そのさん

 なりふり構わず、あらゆる手を使って彼氏は彼女を見つけ出した。そこに違法な手段やグレーな方法があったのかはわからない。聞きたくない。

 祥子は結構あちこちに移動していたようだ。この際だから行きたかった場所に行ってみようと思ったそうだ。うん、カニ食べたいとか牡蠣食べたいとか言ってたもんね。美味しいスコーンが食べたくなる前でよかった。と、言うか一目散に海外へ行かないところが、彼女の庶民的なところでもあるな。

 しかし、寄る辺ない二十代女子は、後ろ向きに悩みただ逃げ回る程繊細ではいられない。彼女は『コネで貰った仕事』というものに自分で折り合いを付け、本当にあの名家の御曹司と結婚してやっていけるのか、とことん一人で考えたかったと、戻ってから私にお土産を渡しつつ説明した。


「コネを使うことは人脈を頼るのと同義だとは思うんだけどね。自分の預かり知らぬ所で使われるのがね、ちょっと癪だった。私があんなに必死で築いてきたものが、凄くちっぽけなものだったと言われたような気がして」

「そこは折り合いがついたの?」

「うーん、まだ釈然としないものはあるんだけど、チャンスはチャンスだったし。この後、私の仕事には口も手も出さないと約束した」


 お土産のお菓子を自分でも摘みながら彼女は言う。台詞の割には、なんか吹っ切れた風情。お菓子はなかなか美味。


「ふーん、んじゃ、上田家の嫁になる覚悟はできたの?」

「あちらのご両親にも、なんなら佐藤家に婿入りさせてもいいとは言われたけど、ちょっと無理があるし。鷹也さん、三男で研究職だからそこまで奥様稼業しなくていいらしいし。あっちのお屋敷の部屋が余ってるから、そこに住めばって言われてる」

 普通の家なら同居とか遠慮したいものだけど、なにせお屋敷。お手伝いさんどころか執事もシェフも完備。炊事洗濯掃除は全てお任せ。同じ家でもプライベートゾーンは完全に分かれているので気兼ねもいらないとは、これが玉の輿というものか。

 お母上は懐柔しているからいいとして、嫁同士のバトルはないのかと興味津々で聞いてみれば、次男嫁さんはご主人に付いてほとんど海外だし(余談だが、この人が例のちょっとアウトローなお家の出身の人らしい。だからしばらく日本には寄りつかないのだと)、跡取りである長男のお嫁さんは一目見て彼女にご執心になったらしい。なんでもご贔屓の男役さんに横顔が似ているとか。是非今度日比谷の劇場にご一緒しましょうと熱烈に誘われているとか。お母上は、だったら私も歌舞伎に誘っていいわよねとノリノリだとか。


「じゃ、ここも引き払うのかな、引っ越し先探さなきゃ」

「あ、それなんだけどね」

 もし私さえよければ、もうしばらくここに住んでくれないかと彼女は言う。もしかしたら、上流階級に馴染めなくて逃げ帰って来るかもしれないし、これから色々忙しくなるのでご両親のものを片付けるのももう少し後にしたいと。

 いやー、それは無理があるんじゃないかと思うが黙っておく。あのヘタレ、祥子捜索中に第二フェーズに覚醒したらしく、上田家の力の使い方を学習してしまった。

 要は、どこのスイッチを押すかなのだ。上田家のネットワークを持ってすれば、出来ないことはあまりない。しかるべきところに声を掛け、担当者に依頼する。今まで使っていなかったそのスイッチの押し方を学習したヘタレは、権謀術数に長けてしまった。多分、今度は海外逃亡でさえ数日の内に捕獲されてしまいそうだ。そうか、そうやって覚醒者は有能になっていくんだねぇ。


 ま、私も引っ越しはめんどくさいし、追い出されるまでは居座っていようと思う。



 祥子の気の変わらない内にと数ヶ月後にはこじんまりとした式を挙げ、友人や恩師を招いたパーティを開き、立て続けに上田家主催親戚一同へのお披露目会を開催し。

 式とパーティでは、フルメイクの祥子がびっくりするほど美人さんになっていて驚いた。元々あっさりした、凛々しい感じの素顔はびっくりするほど化粧映えするものだったらしい。プロって凄い。特に目元は印象的な切れ長の目になってて、神秘的ですらある。だから睫毛が重いとか言うんじゃない。その楚々とした伏し目が、睫毛のせいだとバレるだろう。


 お父さんの代わりの弁護士氏にエスコートされヴァージンロードを歩く彼女は、本当に美しかった。物凄くシンプルなドレスは普通ならば貧相になってしまうのだろうが、素人目にもわかる生地の上等さと仕立ての見事さで、姿勢の良い彼女が纏うと静謐さすら漂わせた。

 美しさはメイクやドレスのせいばかりではない、彼女の誠実さや覚悟が内から輝いているかのようだった。ヘタレの奴は腕を組んだ弁護士氏を睨むのと、彼女に見惚れるのを器用に交互にやっていた。彼女が弁護士氏の腕に触れているのが気に食わないらしい。おとな気がないヘタレである。

 余談だが、ヘタレもお出かけ用おしゃれメガネにヘアセットを決めると、ちゃんとモーニングが似合うイケメンになっていた。元々背も高いし、姿勢もいいし。だが、私の中ではヘタレはヘタレだ。

