第22話 カタルと十人の敵

 朝、地下室から出て自室に戻っている途中、太った専属医の男とすれ違った。

 たしかチャムと呼ばれていたか。

 オレがこの世界で目を覚ました時、目の前にいた男。


「あぁぁ、これはカタル様ぁ~……! すみません、どうしても緊急の用事ということでお部屋の中に入らせていただきましたぁ~……! あの、その、トワ様の診察をということで、ハイ、仰せつかりましたので……」


 あ~。

 たしか昨夜舘に帰ってきた時に、オレが医者を呼べって言ったんだっけ。

 それが今朝来てたってわけか。


「トワの容態は?」


「は、はひぃ~、背中に打ち身が少々……。これはアザになると思いますが、日にちが経てば消えるかとぉ~……」


 専属医はアワアワと手をバタつかせながら、額に脂汗を浮かべている。


「それだけ?」


「は、はいぃ~、それだけでございま……」


「そうかっ! なら、行ってよし! 朝早くからご苦労だった!」


「ひ、ひぃ~……! 失礼しますぅ~……!」


 専属医はこれ以上にないというくらいに丸くなって恐縮すると、コロコロと転がるように廊下を走り去っていった。


(ふむ……トワやエレナが普通に接してくるから忘れてたが、あれが普通の人のカタルに対する反応なんだよな……)


 さて。

 その、エレナ。

 ついさっき、地下室から送り出してきたばかりの彼女。

 昨夜──オレは、エレナと体を重ねた。

 エレナは初めてだった……と思う。たぶん。

 オレは二回目にしてはわりと上手くいった方……だと思う。たぶん……。

 そして、これから毎晩地下室に通われても困るので落ち合う日にちを決めた。

 週に二回。

 ヴェンタとテラ。

 曜日でいうと月曜と木曜。

 その夜にオレたちは地下室で落ち合うことにした。

 地下室から出てからのエレナの去り方は、肩すかしするほど普通のものだった。

 え? もっと恋人同士とかみたいな甘いチュッチュとかないの? って思った。

 いや、別にオレたち恋人同士じゃないけどさ……。


「ではカタル様、次の会合で」


 屈託のない笑顔でぺこりと頭を下げるエレナ。

 どこからどう見ても清楚で可憐な気品漂う修道女だ。

 小動物系美少女。

 まさか彼女の胸のうちにあんな情念や暴力性が秘められてるとは、世界中の誰も思わないだろう。

 そんなエレナはこちらを振り向くこともなく「タタタ……」と裏庭を軽やかに走り去っていった。


(う~ん、それにしても地上では「カタル」。地下では「エフ」かぁ。深夜の勢いで言ったとはいえ、少し小っ恥ずかしいなぁ)


 エフ──殿沢風太の風太から取ったF。

 オレはこれから。

 表では、泣く子も黙る悪役貴族のカタルとして。

 裏では、ブルベリ教の教祖エフとして。

 この二つの仮面を使い分けながら生きていく。

 そう決めたんだ。

 これが、オレのこの世界でのカタルとしての、そして殿沢風太としての生き方だ。


 さて。

 エレナに対するエフの時間は一旦終わり。

 これからは、トワに対してのカタルの時間だ。

 オレは自室の扉を開ける。



「カタル様、おはようございます」


 カタルのゴテゴテした趣味の悪い部屋の中に、いつものメイド服姿のトワがいつものように立っていた。


「あれ? もう起きたのか? 今日までゆっくりしてていいって言ったのに」


 トワは「スンッ……」と鼻をかすかに鳴らすと、相変わらずの無表情で告げた。


「お医者様も来られましたし、カタル様もどこぞに行かれて帰ってこられないので手持ち無沙汰で掃除をしておりました」


「そ、そうか……」


 別にオレはトワと恋人同士というわけではない。

 ただ、一度体を重ねただけだ。

 でも、トワと寝た直後に他の女とも寝るというのは、さすがに罪悪感を感じる。


「そもそも、私は突き飛ばされて倒れただけです。大した怪我もないですから。カタルさまが騒ぎすぎるだけなのです。それに──」


 うっ──。

 トワはオレの不貞を見透かしたような、責めるようなジト目を向けながら、こう続けた。


「今日は忙しくなると思いますので」



 その後、トワの言った通りバタバタな一日となった。

 まず、ダラズ領から報告が来た。

 オレとトワを襲撃した犯人──ボブとドブについて。

 やはり二人はダラズ領のマフィア「ナバ一味」の構成員だった。

 ボブはテムトの街に冴えない下働きとして潜り込むと、双子のドブと入れ替わりつつ盗賊団、そしてジョシュア一家についての情報を探る「草」として動いてたらしい。

 そして起きた盗賊団殲滅。

 一方的に殺された一味の復讐のために、二人にはオレへの殺害命令が出ていたそうだ。


(そこにオレがノコノコと顔を出したってわけか……)


 また、二人の処罰は追って連絡するとのこと。

 それから軍事演習は中止して引き上げたとのことだった。


(ボブ……。あいつは一体、なにをしたかったんだろうな……)


『天蓋張りを褒めてくれてありがとうございました』

『初めて人から褒めてもらって嬉しかった』


 そんなことを言っていた気がする。

 オレをかばったトワにも怪我はない。

 そもそも、ボブの手にしていた短刀は鞘から抜かれていなかったそうだ。

 つまり、ボブにオレたちを殺害する意志はなかったということになる。


(でも、オレの体を押さえつけてドブに刺させようとしたしなぁ。殺害する意志がなかったっていうのは……)


 ──!

