迷惑な柿の木
遠藤
第1話
ちいちゃんは、秋になるといつも嫌な気分になりました。
それは、いつも通る道に大きな柿の木があって、道路に落ちた実が腐り嫌な臭いがするからです。
時々ゴキブリもいて、怖くてしかたがありませんでした。
ちいちゃんはそこを通る時、鼻をつまんで走って通り抜けました。
あるとき、近所のおばさん達が道路で話をしていました。
「ほんとうに臭くてまいっちゃうわ」
「どうにかならないのかしら」
「食べないなら切ればいいのに」
聞こえてくる声に、ちいちゃんもうなずきました。
(ほんとうに切っちゃえばいいのに。臭くて大嫌い!)
その夜ちいちゃんは夢を見ました。
なんとあの柿の木が出てきました。
夢の中のちいちゃんは、柿の木に話しかけました。
「もう臭くて臭くて嫌いだから実を落とさないで!」
柿の木は悲しい声で言いました。
「そうは言ってもねえ。生きていたら、実をつけるのは私たちの役目だからねえ。実を付けたら、熟れて落ちるからねえ」
ちいちゃんは言いました。
「誰も食べないから、実をつける必要ないじゃない」
柿の木は、少し困ったように言いました。
「でも、鳥とか虫とかみんな、美味しい美味しいって、言ってくれるのだけどねえ。あと、私を植えてくれた人もねえ・・・」
柿の木は、寂しげな感じで話を続けました。
「私が若い頃は、良く実を取ってくれて、今年も美味しいねえって褒めてくれて。通りかかる人たちも、笑顔で見上げてくれて、良い柿の木ですねって言ってくれてねえ。今は嫌な顔しか見なくなって、寂しいねえ」
ちいちゃんは言いました。
「どうして誰も実を取らないの?」
柿の木は言いました。
「みんな居なくなって、おばあさんが一人でいたんだけど、病気になってどこかに行ってしまったの。でも、もう年だから戻ってきても、実は取れないかもしれないねえ」
ちいちゃんが黙っていると、柿の木はため息をついて言いました。
「長生きはするもんじゃないねえ。ただ命ある限りと毎日生きてきたけど、こんなに嫌われてしまうとはねえ。おかしいねえ、こんなに嫌われるなら長生きしたくないねえ」
そこで夢は終わりました。
ちいちゃんは夢から醒めると、変な夢だったなと思い、いつまでも忘れる事ができませんでした。
そんなある日、柿の木の前までくると家を壊す工事をしていてました。
柿の木は全ての枝が切られていました。
工事を見ているおばさん達が言いました。
「おばあさん亡くなったからって、何も壊す事はなかったのに」
「だって誰も帰ってこないんじゃそのままって訳にもいかないでしょ。柿の木だって迷惑だったし」
「そりゃそうだけど、亡くなったら即壊しって。なんだか亡くなるのを待ってたようでなんだかねえ。ところで、やっぱり売れないのかしら」
「そりゃそうよ、こんな田舎の家、誰も買わないわよ。それより放置されなくて良かったわ。虫が酷かったからやっと安心できるわ」
ちいちゃんは思いました。
おばあさんも、柿の木も、当たり前に生きていただけで、何も間違ってはいないよねって。
最後まで愛されて終わってもいいよねって。
自分もいつかおばあさんになって、それだけで嫌われるのは嫌だから。
どうすればいいかすぐには分からないけど、複雑に絡まったあやとりの糸を解くように、ゆっくりと一つ一つ諦めないでいこうと心に誓ったのでした。
迷惑な柿の木 遠藤 @endoTomorrow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます