慈悲

 今、オレは世界統合協会の職員と対面していた。こうして協会の職員と対面することは一度や二度ではないが、初めて呼ばれたときは超高級喫茶店に呼ばれた時は場違い感がものすごくド緊張してろくに話もできなかったのだ。川内サンはそんなオレを哀れに思ったのか二度目からは焼肉屋に変えてくれたようだった。それでも普通より高い店ではあるのだけれど、お洒落で高級な喫茶店よりかははるかにマシだった。

「好きなだけ食べていいからね」

 長い髪をポニーテールにした職員が穏やかに言った。彼女の名前は確か、加賀美花御かがみはなみと言ったか。その隣には粟野サンの“お気に入り”の川内勇気かわないゆうきサンが胡坐をかいて座っていた。

 加賀美サンの言葉に甘えてオレはこの店のメニューを全制覇する勢いで色々頼んだ。というか、こんなところ滅多に来れないのだから全制覇したい。

「え、全部食べるの? ここ、結構量あるけど……」

「ガキの胃袋を舐めない方が良いぞ、花御。特にこいつは異次元の胃袋を持ってる。前呼んだときは店の在庫を空にして出禁になった」

「えぇ……」

 何か言っているが気にせず運ばれてきた肉を焼き始める。粟野サンに拾われたことによって上達した料理スキルがここで発揮され、オレは完璧な焼き加減の肉を作ることができた。噛むと柔らかく、肉汁が迸る。半分ほど食べた後本題に入った。

「そんで、粟野サンの言動についてっすよね」

「そうだ。何か言っていたか?」

 そう問われて、オレは最近の粟野サンの言動を思い出す。特にこれといって危険思想を口走ったりはしていなかった。

「そもそもオレ、あの人がわざわざ危険思想を口にするとは思わないんすよね。自分は神様だから生物には慈悲を与えないと、みたいなことは毎日のように聴いてますけど」

「その慈悲の与え方が心配なんだよね、勇気先輩は。何せ相手は身勝手な理由で世界大戦を起こした異常者だ。その慈悲も「可愛そうだから殺す」かもしれないし……」

「それに関しては安心してもいいと思いますよ。あの人は無意味な殺しはしない。かといって中途半端な優しさも見せない。あの人は多分、生物全員が幸福に生きてほしいと思っている」

 それが現人神として生まれた自分の役目だから……という言葉は、本人から聞いたわけではないけれど、オレと同じ粟野サンに拾われた子供から聞いた言葉だった。加賀美サンは粟野サンとあまり関りがないから、そう思うのもしょうがない。……否、加賀美サンはおそらく粟野サンのことが大嫌いなのだろう。声がそう物語っていた。

「あの人、演じるのが上手いので本心じゃない行動も『理想の自分はこうする』って理由で簡単にできちゃいますから」

「……確かに、小僧の言う通りだ」

 川内サンは真剣な顔で頷いた。正直オレなんかよりもこの人が一番あの人を知っているのだから、わざわざこんな場を作らなくても良いのに。

「そもそもこの対面も会長がやれっていったからやってるだけだ。……会長からすればあいつに拾われた子供を養うために言ったんだろうが」

 そんな疑問が判ったのだろう。彼はそう言って顔を顰めた。なるほど、会長の命令ならしょうがない。

「ごちになりまーす」

 だからオレはそういって笑った。満面の笑みだ。川内サンは眉間に濃い皺を寄せてオレを睨め付けた。

「調子に乗るなよ小僧。てめぇが今貪ってる肉は住民の血税で払われてんだからな」

「その言葉で躊躇うと思ったら大間違いですよ川内サン。利用できるものはとことん利用しないと生き延びることなんてできねぇんだから」

「小生意気なガキだなぁおい。……まぁ、その通りではあるんだが」

 苛立ちを隠し切れない様子で唸る川内サンを無視して最後の肉を味わって食べる。非常に美味であった。

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楽園の日常 小鳥遊アズマ @Azuma_Takanasi

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