第19話

☆☆☆


ジャリジャリと石を踏む音が聞こえる。



あたりはとても静かで本当にこの町にはお正月がないのだなと感じて、少し寂しくなった。



「これで、お別れです」



前を歩いていた稲荷が立ち止まった。



良介も同じように立ち止まり、小さな鳥居を見つめる。



「こんな鳥居、最上稲荷にあったっけ?」



「これは特別な鳥居です。神の使いが使う道とでも行っておきましょう」



こんなに便利な道があったなんて、知らなかったな。



「じゃあ、そろそろ行くよ」



事件はすべて解決した。



あまり長居していると帰り辛くなってしまう。



「本当に、ありがとうございました」



稲荷が深々と頭を下げる。



なんだか恥ずかしい気分になりながら、良介は鳥居の前に立った。



ここをくぐればもとの世界だ。



こっちの世界に来ることは、もうきっとないだろう。



直感的にそう感じていた。



この鳥居は神の使いの道。



今回はそれを偶然使わせてもらうことになっただけだ。



「じゃあね!」



涙を押し込めて元気良く言ったそのときだった。



稲荷の後ろにキツネたちが集まってきていた。



キツネたちは手にお稲荷さんを持っていたり、杯を持ったりしながら「またなぁ!」



「いつでも帰っておいでぇ!」など、思い思いの声をかけてくる。



良介は一度大きく目を見開き、そして満面の笑みを浮かべた。



見ると、稲荷も笑っている。



「みんなありがとう! 楽しかったよ!」



良介は大きく手を振って、そして小さな鳥居をくぐりぬけたのだった。


☆☆☆


鳥居をくぐった瞬間、そのは喧騒に包まれていた。



着物を着た女性に男性。



あちこちから聞こえてくるお正月の挨拶。



しばらく呆然として立ち尽くしていると、2人分の足音が近づいてきて良介は視線を向けた。



走ってくるのは英也と大輝の2人だ。



2人とも顔を赤くして息を切らしている。



「良介! お前どこ行ってたんだよ!」



「え?」



「仁王像の前にいなきゃわかんねぇだろ!」



交互にバシバシと肩を叩かれて、良介は顔をしかめた。



「あ、えっと。2人とも、今日は何月何日?」



とにかく日付を把握するために質問すると、2人は同時に顔を見合わせ、そして心配そうな表情を浮かべた。



「お前、本当に大丈夫か?」



「1月1日に決まってんだろ?」



1月1日……。



同じ場所、同じ時間に戻ってきたのか。



ふと鳥居があった場所を振り返ってみると、そこにはすでになにもなかった。



もしくは、今の良介には見る必要がなくなってしまったのかもしれない。



「とにかく行こうぜ。おみくじ引きたいしさ」



「だなぁ。あ、良介靴紐ほどけてるぞ?」



大輝に指摘されて、良介は自分の足元を見た。



あの時見たのと同じ状態だ。



この状態で人並みをかきわけ、転ばずに走ったなんてありえない。



でも、ありえたんだ。



あれは現実だった。



良介は稲荷たちとの出来事を思い出し、クスッと笑ったのだった。




END

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稲荷寺のパラレル少女 西羽咲 花月 @katsuki03

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