第27話 令嬢クリスタル

「……フェンリ」


 俺の言葉に対する彼女の返答は、苛烈だった。

 その姿がかき消え、そして走る衝撃。

 俺の眼前に一瞬で間合いを詰め、そして拳を放ったのだ。


「がっ……!」


 そしてのまま壁に叩きつけられる。

 ……フェンリと何度も模擬戦をやっていなければ、反応すら出来ずに即死だっただろう。防御魔法が間に合ってよかった。


 しかし、くそ、痛い。


「に……逃げ、て……」


 フェンリが苦しみながら言う。フェンリはペイルの命令に必死に抗っているのだろうか。なんという精神力だ。


「おね、が……い……!」


 どうする。フェンリの言葉に従って逃げるのが一番だ。しかし……」


「逃がすと思うかい?」


 ペイルの言葉に従うように、メイドたちが武器を持って俺の周囲に展開する。

 メイドたちが武器を構える。魔法を発動しようとするものまでいる。

 万事休す……といったところだろうか。

 ペイルが一歩、また一歩と俺に近づきながら言う。


「さあ、万事休すだ。しかし最後にチャンスをあげよう。大人しく我々【紳士協定】の末席に加わるか、それとも死ぬか。

 さあ、答えを聞かせてくれたまえ、友よ」


 勝ち誇るぺイル。


 どうする?

 ……どうするかなど決まっている。


 俺はただ、左手を天に掲げる。

 俺の左手薬指の指輪が煌めいた。


 そして――



「とうっ!」


 空から声と共に降りて来た影。それは一人の少女。


「はああああっ!」


 彼女はフェンリめがけて飛び蹴りを仕掛ける。フェンリはその足を、腕を交差して受け止める。

 防がれた少女はそのまま宙返りをして、俺とフェンリの間に降り立つ。


「ユーリ・アーシア・ストーリア、見参ッ!」


 左手を腰に当て、右手を前にビシッとポーズを決めるユーリ。


「大丈夫? フィーグ君」

「……ああ、助かったよ。ありがとうな」


 俺の言葉を聞くとユーリはニコッと笑い、ペイルたちに向き直る。そして言う。


「さぁて……どういう展開かよくわからないけど、ボクのフィーグ君を痛めつけるっていうんなら容赦はしないよ。

 決着、つけようか、フェンリちゃん」

「……っ」


 ユーリの言葉にフェンリは、しかし、苦し気にうめく。戦闘の構えは解いていないが……。


「フェンリちゃん、あの……大丈夫?」

「……っ、くっ……」


 フェンリはただ苦痛にうめいている。

 ……見ていてつらい。


 フェンリは俺との模擬戦でもユーリとの模擬戦でも、実に楽しそうに戦っていた。

 この姿は、いつものフェンリの姿じゃない。

 俺は戦いを楽しむ趣味は持ち合わせていないが、フェンリには自由にのびのびと戦いを楽しんでほしいと思っている。


 ……だから、これは違う。


「……ユーリ」

「うん?」

「フェンリを……助けてやってくれ」


 俺の言葉にユーリはニコッと笑い、言う。


「……わかった! ボクに任せて!」


 そう言うと彼女はフェンリに向かって駆け出す。


「はあああっ!」


 ユーリが光の剣を生み出し、振りかぶる。

 そしてフェンリは……


「う、あ、あ……がああああああああああああっ! Engage!!」


 彼女の左手の指輪が輝く。

 そして、毛皮をまとい、手足を狼のそれと化したフェンリが、光の剣を受け止めた。

 魔力の衝撃波が吹き荒れる。


 フェンリの鋭い爪が翻り、ユーリの首筋を狙う。


「くっ……!」


 それをユーリは剣を斜めにして受け流す。フェンリが大きく体勢を崩し、そこにすかさずユーリが蹴りを放つ。


「せああっ!」

「うぐっ……!」


 蹴り飛ばされるフェンリ。そのまま空中で態勢を立て直して着地をする。

 ……激しい攻防だ。稽古の時とは比べ物にならない。

 だが、それに見惚れているわけにもいかない。ペイルをなんとかせねば。

 しかし見ると、ペイルはこの場から逃げ出していた。あの野郎!


