第28話 生殖器沈静魔法

「じゃあな、フィーグ・ラン・スロートっ!」


 ペイルが巨大な魔力弾を放つ。これは――間違いない。

 直撃したら、俺は死ぬ。


 そう――直撃したら!

 俺は思い出し、手に力を籠める。心を鎮め、そして――繋げる!




「悪役令嬢の力って、昔と随分と変わってしまっているね」


 いや、歪んでいると言った方がいい。ユーリはそう言った。


「歪んで……?」

「エンゲージシステムとも呼ばれたそれは、本来はパートナー二人を結び付け、心と力を共有させるものなんだよ。

 片方から一方的に魔力を搾取する者じゃなく、ね。こう……」


 ユーリは指を立て、円の軌跡を描く。


「魂約者から魔力を吸収するでしょ。そしてその魔力を、今度は悪役令嬢が魂約者に渡す。そうやって魔力を循環することで、魔力をどんどん強化していくんだよ、粒子加速器みたいに」


 そのリューシカソクキというのが何なのかはわからないけど、言いたい事はだいたいわかった。


「力の共有と増幅……か。本来のそれはすごいものなんだな」

「うん。今じゃただの不効率極まりない搾取システムになっちゃってるけどね」




 ユーリとの会話――思い出す。

 そう、心と力の共有!


「はあああああっ!」


 俺は叫びをあげ、手元に生まれたそれを振るう。


「な……なにいっ!?」


 俺が創り出したそれは、ペイルの放った魔弾を吹き飛ばした。

 それを見たペイルが狼狽える。


「光の……剣!? バカな、それはお前の悪役令嬢のスキルのはず! なぜお前が使える! それにその膨大な魔力……!」


 俺は光の剣をぺイルに突きつけて言う。


「これが俺のスキル――【魂約者からの奪取テイカー・オブ・フィアンセ】だ」

「【魂約者からの奪取】――だと!?」

「そう、魂約した女からスキルや魔力を奪い自分のものにする、俺だけのスキルだ」

「そんなものが……!」


 もろちん、全く嘘である。


 フカシ、ハッタリ、デマだ。

 ここで自慢げにこの力の正体をドヤるようなことはしない。何故なら、情報が漏れるのを防ぐためだ。

 別段こいつを殺害するつもりはない以上、ここで喋ると情報が漏れてしまうのは確実だ。ボコボコにして口留めしたとしても、今この瞬間に念話魔法や念話のアーティファクトで漏れている可能性もある。


 なので、ここは堂々と嘘をつかせてもらう!


『フィーグ君!』


 噂をすれば影とはこのことか、ユーリから念話が届く。これもユーリいわく、忘れられたエンゲージシステムの基本機能だ。


『そっちはどうだ?』

『うん、流石に強い! でもフェンリちゃんも耐えてて、時々隙がある、そこにエンゲージブレイクを叩き込んだんだけど……』

『利かなかった?』

『うん、もうひとつ別の契約が阻害してうまく効かなかった! おそらく……』

『隷属の首輪、か』


 だとすると、こちらから隷属の首輪の呪縛を解く必要がある。

 だが……。


『おそらくそっちからやっても同じように……』

『だろうな』


 ユーリの推測は正しいだろう。

 なら……。


『試してみるか?』

『うん!』


 わざわざ言葉にするまでもない。今、俺とユーリの心は一つ、以心伝心だ。




「はあ、はあ、はあ……っ」


 フェンリちゃんが肩で息をする。

 隷属の首輪の縛鎖に必死に抗っている証拠だ。正直、すごい。


「惜しいなあ、こんな形で決着つけるなんて」


 ボクは言う。彼女とはやはり、正々堂々の全力で決着をつけたい。

 こんな戦いは――楽しくない。


「……っ」


 フェンリちゃんが、少しだけ笑う。やっぱりそうだ、剣と拳を重ねたから解る。思いは……同じだ。


 だから。


「だから、開放してあげる。ボクの、ボクたちの力で!」


 ちゃんと戦い、競い合いたいから。

 これはフィーグ君には絶対に言えない事だから、口に出さないけど――


 同じ男の子を好きになった同士だから。


「はあああああああっ!」


 ボクは光の剣を手に、全力で飛ぶ。


「乾坤一擲! エンゲージブレイク!」


 剣の一撃は、フェンリちゃんの首輪を直撃し――




『乾坤一擲! エンゲージブレイク!』


 その響く声に合わせて。

 俺も光の剣を手に、全魔力をもって駆ける。


「うおおおおおおっ!」

「ひっ――」


 俺が使うのは、ユーリと同じ力。エンゲージブレイクだ。この力は悪役令嬢を魂約破棄させるのみの力というわけではない。契約破棄の力だ。

 すなわち、隷属の首輪の縛鎖もまた破壊し破棄する――!


「呪縛解放! ギアスブレイク!!」


 光の剣がペイルの鞭に直撃し、そして――砕く。


「ぐわあああああああああ――――――っ!!」


 ペイルが叫びをあげる。

 隷属の鞭が砕け、魔力が解放され、爆散した。


 ――手ごたえありだ。


「が……はっ」


 ペイルが倒れる。しかしまだ意識は残っているようだ。


「な、なんだ……これは、この力は……

 フィーグ・ラン・スロート……お前は、いったい何者だ……」


 何者だと言われてもな。

 そうだな……。


「フィーグ・ラン・スロート。いずれ男爵となる男だ」


 その言葉にペイルは、


「馬鹿な……そんな理想を持ちながら、何故……」


 何故も何も。


「俺はお前とは違う。ただ両親に、自分自身に誇れる生き方をしたいだけだ」


 道を踏み外してしまえば、俺は俺が最も嫌う、醜い女どもと同じになってしまうから。


「……ッ」


 ペイルはギリ、と歯を噛みしめ――


「くそっ、クソクソクソクソ! 誰か僕を助けろ、そうすりゃ金をくれてやる、だから助けろメイドども! 助けろ、フェンリィィイイイイッッ!!」


 叫んだ。断末魔のような懇願を。


 そしてそれに答えたのは――



「――フェンリ?」


 傷だらけの身体を引きずって現れた、全裸の少女。

 ドレスを破壊され悪役令嬢の力を失い満身創痍でなお――力強く立つ、銀狼の少女だった。


「は、ははは、はは――そうだそれでいい、それでこそボクの妹だ、さあ、こいつを――」


 しかし。ペイルの言葉は最後まで続かなかった。


 走ってきたフェンリの全力の蹴りが、ペイルの顔面に突き刺さる。


 そしてそのまま――フェンリは全力でその足を蹴り抜く。

 ペイルはそのまま盛大に飛び、壁に叩きつけられた。


「が――っ!」


 壁に巨大なクレーターを穿ち、そしてそのまま落ちる。

 ――あれ死んでないか?


「ぎ……が、ごっ……」


 どうやら生きている。

 そして見てみると、ペイルに魔力供給をしていた令嬢クリスタルが砕けていた。どうやら令嬢クリスタルの魔力による身体強化でなんとか無事……とは言えないが命は助かったようだ。

 ああ、普通に考えたらあれ、顔面が砕けるか首の骨が折れて死んでるわ。


「きっ………………もちいい~~~~~~~~っ、です!」


 そして蹴飛ばしたフェンリは、とてもすがすがしい笑顔をしていた。スッキリさわやか気分爽快といった感じである。

 よほど鬱憤が溜まっていたようだ。まあそれはそうだ。


「……むっ、生きてる。じゃあトドメを」

「待て待て待て、流石にそれは待とう!」


 俺は後ろからフェンリを止める。


「……む~、ご主人様が言うなら……まあ」

「それでいい、いくら何でも殺したらややこしくなるからな……って、ご主人様?」

「はいです!」


 フェンリは屈託のない笑顔で言う。


「フェンリたちを罠に嵌めてずるい手で勝ったけど、勝ちは勝ちでアレがフェンリの主でした、たった今までは。

 だけど、それを正々堂々文句なく勝ったので、お兄さんが新しいご主人様なのです! 力が全てなのです!」

「……」


 なんだその理屈。獣人族の風習か何かか?

 しかし俺はそういう、奴隷か何かを扱う趣味は無い。奴隷をコキ使うのはノブレスオブリージュに反すると思うからだ。

 ここは断固拒否するに限る。


「いいかフェンリ、俺は……」


 彼女の肩を掴み、正面から相対する。


 小柄な少女が全裸で、俺を上目遣いで見ている。その尻尾はせわしなく振れている。

 ……。


 なんだこの状況。

 いや、待て。ちょっと待てこれは駄目だ。

 俺はそもそも大多数の女に興味はない。女体は醜い肉塊だと思っているし、女の裸に興奮した事などユーリと出会うまで無かった。


 ましてや相手は獣人の子供である。俺はケモナーでもロリコンでもない。いや人間の女がクソだからとケモナーに走った知人もいるが、彼からしても人間に耳と尻尾が生えてるだけの獣人はケモナーから見て言語道断の論外だという。いやそういうことではなく。


 だがしかし、嗚呼――しかし。

 俺は今、この状況、このフェンリに対して確かに興奮していた。いや、しかけていた。


 不味い。これは絶対に不味い!

 かくなる上は!


(――生殖器沈静魔法アトロフィール


 俺は内心で魔法を使う。これでいい。

 ……ふぅ。

 これで俺の尊厳は守られた。


「フィーグーくん、フェンリちゃん!」


 ユーリが駆けてくる。

 ああ、本当に良かった。

 ユーリの前で裸のフェンリを抱いてちんちん勃起させていたら、そんなのを見られたらもう色々と全てが終わりである。俺の尊厳とか。


「ユーリか。お疲れ様。お前のおかげで助かったよ」

「ああ、うん。フィーグ君もお疲れ様。フィーグ君がいなかったら、フェンリちゃんを解放できなかったよ。

 ところで――」


 そしてユーリは言う。


「さっきの、生殖器沈静魔法アトロフィールって……何?」


 ……。

 エンゲージシステムによる、心と力の共有、その力の一端である念話の力。

 まだ続いていたらしい。

 さて、どうやって誤魔化そうか――――


 誰か助けて。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢大戦~底辺貴族の俺が悪役令嬢達を食い物にして貞操逆転女尊男卑世界で下剋上する物語~ 十凪高志 @unagiakitaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画