《バレンタインデー記念番外編》リボンの意味は


「淑女が愛を告げる日??」


 私の髪をかしているマリーに鏡越しに尋ねる。


「そうですよ! 今日は一年で唯一、貴族でも女性の方から愛を告白してもいいとされている日なんです」


 何故かエッヘンとマリーが胸を張る。


「珍しいのね。平民と違って貴族にはそういう『〇〇の日』みたいな文化はあまり無いのだと思っていたわ」

「元は他国から入って来た文化みたいですよ。何故か告白する時にショコラを贈る風習もありますし」


 なるほど。

 恐らくフェアランブルにショコラを輸出している国がそういう文化を流行らせたのだろう。

 中々に上手い商売戦略だ。ショコラは高級品だから、貴族の間で定着したのも納得である。


 ただ……


「一年で唯一女性から愛を告げられる……というのは、ちょっと納得しかねるわね」


 思わず苦笑いをしてしまう。


「そうですか? やっぱり女性の方から告白するというのは貴族にとっては中々にハードルが高いですよ? 未だにそういうのつつしみが無いとか言う人も多いですし」


 私の脳裏には、マーカスにぐいぐい迫るダリアと、しっかり口説いて貰わないとね? とウィンクするカーミラ王女殿下の姿が過ぎる。



 ……愛を告げる日いらなくない? 女強いぞ?


 なんなら、『頑張れ紳士の日』とか作ってあげた方が良くない?



「奥様が何を考えていらっしゃるのか何となく分かりますが、恐らくそれは特殊パターンです。アイリスとかで想像して下さい」


 アイリスは我がハミルトン家が誇る侍女カルテット随一のシャイガールで、今の時代には珍しく幼少期から隣の領地の嫡男と婚約している。


 しかも親が勝手に決めたとかではなく、小さい頃から両想いパターンの、キュンキュン幼馴染カップルらしい。

 いつか詳しく話を聞いてみたいとは思っているのだが、いつも恋バナになるとポッと顔を赤らめて逃げてしまうのだ。

 

 ちなみに、ハミルトン家に侍女として行儀見習いに来ているのも、あまりに内気なアイリスをご両親が心配しての事らしい。嫁入り前の社会勉強といった所だ。


 確かに、アイリスみたいな子にとってはこういう日があるのもいいのかもしれない。



「ところで、奥様も伯爵様に何か贈られるのですか?」

「え? 私?」


 突然、話が自分の事になって驚いてしまう。


「告白も何も、私達はもう夫婦よ?」

「元は告白の為の日でしたけど、最近はカップルや夫婦でも、女性から男性に贈り物をするんですよ! 貴族って、圧倒的に男性が女性に物を贈る事が多いですからね」



 ……


 …………


 言われてみれば、私、旦那様に贈り物した事ない!


 旦那様からはドレスや宝石や飴細工や色々頂いてたのに、何たる不覚か!!



「大変だわマリー! 私、何も用意してないの。今から急いでショコラケーキでも焼こうかしら!?」

「奥様のお菓子は美味しいですから、きっと伯爵様も大喜びですよ!」

「良かった! それなら作り慣れてるからすぐにでも……って……」


 そうだよ。作り慣れてるよ。


 むしろ今さら私がケーキを焼いたところで、特別感が全然ないよ。


 なんなら昨日、大量のチョコチップクッキー焼いちゃったとこだよ。失敗したーー!



 この前、旦那様が私の為にアップルタルトを作ってくれた時は、本当に、本っっ当ーーに、嬉しかった。


 だって、伯爵様だよ? 伯爵が自ら厨房に立ってタルトを焼くなんて、通常あり得ないよ?


 結婚当初の私に、『一年後にはその仏頂面の旦那様は、毎日私に愛を囁いてアップルタルトを焼いてくれる様になりますよ』なんて言ったところで一億パーセント信じないだろう。



「駄目だわマリー。私がお菓子を焼いても、特別感がないもの……」


 私がシュンとしてそう言うと、マリーは首を傾げる。


「いや、絶対すごい喜ぶと思いますけどね……。まぁでも、何か特別な事をしたいという奥様の気持ちも分かります」


 うんうんと頷くマリー。


「ハンカチに刺繍するとかはどうですか?」

「刺繍、実はあまり得意じゃないのだけど……一日で旦那様に差し上げられる様な物ができるかしら?」

「確かに、難しい模様は無理ですね。伯爵様のお名前を入れるとか……。あ! 他にとっておきの贈り物もありますよ!!」

「えっ何? 私にでも用意できるかしら?」


 旦那様に与えて貰った幸せを思えば、私に出来る事なら何でもする所存だ。ドンと来い。


 目を輝かせてやる気をみなぎらせる私を見て、マリーは不敵な笑顔を浮かべる。


「髪に大きなリボンを付けてですね、こう言うんです。『プレゼントは、わ・た・し♡』 伯爵様、泣いて喜びますよ!!」











 うん、無理。


 

 …………ていうか、やっぱり貴族令嬢めっちゃ肉食じゃないか、こんちくしょー!!




 結局私は、晩餐が始まる直前まで必死で刺繍をして、何とか旦那様の名前入りのハンカチを完成させた。




 旦那様は凄く喜んでくれた。








 実は髪にリボンも付けてはいるけど。




 ……意味は内緒です。旦那様。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


今日はバレンタインデー!


という訳で、バレンタイン記念番外編です。

果たして、旦那様がリボンの意味に気付く日は訪れるのか……。

気付いたら、恐らく悶絶間違いなしですねw


お読み頂き、ありがとうございました!(^^)/

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旦那様、ビジネスライクに行きましょう!〜下町育ちの伯爵夫人アナスタシアは自分の道を譲らない〜 時枝 小鳩(腹ペコ鳩時計) @cuckoo-clock

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