第45話 里帰り(2)
ソラウ様と顔を見合わせたけれど、仕方ない。
霧の中に踏み込む。
不思議なことに、白い霧の奥に城意義狩りが見える。
ソラウ様に聞いてみると、その方向に聖女の里があるのだという。
ちゃんと目印があるなら大丈夫かな?
でも先を歩くルビアナさんには見えないらしく、ソラウ様に時折指示されながら進んでいく。
休憩を挟みながら道なき道を進むと、ついに建物が見えてきた。
白い石のようなもので造られた家が立ち並ぶ、果物が生る木々が家の横に生えている。
白い砂、白い石畳、全体的に白い小さな集落。
色取り取りの衣装に身を包んだ女性たちが、町に入ってきた私たちに気がついて表情を明るくすると近づいてきた。
「まあ、先日の殿方ではないの」
「またいらしてくださったの?」
「すぐ里長様にお取次ぎしますわ」
「そちらの女性たちは?」
みんな若くて綺麗な女性ばかり。
この人たち、全員聖女なのか。
わいわいと笑顔で近づいてくる女性たちに、ソラウ様は困った表情をする。
「レナータ様を呼んでもらってもいいでしょうか?」
「ええ、里長の家にどうぞ。レナータにも声をかけておきますね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。行こう、リーディエ」
「は、はい」
聖女様方はにこにこと、そして好奇心に満ちた眼差し。
なんとなくソラウ様が男性として聖女様方の興味を向けられているような気がする。
それがとってもモヤァ、としてしまう。
ソラウ様の横にいたルビアナさんに、誰も気がつかないのかな?
「ソラウ様とおっしゃるんだったかしら?」
「素敵ね。何度もこの里に来れるなんて、里に誰かお気に入りが見つかったのかしら?」
「やっぱり外の世界にいる殿方は素敵な人が多いのかしら? 一度外に出てみたいわよね」
「派遣聖女が決まったら、お供に選んでもらいたいわ」
そんな話が聞こえる。
ああああ、緊張してきた~!
「こちらです。すぐに里長が来ますわ」
「まあまあ、先日の聖魔法師様ではないの。こんなに頻繁に来られるなんてすごいですわねぇ」
「お茶をお持ちしますわ。ところでその後ろの女はまさか……」
里長の家にいた三人の年配女性がそれぞれソラウ様やルビアナさん、私を頭の先から爪先まで不躾なほどに見つめてきた。
ちょっと怖い、と思っていたらソラウ様が私の前に立って庇ってくださる。
「こちらの女が里から光の神の宝具を持ち出して、派遣聖女予定の赤子を攫ったルビアナです」
「も、もう捕らえたのですか!?」
「なんと……。光の神の宝具は……!?」
「それも三つすべて回収してきました。里長にお渡しします。そしてこちらのリーディエが、里から誘拐されていた赤子です。実母に会いたいということなので連れてきました」
「レナータの娘!? まあああ! こんなに大きくなったのね!? まああああ!」
ソラウ様が私のことを紹介してくれたら、年配の聖女お二人がソラウ様を乗り越えて顔を近づけてきた。
さっきの吟味するような表情から一変。
ハルジェ伯爵家にいた使用人のおばさんたちみたいな表情。
私を我が子のように慈しんでくれる眼差し。
そう! 親戚のおばさん! みたいな。
「あなたたち、なにを玄関で客人たちに絡んでいるのです」
「あ、里長」
「だって里長! レナータの娘ですよ! 見てくださいな、立派に育って……!」
「はいはい。それならまずはレナータに会わせて、話をさせてあげてからになさいな」
家の二階から下りてきた老婦人。
彼女が玄関から家の中に入るよう促し、談話室に案内してくれた。
私たちが離れた玄関扉がまた開き、息を切らした白髪青目の女性が入ってくる。
「私の娘が帰ってきたと聞きました! 里長様、私の娘は……!?」
「レナータ、お客様の御前ですよ」
「――――」
里長様に咎められても女性は私の姿に釘づけになって動かない。
ゆっくり歩み寄って、手を伸ばす。