 あの上田家ということを隠し一般人に擬態したあちらのご両親と兄夫婦、弁護士氏ご夫妻以外は上田家の参列者がいない式とパーティは、和やかにお開きとなった。


 ここからは伝聞なのだが、お披露目会はなかなか凄かったらしい。

 衣装選びでは、本当はせめて染めから注文したかったというお母上を、もう着ることのない振袖を誂えるなんてもったいないと説得し。それならばとお母上が張り切って、ご自分のとっておきの振袖を山のように出されて困惑し。いい季節だから自宅の庭でガーデンパーティにしましょうというお母上の盛り上がりは止められず。振袖を一枚だけなんて決められないわ、お色直しもしましょうというお母上と長男嫁をなんとか全力で止め。ほとんどお母上の暴走を止めるだけのような……


 上田家の新しい『お嫁様』は皆に好意的に受け止められたらしい。

『お嫁様』とは覚醒者に見込まれた女性を指し、上田家に繁栄を齎す座敷わらし的なものという扱いらしい。通常、一族総出で庇護するものらしいのだが、先のアウトロー家出身の次男嫁は、アウトローな縁戚が面倒だからと早々に次男が海外へと連れ出して囲い込み、一族とは色々な意味で距離を置いている。一家族に二人の覚醒者とか、ご両親とご長男の苦労が偲ばれる。次男は単に、愛妻を自分だけのものにして人に見せたくない独占欲の賜物なだけなのでは、と家族は思っているらしいが。

 そこに降ってわいた新しい『お嫁様』。しかも上田家的にはなんの申し分もない女性。座敷わらしにお供えするように、あれやこれやと彼女に貢いでいるらしい。彼女が喜ぶのは、戦前の古い翻訳絵本だの文学全集だの舶来の児童書なのだが、そんなのはゴロゴロお家にある親戚達らしい。家では誰も読まないからと、彼女の本棚にお引越ししている。私はそれを彼女から借り受け、ウハウハである。

 この頃は、出張先のお土産だとあちらこちらの海の幸が届くらしい。カニ牡蠣ツアーがバレている様子。


 そんな羨ましい食生活を送る彼女だが、至れり尽くせりというのは止まることを知らないらしく。

 三食おやつ付きなのはもちろん、頼めば本格派ラーメンとかお夜食にお茶漬けとかもすぐに出してくれるらしい。厨房の隅には彼女専用ミニキッチンがあり、好きに使っていいらしい。たまに庶民カレーとか庶民的豚の角煮とか作っているらしい。彼女は仕事に煮詰まると煮込み料理を作るのだ。私もよく御相伴に与ったものだ。普通のカレールーを使ったお家カレーが、素材の良さでびっくりするほど美味しくなるものだとは彼女に聞くまで知らなかった。

 ちなみに彼女が角煮を煮始めたら、私は台所に近寄らないようにしていた。あれは最大級の煮詰まり具合の現れなのだ。そっとしておくに限る。

 もちろんヘタレは嬉々として彼女の手料理を味わっているとか。甘かろうが辛かろうが、彼女が作ったならば構わないんだろう。




 さて、そんな彼女が何故我が家でカップラーメンを啜っているのかというと、あまりの心尽くしに落ち着かないからだ。庶民出身な自分を否定せず、どこまでも寄り添ってくれる家族とスタッフに、まさかカップラーメンが食べたいとは言えない。普通にコンビニでも行って買って食べればと思ったのだが、そのゴミを始末させるのも、自分がなんとか証拠隠滅するのもなんだか心苦しいと。別に上田家のご飯に飽きた訳ではない。ただひたすらにジャンクなものが食べたかっただけだと。私達二人とも、節約を旨に自炊を心がけてはいたものの、仕事やバイトに疲れ果て何もする気が起きない日に時たまお世話になっていたカップラーメンが恋しくなったと。

 そう考えるとカップラーメンを食べる場所というのは案外ない。若者ならばコンビニでお湯を入れさせてもらって店頭で食べるのもアリかも知れないが、いい歳をした女がそれは流石に恥ずかしい。アレは基本的に家の中で食べるものなのだ。

 で、彼女は実家の片付けという理由で、たまにここに帰って来る。そしてわたしの買い置きのカップラーメンを食べて行くのだ。時折り新作を買っておいてと連絡が来る。

 私には上田家謹製豪華三段重ねお重弁当が与えられる。彼女と二人分というそのお重は、どう見ても三人分以上あり、彼女は申し訳程度に箸をつけるだけなので、私の翌日の夕食まで賄ってくれる。美味。

 カップラーメン一つで彼女の精神の均衡が保たれるのならば、安いものなのではないだろうか。いや、どっちにしても安いものではあるが。まだ、あっちのお家と生活に慣れない彼女が足場を固めるまで、少しこちらと行き来をするくらい。


 彼女はヘタレと上手くやっているようだ。一歩間違えると闇堕ちしかねない奴を武道家らしく真っ直ぐに叩きのめし(物理ではなく)、自分の仕事は上田家とは切り離してコツコツと実績を積んでいる。いつか彼女の夢だった児童文学の翻訳ができるように、私もお地蔵さんにお願いしておこう。


 ヘタレはヘタレで、ちゃんと覚醒者らしく仕事に邁進しているらしい。少し遅めの晩御飯は絶対彼女と一緒に食し、最低でも週一日のお休みはもぎ取るべく、周りに文句を言われないよう、着々と実績を上げているとか。

 そうでなければ困る。私のなけなしの貯蓄を、奴の勤める研究所関連の銘柄の株に突っ込んだのだ。利益確定売りができる日を楽しみにしている。ガンバレ、ヘタレ。

 株を買ったのは彼女が旅行から戻ってすぐだし、確証のない遺伝子をあてにしての事なので、インサイダーではないはずだと、私はちょっとびくびくしている。





 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

友人が見込まれちゃった件 〜ありがちな玉の輿を側から眺める〜 @mu_myo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