第7話 初勤務は緊張します!
お城についたマナはイレーヌの指示で支度をします。
お仕着せ、というにはあまりにも洗練されたデザインの侍女服に袖を通すと、自然とマナの気持ちも上向きになっていきました。
「……陛下の匂いをまとわれていますね。もしや、血液を?」
「あっ、いえ。私は稀血らしくて、吸血鬼の方に襲われないように、と」
「なるほど。大丈夫だとは思いますが陛下に無体を働かれたら私に仰ってくださいな」
「む、無体って……」
「人狼は鼻が利くんです。マナさんにそういう経験がないことくらいは分かりますから」
あっけらかんと言われて思わず赤面してしまいますが、確かに強制退職を避けるためにも雇用主からのアプローチには気を遣わざるを得ません。
(……イレーヌさんが素的過ぎる……!)
仕事の良し悪しは分かりませんが、マナとしては上司ガチャはSSRを引き当てた気分でした。
着替えを済ませたところで渡されたのは柔らかなクロスと手袋でした。
「しばらくは陛下の近くで勤務を、とのことでしたので、玉座の間にある調度品を拭いていただきたいのですが、あそこにあるのはかなり高価なものばかりです。半日ほど頂いて、まずは倉庫にあるもので練習しましょう」
「はいっ」
初勤務の開始です。
玉座の間でアーヴァインに業務を説明してから、城の外れにある倉庫へと赴きます。
大きな壺や布が掛けられた絵画、刀剣や骨とう品の類が並べられていて、倉庫というよりもちょっとした博物館のような場所でした。
保存のために何かを使っているのか、ハーブのような香りが倉庫の中に満ちています。
「ここにあるものならば壊しても笑い話で済みますので、存分に練習しましょう」
「はいっ」
アーヴァインやリカルドが別名義で作った品々なので実際は国宝級のものばかりでしたが、本人たちにとっては黒歴史なこともあってぞんざいな扱いでした。
そうとは知らないマナは自分がすっぽり入れてしまいそうな壺や謎の金属を拭き始めました。大きなものを拭くための踏み台も用意してもらったのでぴょこんと乗って上の方までしっかり綺麗にします。
いくつか拭いたところで額に汗が浮かびますが、笑顔でした。
(働くのって、楽しい……!)
実際には働くのが楽しいというよりも就活に失敗し続けた虚無な時間が苦痛過ぎただけなのですが、本人はしっかり楽しんでいました。
「なかなか丁寧ですね。小一時間も練習すれば、玉座の間のものでも問題はなさそうです」
「ありがとうございますっ!」
「ふむ。人間は汗を掻くと脱水を起こすんでしたね。飲み物と軽食を持ってきます」
イレーヌが部屋を出ましたが、マナは一切手を抜くことなく調度品を拭き上げていきます。特にマナが好きなのは金属と壺です。どちらもしっかり磨くとピカピカになるので気分爽快でした。
「さて、次は……っと」
踏み台を使って新しい壺の上部に手を掛けたところでバチ、と静電気みたいな衝撃が走りました。壺からにょっきりと生えた腕がマナの手首を掴んでいます。
「ッ!?」
思わず悲鳴を上げようとしたマナでしたが、何故か声が出ません。
「静かに。俺は人間だから安心しろ」
壺から生えた腕はバチバチと魔力の光を散らしながらも、自らが人間だと主張しました。
「この城に人間がいるとは思わなかった……吸血鬼信奉者ですら城の中には入れないはずだが、」
「い、いえ。就活に成功したんです」
「……はぁ?」
壺から生えた腕は、自分のことを棚に上げて、理解できないと言いたげな声を上げました。
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