後編

 道中のコンビニでストローで飲むタイプの紙パックの酒を買い、チューチュー吸いながら向かう。シラフで行けるかよ。


『今から会える?』


 アイツは、彼女の有未ゆうみが俺になんて送ってきたかも知らないんだろう。有未がウサギのぬいぐるみみたいなのが手を合わせて『ごめんね』と平謝りするスタンプを送ってきた直後で、そばにいるのに『今から会える?』なんて送ってくるか普通。知ってて煽ってきてんのか? 腹立つなそれ。知ってたとしても知らないんだとしても、旧友の彼女と会っている時に旧友へ『今から会える?』って、常識的に考えて送らなくないか。


「あっ」


 あっ、じゃねーわ。有未がカップをうっかり倒して、俺は紙パックをくしゃっと握りつぶした。開戦の合図だ。舞台はスタバのテラス席。


 だが、役者が足りない。


いちじくはどこ行ったよ?」


 九。漢数字の九の一文字でいちじく。珍しすぎて一度聞いたら「今なんて?」と聞き返す苗字。俺は赤城あかぎで、アイツが九。高校一年生の春。同じクラスで、俺が一個前の席。アイツから話しかけてきたのが、仲良くなったきっかけ。んまあ、学校での友だちの作り方なんてこんなもんでしょ。席が前後左右パターンか、部活が一緒パターンか。


「トイレ行った……」


 逃げやがった。


 動揺しながらもカップを元通りに戻す。中身、入ってなくてよかったな。せっかくしてんのに、お洋服おべべが台無しになるところだったじゃんね。初めて見る服のような気がして、余計にイライラする。俺より九のほうがイイんだ。へえーーーーーーーーーーー?


「なんで二人で会ってんの?」


 初デートの時に買って、それ以降デートのたびに付けてくるブレスレットは付けていない。そういうところは律儀って言うかなんていうか。口では「やば! かわいい!」って言ってたけど、本心では気に入ってなかった? だから普段は付けてなくて、俺と会う時だけ付けてたみたいな、そういう系?


「なんで、って、ってか、なんでここに来たのよ!?」


 九に呼び出されたからだよ!!!!!!!!!!!!

 っていうか、アイツまた思いつきで行動しやがったな!?


「そんな、デートみたいな格好してさ? どういうつもり?」


 有未はあからさまに目線を外して、それから、。唇が「な、な……?」と小刻みに震えている。なんだそのバケモンを見つけたような顔はよ?


「よっ! レッド!」


 彼女の視線の先のほうから、声をかけられた。俺の背後から、俺を懐かしいあだ名で呼ぶ男。――んまあ、懐かしいったって、高校卒業してからまだ一年経ったぐらいか。ほぼ毎日のように聞いていた声でも、時間が経って疎遠になる、にという要素が加わると、懐かしさよりも憎さがじわじわと迫り上がってくる。


「九、てめえ!」


 振り向きざま、紙パックを握りしめた右拳で九の頭をぶん殴ってやろうとして、右足で踏み込む。勢い任せに振り返ったら、九とのほうを攻撃してしまいそうになった。


「きゃっ!?」


 女性がとっさの判断でしゃがみ込んでくれたおかげで、暴力沙汰は未遂に終わる。あぶねえ!


「ご、ごめんなさいっ!」


 酔っているからは理由にならない。もしこの女性が反射的にしゃがんでくれていなかったら。さーっと血の気が引くのを感じながら、俺は謝った。……なんで謝ってんだ俺? 俺は、彼女である有未からメッセージを受け取って、有未は俺の高校時代の友だちの九と二人っきりでデートしていて、なんでか知らんがデート相手である九に呼び出されて、九は、見知らぬ女性と手を繋いで現れて?


「え、あ、あの、あの」


 頭を下げる俺の後ろで、声を上擦らせている有未。有未も動揺している。


「……きゅうくん? どういうことかな?」


 んでもって九とともに現れた女性はしゃがみ状態から復帰して、九の胸ぐらに掴み掛かった。多分この人がこの場でいちばん年上だと思う。ほぼ一瞬しか顔を見てはいないが。声色には怒りの感情がのっていて、俺は頭をもう一段階深く下げた。俺に対してじゃなさそうだけど。


陽葵ひまり。まず、オレとレッドは高校時代の友だちです」


 九は、女性を「まあまあ落ち着いて」と宥めるような手振りを交えつつ、穏やかな口調で説明し始めた。陽葵さんという名前らしい。


「有未チャンは、オレにって、連絡してきました」

「そうなの!?」


 この「そうなの!?」は俺の声だ。つい大声が出てしまった。


「だって! 『友だちにおもしれー男がいた』って、よく話してくれたじゃない! だから、その、会ってみたくなってぇ」


 だんだんと勢いが削がれていく有未の弁明。おそらくは、陽葵さんが隙あらば刺しかねないような目で見ていたからだ。


「レッドとはしばらく連絡取れてなかったし、オレもレッドの近況を知りたかったんだよ。今日こうして会ったんだけど、……なんか、誤解があったみたいで、それならと思ってさあ」


 そういう発想に至るんだ。常人とちょっと(だいぶ)ズレているところは、相変わらずっぽい。オマエはそういうやつだよな。うんうん。今は関西弁やめたんだ。イイと思う。それに、天パな金髪にアロハシャツ、似合ってるよ。もう二度とちんちんにチョコかけようとすんなよ。しないだろうけど。


「そ、そそ、そうなんだぁ、あは、あはは……」


 曖昧な笑みを浮かべながら、有未は俺の腕に絡まってきた。ここからでもよりを戻せるとイイなあ。ははは……。戻れる気がしねえなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハイリスク、ノーリターン 秋乃晃 @EM_Akino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