私の好意に気づかない空気の読めない幼馴染の卒業式の日
赤茄子橄
本文
私も3年前までは通っていた懐かしい高校の校舎。
校門から覗き見るように人を待つ私は、さながら不審者。18歳を超えちゃってるし、普段なら通報されたりしたらアウトかもしれない。
でも、今日は多少の不審者感くらいなら大丈夫。
満開の桜の中、胸にコサージュをつけて黒い筒を持った子たちやそれを取り巻く子たちがいくつものグループを作っている。
おのおの涙を流したり笑顔を咲かせたりしている光景が広がる前庭。
そう、今日は彼ら彼女らの卒業式なのです!
であればこそ、大人っぽいパンツスーツ姿の私は、どうみたって卒業生の保護者!
彼がでてくるまで、いくら待っていても通報される心配はない。とか詮無いことをぼんやり考えてると、校舎の中からなんかタタリ神かマリモみたいな人の塊がワラワラとでてきた。
たくさんの女の子の集団。そこからは「きゃー
そのタタリ神の核の部分はまだ見えないけど、多分、あの中心に彼がいるんだろうなぁ。
ちょっとゲンナリしつつも、今日は覚悟を決めてきてるわけで、逃げ帰るわけにはいかない。
下がる気持ちに喝を入れて、その集団が近づいてくるまで待つ。
そうしてタタリ神が眼の前に来たときにやっと中心にいる彼が見えた。それと同時に彼と目が合った。
「ちょっとごめんね〜」とか言いながら取り巻きの女の子たちをかき分けて私の方に向かってくる。
「
「うん、ジオのお祝いのために駆けつけました」
「おー、まじで? ありがと! へへ〜、俺、高校卒業しました〜! どやっ」
「あはは、おめでとう」
ぶいぶいっ、って口で言いながら、屈託のない笑顔とVサインを私に向けて放ってくる彼、
その表情や仕草には未だ幼さが残ってるけど、周囲よりも少し大人びて見えるのは、私の欲目かな?
第二ボタンどころかシャツとスラックス以外はピアスとかも含めて全部彼を取り巻いてる女の子たちにとられったぽい。
なんだかズタボロになってるのに、いつも通り疲労の色とかは一切見せない。それどころか屈託ない笑顔をこちらに向けてくれてる。
とにもかくにも、その振る舞いがカワイくて、心臓がぎゅぎゅってなる。
でもジオは「かわいい」っていうと怒るから、それは心の中に仕舞っておく。
「今日はいつもよりキメて来たんだよね〜。どう? 輝いちゃってるかな? どや? このポーズの方がキマってるかな? こっちの方がいいかな? どや?」
は? なんそれ、ちょっとカワイすぎんか? もしかして私に襲われたいっていう意思表示?
高校の卒業記念にDTも卒業したいです、って? うんうん、そうかそうか、男の子だもんね、仕方ないよね。
グヘヘ。大丈夫、心配ないよ、お姉さんが卒業さしたげるからね。今晩は2人で一緒に初体験しようね。
あー、0.01mmのやつと0.03mmのやつどっちがいいかな。いつジオが襲ってきてもいいようにいろいろ買って準備してるからね、どれでも使い放題だよ。
今日はお祝いだし、うっすい方で、しかも爪楊枝で穴開けるのだって許しちゃおうかな。あ、けどだったらつけなくてもいいか?
いやいや待て待て私、ゴールドフィンガーも言ってたでしょ、『ゴムをしない男は挨拶しない男と一緒だ』って。
ジオをそんな最低な男にしないためにも、ちゃんと付ける練習させたげないと。
でもジオがどうしてもって言うなら初めてのときくらいは・・・。
「おーい、希世ちゃーん? トリップしてないで戻ってきてー」
はっ。おっといけないいけない、あまりの可愛さに思考が加速しすぎちゃってたよ。せっかく真面目なモノローグで自分の中で雰囲気作ってたのに台無しになるとこだったよ。
えーっと、なんだっけ、ポーズがキマってるかだっけ。
キマってるに決まってんだろ。ふざけてんの!? 今すぐ食い散らかしてあげたいくらいですけど!?
