後編
道中のコンビニでストローで飲むタイプの紙パックの酒を買い、チューチュー吸いながら向かう。シラフで行けるかよ。
『今から会える?』
アイツは、彼女の
「あっ」
あっ、じゃねーわ。有未がカップをうっかり倒して、俺は紙パックをくしゃっと握りつぶした。開戦の合図だ。舞台はスタバのテラス席。
だが、役者が足りない。
「
九。漢数字の九の一文字でいちじく。珍しすぎて一度聞いたら「今なんて?」と聞き返す苗字。俺は
「トイレ行った……」
逃げやがった。
動揺しながらもカップを元通りに戻す。中身、入ってなくてよかったな。せっかくおめかししてんのに、
「なんで二人で会ってんの?」
初デートの時に買って、それ以降デートのたびに付けてくるブレスレットは付けていない。そういうところは律儀って言うかなんていうか。口では「やば! かわいい!」って言ってたけど、本心では気に入ってなかった? だから普段は付けてなくて、俺と会う時だけ付けてたみたいな、そういう系?
「なんで、って、ってか、なんでここに来たのよ!?」
九に呼び出されたからだよ!!!!!!!!!!!!
っていうか、
「そんな、デートみたいな格好してさ? どういうつもり?」
有未はあからさまに目線を外して、それから、硬直した。唇が「な、な……?」と小刻みに震えている。なんだそのバケモンを見つけたような顔はよ?
「よっ! レッド!」
彼女の視線の先のほうから、声をかけられた。俺の背後から、俺を懐かしいあだ名で呼ぶ男。――んまあ、懐かしいったって、高校卒業してからまだ一年経ったぐらいか。ほぼ毎日のように聞いていた声でも、時間が経って疎遠になる、に俺の彼女を奪いやがったクソ野郎という要素が加わると、懐かしさよりも憎さがじわじわと迫り上がってくる。
「九、てめえ!」
振り向きざま、紙パックを握りしめた右拳で九の頭をぶん殴ってやろうとして、右足で踏み込む。勢い任せに振り返ったら、九と手を繋いでいる女性のほうを攻撃してしまいそうになった。
「きゃっ!?」
女性がとっさの判断でしゃがみ込んでくれたおかげで、暴力沙汰は未遂に終わる。あぶねえ!
「ご、ごめんなさいっ!」
酔っているからは理由にならない。もしこの女性が反射的にしゃがんでくれていなかったら。さーっと血の気が引くのを感じながら、俺は謝った。……なんで謝ってんだ俺? 俺は、彼女である有未からメッセージを受け取って、有未は俺の高校時代の友だちの九と二人っきりでデートしていて、なんでか知らんがデート相手である九に呼び出されて、九は、見知らぬ女性と手を繋いで現れて?
「え、あ、あの、あの」
頭を下げる俺の後ろで、声を上擦らせている有未。有未も動揺している。
「……
んでもって九とともに現れた女性はしゃがみ状態から復帰して、九の胸ぐらに掴み掛かった。多分この人がこの場でいちばん年上だと思う。ほぼ一瞬しか顔を見てはいないが。声色には怒りの感情がのっていて、俺は頭をもう一段階深く下げた。俺に対してじゃなさそうだけど。
「
九は、女性を「まあまあ落ち着いて」と宥めるような手振りを交えつつ、穏やかな口調で説明し始めた。陽葵さんという名前らしい。
「有未チャンは、オレに興味があるって、連絡してきました」
「そうなの!?」
この「そうなの!?」は俺の声だ。つい大声が出てしまった。
「だって! 『友だちにおもしれー男がいた』って、よく話してくれたじゃない! だから、その、会ってみたくなってぇ」
だんだんと勢いが削がれていく有未の弁明。おそらくは、陽葵さんが隙あらば刺しかねないような目で見ていたからだ。
「レッドとはしばらく連絡取れてなかったし、オレもレッドの近況を知りたかったんだよ。今日こうして会ったんだけど、……なんか、誤解があったみたいで、それならレッドとオレのパートナーを呼んでダブルデートしちゃえばよくないかと思ってさあ」
そういう発想に至るんだ。常人とちょっと(だいぶ)ズレているところは、相変わらずっぽい。オマエはそういうやつだよな。うんうん。今は関西弁やめたんだ。イイと思う。それに、天パな金髪にアロハシャツ、似合ってるよ。もう二度とちんちんにチョコかけようとすんなよ。しないだろうけど。
「そ、そそ、そうなんだぁ、あは、あはは……」
曖昧な笑みを浮かべながら、有未は俺の腕に絡まってきた。ここからでもよりを戻せるとイイなあ。ははは……。戻れる気がしねえなあ。
ハイリスク、ノーリターン 秋乃晃 @EM_Akino
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます