第8話 侵入者、です……?

「君も日本人のようだな。それがしの名は志波ヨウスケ。由緒正しい甲賀の忍だ」

「あっ、はい。日向マナって言います」


 壺の中で忍んでいたのはいかにもな黒装束に身を包んだ30くらいの男性でした。袖なしの服はところどころにメッシュが入っており、ちょっとイタい雰囲気でしたが、忍者と言われれば納得してしまうから不思議です。


「えっと、何で忍者がここに……?」

「ちょっとした依頼で悪を懲らしめにな。済まぬが某のことを口に出せぬようしゅで縛らせていただく」


 再びパチリと衝撃が走り、マナの身体に魔術が走りました。


「某は忍だが、まじない師の才もあってな。人外のはびこる地への潜入任務にはうってつけとのことで雇われたのだ」

「はぁ」

「時に日向殿はどうしてここに? 若い身空で人生を悲観するのはいかがなものかと思うぞ」

「えっ? 別に悲観してませんよ!? お仕事できてうれしいです!」

「しかし終活しゅうかつといえば聞こえは良いが実際は死ぬ準備をするためのものだろう?」

「その終活じゃないです! 就職活動です!」

「すまん。吸血鬼たちの根城で働いていると聞いて、死を覚悟で奉公に来たのかと」

「しませんよっ!? 私はここでしっかり働いて梨々花にお年玉をあげるんです!」


 勢い込んでシスコンを炸裂させるマナに若干引き気味のヨウスケですが、さすがに吸血鬼たちの国で同郷の人間が働いているのは見逃せないらしく口を開きました。


「それは立派な目標だが、自らを危険に晒してまで身銭を稼がねばならぬこともあるまい。ネギを背負った鴨は可愛らしいかもしれぬが、気分次第で鍋になるものだぞ」

「そんなことしませんよ。アーヴァイン様はすごく優しくしてくれますし、イレーヌさんも素敵な上司です! リカルドさんだって……リカルドさんは……あー……うーん」


 マナの脳裏に割と酷いことを口走るリカルドの姿が思い浮かびました。


(よく考えたら私のこと夕飯にしようとしてた……よね?)


「ふむ。やはり不当な扱いを受けていたか。某の諜報任務が終わり次第助けてしんぜよう。それまでは耐え忍んでほしい」

「まぁちょっとアレな人ですけど別にそんな悪人って訳では——」

「うむ。命が懸かっていればなかなか相手のことを言いづらいのも当然……気にせぬから無理に何も言わずとも大丈夫だ」

「いや、だから——」

「むっ、そろそろ人狼が戻ってきそうな気配……必ず助ける故、待っておられよ」


 マナの反論をほぼまったく聞かずにヨウスケは自らの両手を合わせました。

 両の人差し指をピンと立てるとニンニンと呟きながら魔力を放出、白い煙をあげていなくなりました。


「いや、何なの……?」


 彼が入っていた壺を念入りに拭き上げました。


「ただいま戻りまし――……マナさん。どなたか、この部屋にいましたか?」

「えっと、――ッ」


 当然ですが、一生懸命仕事をすると心に決めていたマナは早速報告しようとしました。報告・連絡・相談ほうれんそうは社会人の基本なのです。

 しかしヨウスケについて言及しようとした途端、口が開かなくなってしまいます。


(あっ、これ志波さんが何か魔術的なのを使ったせい!?)


 不審げに眉を寄せたイレーヌに、何とか真実を伝えようと色々試したその結果。


「魔術を掛けられて喋れなくされました!」


 誰に、を言わなければ何が起こったか話せることに気づいてしまいました。マナが人間だからか、それともヨウスケの力量によるものか、ずいぶんとゆるゆるな縛りです。


「曲者、ですか」

「はい、壺の中に――ッがいました。――ッは魔術が使えるから誰かに雇われたらしいです。―――――――――――ッ、ごめんなさい。どこに行ったかは言えなそうです」


 言えないところを虫食いにしたまま無理やり情報を口にするマナ。しっかり情報を渡せているあたり、有能です。


「……とりあえず警備を呼びます。マナさんは私とともに玉座の間に。陛下かリカルド様に魔術を解いてもらいましょう」

「はい」

「すみません。人狼は体内の魔力量こそ多いものの放出が苦手で……」

「い、いえ! とんでもないです!」


 二人は急いで移動しました。途中、すれ違った侍女服の吸血鬼にイレーヌが指示を出したこともあり、城全体がにわかに騒がしくなります。


「侵入者か」

「はい。忍者……私の国に伝わるスパイみたいな人でした。悪人って感じはしませんでしたが」


 リカルドに魔術を解除してもらったマナが話し終えたところで、リカルドからするどい突っ込みが入ります。


「不法侵入してきて悪人じゃない、は通らんぞ」

「それはそうですけど……」

「後は警備に任せるし侵入者のことは良いよ。それよりマナが無事で良かった」


 アーヴァインが自らを霧にして再びマナをさらいます。膝の上にちょこんと乗せると、どこから持ってきたのかジャムが乗せられたクッキーを手に持っていました。


「怖かっただろう? 甘いものを食べると気持ちが落ち着くよ」

「あ、えっと」

「はい、あーん」

 

 どうしよう、と視線を向けたところでイレーヌが助け舟を出してくれました。アーヴァインの膝の上からマナを取り戻すと、庇うように前に出ました。

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