第9話 大ピンチ……でもありませんでした!

「イレーヌ。私からマナを取り上げないでくれ」


 わざとらしく悲しそうな表情をしたアーヴァインの顔に、黒い刃物が突き刺さりました。

 同時にイレーヌの身体から煙があがります。


「ふっ、忍法変わり身の術……!」


 現れたのはヨウスケでした。クナイをバルログのように構えて、近くにいたリカルドにも投擲します。


 トトトッ、と軽い音を立ててクナイが刺さったリカルドは、そのままどさりと倒れました。


「痺れ毒を塗っておる。吸血鬼だから致命傷にはならんだろうが、無理に動こうとすれば障害が残るぞ」

「ぐっ、貴様……何が目的だ……!」

「拙者の経営するニンジャランドの経営が苦しくてな。仕方なしに潜入任務を引き受けたが、同郷の少女が捕まっているのであれば任務放棄もやむなし。救出を優先させてもらう」


 ヨウスケが魔術をがばがばにしたのはわざとだったのです。

 逃げたふりをして魔術で変装、イレーヌの姿でまんまとここまで移動してきたのでした。

 ヨウスケはマナの身柄を確保しようとしましたが、マナ倒れ込んでぴくりとも動かないアーヴァインにくぎ付けになっていました。

 真っ青な顔で震える彼女は、ヨウスケが手を伸ばしてきたことで咄嗟に振り払ってしまいます。


「な、なんてことをするんですか! 人殺し!」

「この程度では死なぬし、本来ならば殺さねばならぬ相手だ」

「……だ、誰の差し金、だ……!」

「雇い主は明かせぬが、ニコニコ一括払いで200万ドルとだけ言っておこう」


 ヨウスケは両手を合わせて印を結びました。


「ではさらば——ニンニンっ」


 バチンッ!!!!!


 ビンタのような音がして、ヨウスケの魔術が崩壊しました。

 今まで苦しそうにうめいていたリカルドが平然と立ち上がり、服の埃を払います。すでに傷もケガもまったくありませんでした。


「まぁさすがに雇い主までは無理か。おい、アーヴァイン、いつまで寝ている」

「いやー、マナが私を心配してくれたのが嬉しくて」

「なっ!? 妖物ようぶつ相手の痺れ毒だぞ!?」

「ふん。何千年生きていると思っているんだ。ほぼすべての毒への耐性を獲得済みだ」

「真祖って、わりとでたらめな生き物なんだ。ごめんね」


 寒気がするような笑みを浮かべた二人を見てヨウスケが思わず後ずさりしましたが、マナに袖を掴まれました。


「……勤務初日で雇用主が死んだらどうなると思います?」

「ぬ? 何……?」

「賃金未払いの離職票すら出ない状況で新卒じゃなくなっちゃうとか悪夢じゃないですか……私はここでしっかり働いてキャリアアップしながら梨々花へのお年玉を稼ぐって心に誓ってるんです!」

「な、何の話をしている!? 放してくれ!」

「もう遅い」


 マナの手を振り払ったヨウスケですが、目にもとまらぬ速さで動いたリカルドにがっちり掴まれていました。


「知っているか? 吸血鬼の国は治外法権。自ら入ってきた者はヴァチカンですら口出しできないんだぞ」

「……知っている。潜入に失敗したらそのまま死ねと言われている」

「とりあえずマナに触った手を切り落とそうか」

「楽に死ねると思うなよ」


 さらっと恐ろしいことを言い始めた吸血鬼二人ですが、マナが待ったを掛けました。


「えと、志波さん、お金が必要なんですよね?」

「……うむ」

「依頼は潜入?」

「うむ。城内の地図や人員の配置を調査するのみ。某は暗殺任務は引き受けないことにしている」

「……たとえば、ですけど。良い感じのお金と引き換えに雇い主の情報を渡すとか」

「裏切れと申すか!?」

「いえ、リクルートです」


 きっぱりと言い切ったマナは、拳を握りしめました。


「確かに給与額は重要ですが、ブラックな企業の場合はなるべくすぐに転職することが大切です!」

「しかし、信頼が……」

「そうやってずぶずぶとブラック沼に入ってしまうと就活に使う体力や気力もなくなりますよ!」


 一昨日まで自分を棚に上げ、就活サイトや大学での講義で聞きかじった知識をそのまま吐き出していきます。


「身の安全も保障してくれないなんてブラックです! 使い潰して都合が悪くなればポイするだけの思考ですよ!」

「いや、それはその通りなんだが忍びの道は……」

「裁判になれば強力な弁護団と戦いながら就活しなければいけなくなるんですよ。そうなる前にリクルートです!」

「う、ううむ……?」


 勢いに押し切られそうになったヨウスケの背後で、リカルドが魔術を放ちました。

 と言っても攻撃などではなく、吸血鬼が種族的に得意とする【魅了チャーム】です。

 

「そうだな。向こうが200万ドルなら俺が400万ドル出してやろう」

「べ、べいドルで……?」

「もちろんだ」


 ぼんやりと思考にもやがかかったヨウスケは提示された金額の大きさに目を輝かせていました。


「某のニンジャランドが再建できる……!」

「必要なら我々の運営する会社からテコ入れをしてやろう。不自然でない程度に宣伝をしたり、ツテがあるコンサルタントを紹介してやっても良いぞ」

「コンサル……テコ入れ……!」

「だいたい400万ドルもあれば『その後の風評』は気にする必要もないだろう。裏家業からは足を洗い、真っ当に生きていけるぞ」

「真っ当な……忍……!」


 真っ当な忍が何なのかは理解できませんが、【魅了】の効果もあって前向きに受け取ってくれたようです。


「さて、それでは契約を詰めよう」


 ぼうっとしたヨウスケの首根っこを掴み、リカルドは退室しました。

 残されたのはアーヴァインとマナの二人です。


「さて、邪魔者もいなくなったことだし」

「えっ、あ、ひゃぁっ!」

「けがはない? 変なことされなかった?」


 現在進行形で雇用主が膝の上に乗せられているのが変なことの代表例ですが、アーヴァインは特に気づいた様子もありません。


「遠慮しないでなんでも話してごらん。ほら、何か気になることは?」

「わ、私は何で膝に抱えられているんでしょうか……?」

「ほら、怖い思いをした後は人肌恋しいだろう?」


 自然な流れで手を握るアーヴァインですが、吸血鬼なだけあって氷のような冷たさです。


「冷たいですよ?」

「いやぁ、怖かった」

「アーヴァイン様が人肌恋しい方ですか」


 飄々としたアーヴァインに抱きかかえられたマナですが、この後本物のイレーヌが現れるまで解放してもらえませんでした。

 それに前後して、正座姿の国王が目撃されたという噂が城内に静かに広がっていきました。


「えっ、正座?」

「はい。日本では古来から反省を示すときに正座をしますので」

「うーん…一応雇用主な訳だし、本人の安否をつぶさに確認していたってことじゃダメかな?」

「それが許されるなら世界中にセクハラが溢れることになります」

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就活してたら吸血鬼の晩御飯にされそうだったけど何故か侍女に就職していました。 吉武 止少 @yoshitake0777

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