......おっと、危ない危ない。またトリップするところだったよ。
私もあと1年もしたら社会人なわけだし、ここで性欲に任せてキレ散らかすのは違うよね。いつも通りのお淑やかなお姉さん然とした感じで。
「ふふふっ、今日もどの角度もカッコいいよ〜。キマってるよ」
「まじで? へへっ、さんくす!」
うぅ〜っ! 笑顔が眩しすぎる! 心臓もお腹もキュンキュンするじゃんか!
いったい人前で私をどうするつもりよ! 漏らせばいいの? 漏らすよ!? ちょっと漏れた!
「って、うわっ。大丈夫!?」
ばっ、バレた!? ............って違った。あぁほら、取り巻きの子も眩しくて立ちくらみしてるじゃない!
何人か漏らしてるし! 私は耐性があるからほんのちょっと漏らしただけで我慢できたけどね。
他の女の心配じゃなく、私のショーツの心配をしなさいよ。しょーがない子ね、まったく。
まったく、まるで生物兵器だよ。こんな危険な子、いつまでも外を歩かせておくわけにはいかないよね。
私が責任持ってお持ち帰りしないと。
「どうやらここは危険みたいね、ジオ。そろそろ帰りましょう」
「おー、そーだね。それじゃみんな、またな!!!!!」
ジオが私に背を向けて、校舎側に向かって大声で言うと、周囲のみんなが雑談をやめてジオの方に笑顔で手を振り、「またな!」とか「大好きです!」とか「いかないでください!」とか、いろんな言葉が口々に放たれる。
男子も女子も、学年も関係なくみんながジオとの別れを惜しんで、再会を望んでるのがわかる。
あぁ、やっぱりジオの人望はすごいなぁ。ただの脳筋パリピじゃないんだよね。
ジオは昔から変わらず、『みんなの大黒時桜』なんだね。
けど、それも今日で終わり。
今日こそはちゃんと告白して、それで、私が正式にジオを独占させてもらいます!
「あのさー、ジオ」
「んー? なにー?」
その惚けた横っ面に盛大な告白を叩き込んであげましょう!
「私、あなたのことが......『うわーーーーーー!!! おあーーーーーっとぉ!!!! 帰りに買い物頼まれてたんだった!!! そろそろ行かないとやばい! 行こう、希世ちゃん!!!!』......へ、あ、うん? そうだね?」
もぉ、タイミング悪んだから。
*****
卒業パーティの買い出しをして、いつもと変わらないジオの部屋に帰宅してゴロゴロ。漏らしたショーツは交換済み。
今はジオのママが卒業パーティの料理を作ってくれてるので、その完成待ち。
ジオは普段通りにご機嫌そうに鼻歌を歌いながら、持ち帰ってきたものを仕分けたりしてる。
私は普段以上に、内心ではめちゃくちゃドキドキしてた。さっき言い逃した告白をいつ切り出そうかって迷って。
今までも、告白は何度もしようとしてきたんだけど、そのどれもことごとく失敗してきた。
断られてるとかじゃなくて、私がコクろうとしたら急に邪魔が入ったりするせいで、勢いを削がれちゃってちゃんと言えてないんだよねぇ。
なんかジオが意図的に妨害してるんじゃないかって思うくらいなんだけど、そういうことするほど頭良くない子だからなぁ。
私ってば運が悪い!
でも今日は違う。
私は今日、絶対言うって覚悟を決めてきた。大学生になってさらにかっこよくなったら、余計にいろんな女の子が寄ってきて、知らない間にかっさらわれるかもしれないからね。
だから、なぁなぁな関係は今日で終わり。区切りの良い今日、決めちゃいます!
でも告白するにしても、話の流れってのが大切なわけですよね。
まずはジャブから。
「ねーねー。ジオって恋愛とか興味ないの?」
「んー? 今のところあんまし興味ないかなー」
おー? なんだなんだ照れ隠しかぁ? はぁ。まったく、君にはがっかりだよ。もっと私の気持ちを察してくれたまえよ。なんならそっちから告白してくれてもいいんだけど?
