第10話 懐古

 そして迎えたゴールデンウイーク初日。気持ちの良い五月晴れのなか、俺は星蘭高校の正門にいた。時刻は十時二十分前。別に今日のデートが楽しみだから早く来たというわけではない。ただ何となく相手よりも後に来るのが嫌だったというだけ。

 ゴールデンウイークにもかかわらず相変わらずな練習量のサッカー部の元気な声を耳で受けながら青々とした空を仰ぐ。今日も至って平和であり、この空の下で今起きている不可解な事象のすべてが嘘のようだった。

 するとそこへ待ち合わせ相手が現れる。


「来たか……。よもぎ」


 一通の手紙から始まった水族館デート。待ち合わせ場所に時間ぴったりに表れたのは今話題の人気アイドル、比良坂よもぎだ。

 白のブラウスに健康的な生足を強調させるホットパンツ。一応芸能人ということもあるのでキャップを被っており、アクティブな印象を持たせている。


「なるべく当日会うまでばれないようにしたかったんだけどな~。その反応を見た感じ手紙を読んだ時点でよもぎだってわかってたみたいだね」


 よもぎの言う通り俺は手紙を書いたのがよもぎだとすぐに分かった。本人的にはバレないように手紙の口調を固くしたり集合時間ぴったりに来るという自分の性格に似合わないことをしていたみたいだが……。


「サプライズは上手くいかなかったけど、とりあえず行こっか。水族館」

「その前に教えてくれないか。今日俺を誘った理由を」

「……細かいことなんて気なしないの!さっ行こ!」


 よもぎはまたそうやって何事もないふりして隠して、繕って、そうやって見えないところに行ってしまうんだな……。

 アイドル活動で鍛えられたその笑顔の裏にあるものを俺には読み取れない。だけど前を行く彼女の後姿はテレビの向こうで輝く人気者の背中とは程遠いほど弱々しく見えた。


 水族館へは高校近くの駅から中心街の駅まで三駅ほど行き、その駅で快速列車に乗り換えれば水族館の最寄り駅まで一本で行けてしまう。時間にして一時間ほどで水族館の最寄り駅につくとそこから少し歩けば水族館だ。

小さい頃魚が好きでよく連れて行ってもらってたなぁ。そういえばこいつとも……。

券売機であの時とは違う大人料金を払い二人で入場した。ゴールデンウイークとあって来館者は家族連れが多い印象だがなかにはカップルの姿も見られた。まあ、水族館だしデートの定番だろうしな。そんな感じでいつもの癖で人間観察をしていると隣のよもぎがなにやら機嫌が悪そうな眼付きでこちらを睨んでいた。


「よもぎという人がいながらよそ見とはいい度胸じゃん?」

「す、すみません……」


 そういえば俺たちだって今日はデートという名目で来ている。デート慣れしていない俺がそれを完璧にこなすなど無理な話ではあるが流石に今のは失礼すぎたかもしれない。なにか埋め合わせにデートっぽいことをしなければ……。

 考えに考えた挙句、俺は無心でよもぎの手を握っていた。俗にいう恋人つなぎではないが、今の俺にはこれが精いっぱいだ。

 手をつながれたよもぎは一瞬驚きと困惑が混じったような表情を見せたが、すぐにうつむいてしまう。少し強引すぎただろうか、さらに怒らせてしまっただろうかと焦る俺だったが俺は信じることにした。つないだ左手を強く握り返してくる彼女の右手の感覚を。


 そこからは特に何も考えず二人で水族館を楽しんだ。時々繰り出される俺の魚豆知識に若干引き気味だったよもぎもそれすらも思い出にしようと精いっぱいの笑顔を振りまいていた。

そしてこの水族館の中心部分にある巨大水槽の前で休憩をとることにした。水槽の端の方にはベンチが備え付けられており水槽を眺めながら休憩できるようになっている。目の前の巨大水槽ではマンタがまるで空を滑空するように悠々と泳ぎ、それとは対照的にのっそりと泳ぐタマカイにはほかの魚にはない貫禄のようなものを感じる。水槽上部ではイワシが大群を作って泳ぎ回っていた。

このまま今日のデートが終わればきっと楽しい思い出になるだろう。俺も自分を褒められるくらいには彼女を楽しませることができたと思う。その証拠に彼女はこんなに笑顔で俺の横に座っている。悠々と泳ぐ水槽の魚たちを見つめている。この笑顔が嘘だなんて思いたくない。だけどそんな時間も終わる。終わらせなければいけない。誰でもない、俺の手で。


「なあ、よもぎ。いや、蓬音葉。もう気づいてるんだろ?俺が幼なじみの名鳥俊介だって」

「な、なんのこと~?いきなりどうしたのさー」

「すぐにわかったよ。あの時と変わらない丸文字で書かれた文章を見て」

「……っ」


 そう、彼女は、人気アイドルの比良坂よもぎの正体は俺の幼なじみの蓬音葉なのだ。


「なんだ、そんなに前から気づかれてたんだ。私バカみたいじゃん」

「一人称はよもぎじゃなくていいのか?」

「それはアイドルの比良坂よもぎ。シュンだってわかってるでしょ?」


 この懐かしい呼び方もあの頃の音葉のままだ。俺たちが離れ離れになる前のあの頃の……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラスメイトに魔女がいる俺の高校生活 洞幹也 @uromikiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る