 もしかして……。

 ボブはオレたちも、兄弟のドブも、どっちも守ろうとしてた……?

 もしボブがカタル殺害の命に逆らえば、兄弟のドブも一緒に処罰されるだろう。

 だから表向けはオレの殺害を実行しつつ、自分のみが犠牲となってオレとドブの両方を助けた……ってことは考えられないか?

 いやいや、考え過ぎか。

 いくら天蓋張りを褒めたからってそんなにコロッと人が変わるわけ……。


(いや、あるだろ……オレならわかるだろ……!)


 ブラック企業。

 派遣社員。

 褒められたことなんか一度もなかった。

 露骨に馬鹿にされ、仕事を押し付けられ、使い捨てられていたオレ。

 もし、そんな中でオレの能力をちゃんと評価して褒めてくれる人が現れてたとしたら、オレもその人のために自分を投げ出していたかもしれない。


(ただ……ぜんぶ憶測に過ぎないんだけどね……)


 ボブたちにどんな処罰が与えられるのかは知らない。

 他領の貴族の暗殺の現行犯だ。

 死刑か禁錮か。

 もし、またボブと出会える日が来たら。

 誘ってみるのもいいかもしれない、キチゲ解☆放教会──ブルリベ教に。


「さて──っと」


 パンッ!


 頬を叩いて気合いを入れる。

 オレが今から向かうのは、カタルの父ルフスの待つ騎士の間。

 そこでテムトとダラズ領境で起きた一連の出来事を報告する。

 そして、テムトの都市改造案も通す。

 そうだな、改造案が通ればテムトへ視察に行くことも増えるだろう。

 なら、テムトから始めてもいいかもしれない。

 ブルリベ教の布教を。


 これからオレがやること。

 まず、子爵を継ぐことを回避しつつ、正月の後継者継承発表の日まで生き延びる。

 それと並行して、カタルを暗殺したのは誰なのかを探る。

 有能だったカタルへの暗殺を成功させた敵。

 目下、そいつが一番の脅威だ。

 今のところ、候補は以下の連中に絞られる。


 長男のヘンリー。

 その嫁ヴェロニカ。

 三男のアレク。

 ダラズ領のマフィア、ナバ一味。

 ダラズ領の領主ドボル。

 ブラックスパイン領のマフィア、ジョシュア一家ファミリー

 カタルに恨みを持った領民の誰か。

 それから、グロリセプター教会。

 邪教ナクロシア教団。

 この辺も怪しい。

 そして……オレが今から会う父ルフス。


 オレはルフスの命令でテムトへと出向いた。

 そこでボブたちに襲われたんだ。

 ルフスがナバ一味と繋がっている可能性……?


 カタルの地下室に残していた「トワは信用」というメモ書き。

 これは「トワは信用していい」と結論づけた。

 トワは味方だ。

 そして、エレナも。

 現状、オレの味方はこの二人だけ。

 無口な侍女トワ。

 激しさを秘めた修道女エレナ。

 悪役貴族カタルとして生まれ変わったオレ。

 この三人でやってやろうじゃねぇか。

 まずは、表ではカタルとして立ち回って生き残りつつ、裏ではエフとしてブルベリ教会を使いダラズを落とす。

 やるべきことが見えた。

 あとはやるだけだ。

 カタルとして。

 殿沢風太として。

 なんとしてでも、この世界を生き延びてやる!


 そう心に誓い、オレは騎士の間の扉をノックした。


────────────────────


【あとがき】


『悪役貴族は夜中に吠える』を22話まで読んでいただいてありがとうございます。

 この話はキリよく、ここで終わりにしようかなと思います。


 今回、悪役貴族ものを書いてみたくて取り掛かったのですが「カタルという男の過去と人間関係」「後継者争い」「外交」「布教」など、要素が散らばりすぎた気がします。

 まぁ散らばった割にはなかなかいい感じの序章としてまとまったとは思うのですが、いかんせん読者の方に「キチゲ解放」と「防音室」という設定が伝わりにくかったなとも感じました。反省。


 このお話を書く上で気をつけたのは「描写過多にならない」という点です。

 部屋の描写、服の描写、人相の描写など。

 書き始めればキリがないそれらの描写をなるべく最小限に抑え、話の幹はしっかり押さえて、かといって雑にはならずに、キャラクターと物語を書き切る。

 それを意識して書いていたのですが、そこそこ実践出来たのではないかなと思います。


 次作は「メインヒロイン1人で」「話の幹が太く、わかりやすく」「テンポが良く」「キャラクターがいい意味で強烈」な話を書いてますので、そちらでもお会いできたら嬉しく存じます。

 気になられた方は作者のお気に入り登録(フォロー)などぜひ。

 この度は、本作品を最後まで読んでいただけてありがとうございました。

 またどこか他の作品でお目にかかることが出来たら光栄です。

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悪役貴族は夜中に吠える ~【防音室】持ちの悪役貴族に転生したので思う存分キチゲを解放してたら、美人修道女に勘違いされてカリスマ教祖として祭り上げられてます~ めで汰 @westend

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