火扇

小狸

短編

 *


 ――死ぬ気でやれ、死なないから。


 そんな口癖の同級生は、よわい32歳でこの世を去った。


 葬式には大勢の人が参列していた。


 彼という個人が構築した人間関係の広さと深さを思い知った。


 彼と僕とは、高校時代の部活動の友人である。人数の少ない部活だったためか、いつの間にか結束していたように思う。


 そんな彼が、過労で亡くなったということを知って。


 不思議と、驚かなかった。


 こんなことを臆面もなく言うと、私が冷徹冷血な人間だと認識されてしまうことを承知の上で言えば、その無軌道な生き方は続かないだろうな、とは思っていた。


 くだんの口癖は、中学時代の恩師から教わった生き方であると、生前彼から聞いた。


 彼はそれを、他人に強要することは決してなかった。


 ただ静かに、「」を遂行していた。


 それは最早もはや武士道や信心に通ずるようなものであった。


 何をするにつけてもアクセルを全開にし、全身全霊でのめり込む。


 実際そんな姿勢は奏功そうこうし、彼はT大に現役で合格を果たしていた。


 大学以降は何度か飲み会をした程度で、しばらく疎遠になっていた。


 アプリのグループは残っていた。


 どうやら彼は、その勢いを維持したまま、努力と精進を続けたそうである。


 努力と精進を続けて、尽き果てた。


 死ぬことは、彼にとって本望だったのだろうか。


 いや、それは邪推か。


 結婚し、子を成し、会社でも評価され、大勢の人に認められている。


 そんな彼を、誰が「幸せでない」などと言えよう。


 今となっては分からない。


 死んだら、のである。


 彼を止める者は、誰もいなかったのだろう。


 というか、それを最早信条のようにしていたから、止めようにも止められなかった。


 ただ。


 一度だけ、彼から本心らしきものを聞き出したことを思い出した。


 それは、二人で飲みをした時の話であった。


 その時彼は、交際相手との結婚式を、二月ふたつき先に控えていた。


 彼はこう言っていた。




 ――




 それに僕がどう答えたのか、そして、彼はその後どうしたのかは、記憶に残っていない。


 ただ脳髄の片隅に唯一、彼の言葉の残滓ざんしが留まって離れなかった。


 まあ、彼が亡くなっているという現状を見る限り、僕はその時彼を止めることはできなかったし、彼も止まることはなかったのだろう。


 幸せ――でも無かったんだろうな、きっと。


 誰しも、自分の生き方が間違っていたなどとは認めたくはないだろう。


 あそこで、彼を止めていれば――なんて。


 そんなことを考えてしまう僕は、贅沢だろうか。


 彼の己に苛烈を強いる生き方を見ていると、一友人の僕としても、厳しいものがあった。


 胸が、痛むのである。


 膿んだように、じくじくと。


 己を当たり前のように傷つけながら、己の辛苦や労苦を鑑みずに突き進む。


 成程それは素晴らしい生き方なのだろうと思う。


 時代が違えば、きっと英雄のようにまつり上げられていたのやもしれない。


 そんなことを思って、彼の棺へと近寄った。


 高校時代の同期達と共に、花を供えた。


 参列者が置いた花束に囲まれて、出棺する彼を見て、僕は思った。


 心の中で。

 

 誰にも聞こえぬように。


 やっと止まれたんだね。




(「おうぎ」――了)

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火扇 小狸 @segen_gen

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