
今此処に居る自分を否定してくれるようなそんな文言は、今の私にとってはどこか慰められているような気分にさせてくれて。
そんな文言が目の前に現れた事にどこか引かれるものがあって。
私は思わずその便箋を手に取ったのだ。
……不思議な気分だった。
たったそれだけの事で、ほんの少しだけ気分が軽くなった。
嫌いな自分が欠け落ちたような気分がしたのだ。
探している自分を見付けられたような、そんな気分がしたのだ。
まだ不完全だと、そう感じながら。
そう感じたからだろうか。
私はそれ以上の情報を求めるように、便箋を裏返したんだ。
そこに書かれていたのは簡素な地図だ。
簡素な地図にいくつか印が付けられている。
……そこに行けば、嫌いな自分を否定できる気がしたんだ。
探していた自分に会えるような、そんな気がしたんだ。
だから私は踵を返した。
今はまだ終わらせる時では無いと思えたからだ。
見付けた自分が踏み止まらせたんだ。
そして私は私を否定する為に、私を探す事にしたんだ。
そう難しい事じゃ無かった。
簡素な地図でも、どこかその場所へ引かれるように私の足取りはそこへ向いて行く。
そして辿り着いた先には毎度毎度何も無いのだけれど、それでも辿り着いた満足感と共に嫌いな自分が欠け落ちていく感覚が有って、自分を見付けられた気がして。
少しづつ、久しぶりに笑えた気がしたんだ。
そして日も落ちた頃、私は最後の場所に辿り着いた。
そこにはこれまでのチェックポイントとは違い、便箋が落ちていたんだ。
それを手に取れば全てが終わる。
嫌いな自分を削ぎ落し、なりたい自分になれる気がしたんだ。
心から、笑い続ける事が出来る気がしたんだ。
今日終わらせるつもりだった人生を続ける事ができる気がしたんだ。
そう思ったから、私はその便箋を手に取った。
嫌いな自分を全て削り落としたんだ。
そして次の瞬間吹いた強風と共に飛ばされた便箋を目で追いながら、自然と僕は泣いていたんだ。
嫌な事から解放されて、僕はこれまで感じた事の無いような解放感を感じている。
その筈なのに。
望んで此処に立っている筈なのに。
大切な何かを無くしてしまった気がするんだ。
此処に何よりも大切な何かが居た気がするんだ。
それが何なのかは分からなかったけど。
この日は涙が止まらなかった。
僕が此処にはいない気がする。
あなたはここにはいません。 山外大河 @yamasototaiga
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