よわいスライムでごめんなさい

舟渡あさひ

あの子の話

 ぼくの一日は、朝ごはんを作って、勇者様を起こすところから始まる。


「勇者様〜! あさですよ〜!」

「ふあい」


 気の抜けた顔でのそのそと起きてくる勇者様。勇者様の一日は過酷なのだ。朝からしっかりエネルギーをとらないと。


「どうぞ! お召し上がりください!」

「おいひい」


 勇者様が朝ごはんを食べている間に、ぼくは準備を整える。剣とか、道具袋とか、すぐに持っていけるようにするんだ。


 ご飯を食べ終わって着替えを済ませた勇者様にそれらを持たせたら、玄関まで出てお見送り。


「いってらっしゃいませ! 勇者様!」

「いってきます」


 ぶんぶんと手を振るぼくに控えめに手を振り返して、勇者様は出掛けていく。その姿を見送って家に戻ると、ちょうど魔力がなくなる。


 ふわふわの赤毛が特徴の村娘の身体が崩れて、本来の姿へ。


 ぼくはスライム。最弱の魔物。



❢❢❢



 勇者様のお家の裏手にある井戸に飛び込む。すると、僕の身体が井戸水に混ざり合って、ちかすいみゃく? に溶け合って、そのまま走ること一時間くらい。


 ひゅぽんっ。


 飛び出した場所は、魔王城。中庭の菜園そばの井戸。畑には今日も魔力が沢山溜まっている。それを吸い上げるのは、ぼくの仕事。


 ちゅ〜っ。


 ぷは。これでいいかな。魔王様にも報告していかないと。


 魔王様は、お城の外の別の畑にいた。魔王様〜!


「おおスライム。勇者の弱点は掴めたか?」


 勇者様は、今日も嫌そうにしながらもピーマンを全部食べれたよ!


「そうかそうか。お前は本当に役に立たないなあ」


 魔王様はニコニコ笑いながら、ぼくを褒めて、なでてくれる。それは馬鹿にされているんだ、と他のモンスターには言われるけど、争いの役に立たないのはぼくの優しさの証明だって、魔王様は言ってくれた。だから、いいんだ。


 それに、ぼくが魔力を吸うから、中庭で美味しい野菜が育てられるんだって、魔王様が言ってた。


 魔王様たちみたいな強いモンスターが住み着いた場所には、魔力がどんどん溜まっていってしまうんだって。それが多すぎると、ポーションとか魔道具のとかの材料を作るにはいいけど、美味しい食べ物を作るには邪魔になってしまうらしい。


 だから、ぼくが中庭の畑の魔力を吸って減らしてあげてるんだ。今いるところはポーションの材料を作る畑だから、ここの魔力は吸っちゃだめ。ぼくは言われたことはちゃんと守るスライム。絶対に吸わないよ。


 ここは、大事な畑。前の魔王様と前の勇者様が喧嘩したせいで、れいせん状態? というのになってしまったのを、なんとかして仲直りするための畑なんだって。こうえき? をするって言ってた。


「勇者とは仲良くしているか?」


 うん! 僕のお陰で毎日頑張れるって言ってくれるよ!


「そうか。お前は、私達の希望だな」


 魔王様の目は、勇者様と同じくらい優しい。難しい顔して、難しい話をして、皆の王様でいなきゃいけない魔王様より、畑を耕して、ぼくを優しく撫でてくれる魔王様が好き。


 魔王様は綺麗な女の人なんだから、ずっとそうしていればいいのにと思うけど、立場があるから、駄目なんだって。


 ぼくは魔王様に助けてもらったから、魔王様にも幸せになって欲しい。いつか魔王様も、自分の好きに生きられるようになったらいいなあ。



❢❢❢



 ぼくが生まれたのは、辺境の村の、すぐ近く。そこである女の子と仲良くなった。


「勇者のくせにモンスターにも優しいなんて変! 気持ち悪い! なんて私、酷いこと言っちゃった。あなたと仲良くなれたら、あの子とも仲直り、出来るかなあ」


 ふわふわの赤毛の女の子はぼくに、そう言った。だからぼくは、よく分からなかったけど、仲良くなろうと思ったんだ。


 でもその時、もう戦争はしてなかったらしいんだけど、やっぱりモンスターは嫌われていて、ぼくみたいな弱っちいモンスターはいい標的だった。


 村の子どもたちの間で、スライムを壁に叩きつけたり、高いところから落とす遊びが流行ったんだ。


 ぼくも捕まってしまって、ああもうおしまいだ、って思った時、あの子が助けてくれた。


 そして、助けてくれたその子が、ぼくの代わりに落ちて死んじゃった。


 私にもできた。

 褒めてくれるかな。


 あの子は最期に、そんなことを言っていたっけ。


 ぼくはそれを、どうしても勇者様に伝えてあげたくて、魔王様のところに行ったんだ。会ったこともない、ぼくらの王様。魔王様なら、いい方法がわかるかも、って。


 その時は、ちかすいみゃくを移動する方法を知らなくて、行くのにすごい時間をかけちゃったなあ。


 ようやく会えた魔王様は、思っていたより、ずっと優しい人だった。


 ぼくよりスライムぼくらのことに詳しくて、水に混ざって、繋がっている場所にすごい速さで移動できることとか、身体に水を溜めて、そこに外から魔力を注ぐと、その水が身体の一部になって大きく強くなれることとか、いろんなことを教えてくれた。


 そして、〝擬態の指輪〟をプレゼントしてくれた。


 〝擬態の指輪〟は、イメージした姿に変身できる魔道具なんだって。それで人間の姿になれば勇者様とお話できるかも、って教えてもらって、ぼくはそれだ! って思ったんだ。


 ぼくは早速ちかすいみゃくを走り回って、勇者様を探して、あの子の姿で会いに行った。


 喜んでくれると思ったんだけどなあ。勇者様はぼくを見つけると、ボロボロ泣いた。ぼくを抱きしめて、たくさん泣いた。


 あの子じゃないのは、バレちゃってたみたい。そうだよね。だって、死んじゃったんだもの。


 ケンカ別れしたまま死んじゃった幼なじみにそっくりなんだって、勇者様は謝りながら、ぼくに言った。


 だからぼくは、勇者様に言ったんだ。

 身の回りのお世話をさせてください、って。


 それからぼくらは、一緒に暮らしている。勇者様が人間とモンスターの間に立ってたくさん働いている間、ぼくは魔王城の畑から一日分、変身をするための魔力をもらう。


 それから、勇者様が帰るまでには戻って、掃除とか洗濯とか、お家のことをする。


 そんな風に、一年くらい過ごしたかな。




 ねえ、勇者様。


 嘘ついて、ごめんなさい。


 よわいスライムでごめんなさい。


 あの子を死なせてしまって、ごめんなさい。


 ぼくはあなたの敵だから。


 斬られてしまうと思うけど。


 ぼくはあの子の仇だから。


 殺されてしまうと、思うんだけど。


 それでももしも、本当の姿で、あなたとお話できたなら。


 あの子の話を、しませんか?

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よわいスライムでごめんなさい 舟渡あさひ @funado_sunshine

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