「待て!」


 追おうとする俺に、しかしメイドたちが立ちはだかる。

 だが、次の瞬間。


「っ!」


 鎖が飛び、メイドの一人に巻き付く。そしてそのままメイドの体を振り回す。この攻撃は……


「アイネか!」

 「元」拷問令嬢、アイネのスキルだ。悪役令嬢の力を失ってなお、そのスキルは使えるのか。助かる!

「アイネ、メイドたちの足止めを頼む! 俺はあのクソ野郎を追う!」

「わかりました! わ、私がしっかりと……ち、調教しておきます!」


 今何か変な単語が聞こえた気がしたけど聞かなかったことにしておこう。俺は友人の趣味趣向は尊重する男だ。


「任せた!」


 俺はペイルを追い、走り出した。



 ◇


 ペイルを追った俺は、その後ろ姿をついに捉えた。


「ペイル!」

「……ふん、来たか」


 そう言ってペイルは俺を見る。そして吐き捨てる様に言う。


「はあ、しつこいんだよ。何なんだ、何なんだよお前は。ああ、もういいもういい、ここで死ねよお前」

「どうかな。ここにはもう悪役令嬢も女もいない。男二人のタイマンだ」


 俺は言う。しかしペイルは馬鹿にしたように笑う。


「あはははは! タイマン? 笑わせてくれるね。決闘を気取る気かい?」

「そんなんじゃない。ただの喧嘩だ」

「はっ、そうかい。いいよいいよかかってきなよ」

 ペイルは余裕を崩さない。ふざけるなよ、こちとらずっと鍛えてきたんだ!

「はああっ!」


 俺は走り、ペイルに殴り掛かる。

 しかし――


「なっ!?」


 ペイルは俺の拳をいともたやすく受け止めた。

 技術や体力ではない。これは、魔力で強化されている。この強大な魔力は――


「ぐっ!」


 俺はそのまま投げ飛ばされる。俺は床に叩きつけられた。


「はっ、はははは! 何だいその顔、この僕が強いのがそんなに不思議かい?」

「ペイル……お前、一体……」


 俺の言葉にペイルはニタリと笑い、言う。


「はははっ! 教えてあげるよフィーグ君! それはこれさ!」


 そして背後にある布を取り払う。

 そこには……巨大な水晶があった。


「令嬢クリスタル……!?」


 この国では、魔力のこもった石、魔石を令嬢クリスタルと呼ぶ。

 しかしこれは……大きい……!


「【紳士協定】ではね、いくつかのアーティファクトを研究している。これは悪役令嬢のシステムを研究した副産物でね。

 女が男の魔力を吸い取るように、男が令嬢クリスタルの魔力を吸い取り、己が力とするのさ」


 なんだと……。


「そう、ただ悪役令嬢に魔力を食われ続ける君と、令嬢クリスタルから魔力を得る僕。どう考えても、君の勝利はあり得ないのさ。単純な算数だよ!」


 そう言ってペイルは俺の身体を蹴飛ばす。


「がっ……!」


 蹴り上げられた俺の身体はごろごろと転がる。


「さあっ、まだまだ楽しませておくれよ、友よ!」


 そう言ってペイルは手を掲げる。するとそこに令嬢クリスタルの輝きが集まる。

 そしてペイルは魔力弾を俺に向かって放つ。

 俺はそれを転がりながら避け、なんとか体勢を立て直す。しかし魔力弾は次々と放たれる。


「くそっ……!」


 転がるように避ける俺。しかし避けきれるものではない。俺の身体に魔力弾が着弾する。


 そして――


「ぐああっ!」


 壁に叩きつけられた俺は床に倒れる。痛みにあえぐ俺をペイルが見下ろす。


「……ははっ! 無様だな、ああ?

 ……ああ、なんて気持ちいいんだ。自分の力で他者を圧倒し踏み躙る。これが女どもが楽しんでいた悦楽か、ククク、たまらないね。

 ――もうすぐだ」


 ペイルは熱に浮かされたように言う。


「もうすぐだ。僕たち男は、全てを覆す。世界を正しい姿に戻し、そして女どもの上に君臨し、蹂躙し、支配してやる!」


 ――こいつは、狂っている。

 欲望を肥大化させると、男でもここまで堕ちるのか。

 醜いな。


 しかしどうする。


 現状のこの戦力差、どうする――!

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