まぁ脳筋パリピのジオにそういうの期待してもむりか〜。やっぱ私がコクってあげるしかないよねぇ。
「けどそろそろ彼女とか作ってもいいんじゃない? もう大学生になるんだしさ」
「あー、うーん、まぁそうだね。大学でいい人いたらもしかしたら付き合うかも? わかんないけど。まぁ今は友達とバカやってるのが楽しいから別に急がなくてもいいかなー」
「そうなんだ。けど友達と遊ぶのもいいけど、告白を断る強い理由も別になくない?」
「いやいや、あるって。だってもし付き合うならその子のこと1番大事にしてあげなきゃじゃん? けど俺が1番大事にしてんのが友達と遊びに行くことって間は彼女を1番にはできないからさ。そういうの漢としてよくねーでしょ。だから、断ってるだけ」
「ジオらしいね。けど、中には『1番じゃなくてもいいから』って押してくる子もいるんじゃないの?」
「ん、まぁ、ときどきはね」
「それならいっか、ってならないの?」
「ならないね。相手の問題じゃなくて、俺の気持ちの問題だから。申し訳ないとは思うけど、中途半端はできないからさ。だから今は告白されても誰とも付き合わないかな」
いやいや、そんなこと言って、どうせ大学入ったら、性欲に流されて、ちょっと見た目のいい大学デビュー女子に即効で食べられて涙を流すことになるんだよね。
そうならないように私が護ってあげないとね!
......っていうか、これってもしかして、私に早く告白しろって催促だったりする?
『俺は他の女には絶対なびかない、お前だけみてるんだから早く告れ』的なやつかな? もぉ、ジオはわかりにくいなぁ。
しょーがない、そろそろ告白しますか。
「私、ジオのこと好......『うおあーっと!!!!!! そろそろ卒業パーティの飾り付けしなきゃいけないんじゃね!?』......あ、うん、そうだね〜」
もぉ〜っ、ほんと空気読めない子だなぁ〜! 飾り付け終わったら覚悟しててよね!
*****
「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」」
天使家と大黒家合同で行われたジオの卒業パーティ。私のパパとママとお姉ちゃんの結音ちゃん、それからジオのパパとママを入れた7人での宴会も終盤。
ジオのママの料理は相変わらず美味しかったなぁ。
今日もイイ日だったっ。
とはいえこれだけで終わらせるわけにはいかないよ。
飾り付けのあとも結局なんだかんだとタイミングを逃しちゃって告えてないままだし。
「ねージオー」
「んー?」
いい加減、そろそろここで仕留めるよ!
いい機会だし、ちょっと恥ずかしいけどみんなの前で告白しちゃえ!
「私と付き合って......『あーーーーーー! そろそろ風呂湧いたんじゃない!? 希世ちゃん先入ってもいいよ!!!!』......入らないよ!」
いくらジオでも、いい加減空気読めなさすぎるよ!
告白の雰囲気くらい察しようよ!
「いまから私が愛の告白しようとしてるでしょ! 黙って聞きなさい! たまには空気読んで!」
普段大人な私が珍しく大きな声で叫んだからジオがびっくりしたように目を見開いて固まった。
ふぅ、これでちゃんと告えるよ............って、私、いま流れで言っちゃったじゃん! まぁ結果おーらいかな!?
ほら、答えばっちこい! 私は今晩抱かれる準備まで整ってるぞ!
「はーぁ、空気読んでほしいのは俺の方だってー。なんで告っちゃうんだよ」
「ん?」
なんか思ってた反応とちょっと違うぞ?