そこまでされたら私にもわかる。
この女性が……。
「お……お母様?」
「……っ……!!」
あふれる涙。
女性は両手を広げて私に抱きついてきた。
その瞬間確信した。
この人が私の、お母様なんだって。
「た、ただいま、かえりました、おかあさま……」
「おかえり、おかえりいぃ……! よく無事に、帰って……うわああああん!」
お母様が子どものように泣きじゃくり、私もしばらく抱き締められたまま動けなかった。
でも、イヤな感じは全然しなくて。
むしろ私まで泣いてしまって。
結局ソラウ様とルビアナさんの案内された談話室とは別のリビングに連れていかれて、お母様が泣き止むまで待って、そのあとは私のがどんなふうに生きてきたのかを教えてほしいとせがまれた。
私の人生はほの暗くて、とても胸を張って「幸せでした」とは断言できないものだったけれど……。
「
「そうなのね。あの方は先日里に来た時、すぐにわたしにあなたを合わせると約束してくださった。あの方は信頼に足る方だわ」
「はい!」
それで、とお母様が急に眉尻を下げる。
なんだろう、と思ったら、少しだけ言い淀んでから言いづらそうに「これからは、里に、私のそばにいてくるれる? それとも、また外で……?」と悲しそうに俯いてしまった。
固まってしまう。
まったく考えていなかった。
思いも寄らないとはこのことだ。
里留まり、本当のお母様と暮らすか。
プロティファ王国に戻り、
そもそも、私は聖女として働けるのだろうか?
「わ、私は……」
「彼女はプロティファ王国に帰りますよ」
「そ、ソラウ様!?」
もう里長様とのお話が終わったの?
私の肩に触れて顔を近づけられて、また顔が熱くなる。
これが私のソラウ様への恋心による反応、というのはもうわかったけれど、わかっていても慣れるものではない。
慌てふためく私をよそに、ソラウ様は相変わらず自信満々、という表情でお母様を見た。
「しかし、リーディエは聖女としてまだ未熟です。聞いた話によると外界に派遣される聖女には付き人が必須とのこと。聖女としての教師役も兼ねて、誰かについてきていただければと思っていたのですが」
と、言うと落ち込んだ表情のお母さんが見る見る表情を明るくする。
私もそこまで言われればソラウ様のおっしゃりたいことがわかった。
「お母様についてきていただくことが許されるのですか!?」
「いいんじゃない? あと、リーディエは正式に聖女の里からの派遣聖女ってことにされるけど、君の方こそそれはいいの?」
「あ、そ、それは……なんとなく、そうなるような気がしていましたので」
「そう? じゃあ、聖女が各国に婚約者を紹介されるめちゃくちゃ面倒くさい立場なのは?」
「え!? 婚約者、って……」
それは困る、というか、私はソラウ様が……と喉まで出かかった。
この人が私の気持ちをわかっていて、そんなことを口にしたのはいたずらっ子のような表情を見ればわかる。
「あ、ええと……そ、そうならないように、私に、婚約者がいればいいのですか……ね?」
「そーだねー。俺とかおすすめだけどどう?」
にこっと、笑いかけられて、私もへにょりと情けない顔で笑ってしまった。
大陸で【聖女】と同等とされる【聖人】に、五ヵ国の誰が敵うというのだろうか。
それをこの人自身が、絶対にわかっているんだから、もう……。
「はい、ぜひ」
「そうでしょうそうでしょう! 俺以外ありえないよねー」
「ふふふ。はい、そうですね」
帰ったら旦那様にもお話しないとね。
ああ、旦那様が必至な形相で「リーディエまでソラウを甘やかしすぎないでおくれよ!?」のが目に浮かぶ。
まあ、実際そう言われたら……私はきっと、思い切り明後日の方向に目を逸らしてしまうんだろうな。
そのくらい、私はこの人のことが大好きで甘やかしたいと思ってしまっているので。
終
◇◆◇◆◇
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