あ、さては『俺から告うつもりだったのにー』っていうパターンのやつかな? ノンノン、ジオが遅いから私に先を越されちゃうんだぞっ。
「いやぁ。なんていうかさ、自分で言うのもなんだけど、俺、いままで結構あからさまにそういう状況ぶち壊してきたよね!? 普通察するものじゃないかな!?!?!?!?」
やれやれ。何を言っているのやら。ジオから告白してくれようとした素振りなんて感じられませんでしたよ。
「えー、ジオから告白の空気とか感じなかったけどなー?」
「いや、俺から告白!? しないしない。どういう思考回路辿ったら今の話で俺が告白する話になんの!? 違うよ、希世ちゃんとは付き合うつもりないから告白ぶち壊してきたんだって話だよ!」
「......はぇ?」
「いや、もちろん希世ちゃんのこと嫌いとかじゃないよ!? 外見も中身もだいたいはいいよ。好みドンピシャに近いよ!? でも幼馴染以上の関係になるつもりとかないっていうか! 町中で急に変な顔して涎垂らしたり、漏らして俺にこすりつけてきたり、付き合ってもない幼馴染の部屋で悶えてたりするような変態とは付き合えないっていうかさ!!!!!!!」
「あぇ......え............?」
えっと、私、何言われてるんだろう? よくわかんないよ。
「父さんも母さんもおじさんもおばさんも結音ちゃんもみんなが俺らをくっつけようとするから逆に抵抗感生まれるっていうか!」
「あの......その............」
あれ、なんで? もしかして私、いま振られてる? ジオに? あれ......あれ......?
「かといって俺ら家族ぐるみの付き合いだし! それを抜いても希世ちゃんと絶縁とかしたくはないから! だからわざわざアホみたいなあからさまな態度で誤魔化してきたのに! もしかしてなんも伝わってなかった!?」
ジ......ジオ............? あ、あはは? 変なこといわないでよ、もぉ。私、振られてるって誤解しちゃってるよ? 訂正しようよ?
「希世ちゃんと付き合うとかなったら、もうなんか流れに流されて付き合ったみたいになるじゃん! 俺、そういうの無理だから! だから俺は絶対、希世ちゃんとは付き合わねぇから!!!!!!!!!!!! ............はぁっ、はぁっ、はぁっ......。っ。ごめん......ちょっといいすぎた、かも......」
「「「「「いい雰囲気みたいだし、じゃあ、あとは若いお2人で〜」」」」」
「いやいやいやいやいや、どうみても良くないでしょ!? この剣呑な雰囲気の中よくそんなシレッとした態度取れるね!? ってかこの状況で希世ちゃんと2人にするとか鬼すぎない!? ......ってみんなマジでどっかいきよったよ......」
「あ............う............え、えっと、その............」
「あー、えっと、ごめん、俺も離席するわ。ちょっと頭冷やしてくる。でもとりあえず改めて言っとくわ。ごめん、希世ちゃん、俺は希世ちゃんとは付き合いません。それじゃ」
あ......私、振られたんだ......。ジオがどっかいっちゃう......。このままじゃ、ジオと、離れ離れ......?
「あ......あ、ま、待って、ジオ......」
「............なに?」
うぅ、ジオの声が低い......。
いっつもどんなときでもニコニコ明るくて、理不尽にあっても絶対怒らないって有名なジオが......怒ってる?
うぁ......だめだ、頭回んない。
とにかく何か言わなくちゃ。このまま終わらせるなんてダメ......。
「......そのー。今日は卒業式だったわけ......だしさ......」
「............うん」
「............とりあえず......童貞卒業パーティ、しちゃわない?」
*****
「あー、その、なんていうか......」
「うん」
「めっちゃ気持ちよかった......です......」
「私と付き合う気になった?」
「うん......責任取ります......」
「あはっ、よかったぁ」
ふぅ。一時はどうなることかと思ったけど、なんとか丸く収まってよかったよかった。
危うく振られちゃうところだったよ。
最初はなんだかんだと抵抗してたけど、途中からはジオも夢中になってバカみたいに動いてて、すごく幸せそうだったし、ギリギリセーフ。
すごく眠いけど、その前にこれだけは言っておかないとね。
「卒業おめでとう♡」
私の好意に気づかない空気の読めない幼馴染の卒業式の日 赤茄子橄 @olivie_pomodoro
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