第44話 里帰り(1)


 

 あの件から一ヶ季後、冬の後期。

 私はソラウ様とお養母様――ルビアナさんと数人の魔法師様と騎士様を連れてローゼル渓谷へと向かった。

 王都から出たのは初めてで、色々なことが新鮮。

 長距離用の馬車に乗ってソラウ様に町の外のことを教わる。

 街道には魔物以外にも盗賊が出るのだそうだ。

 さすがに王宮騎士団や王宮魔法師団の馬車を襲ってくることは、ないだろうけれどとのこと。

 まあ、そうですよね。

 街道の途中の町に泊まりながら、大陸の中心――ローゼル渓谷とそれを囲う『迷いの森』に到着した。

 迷いの森こそ、件の[迷いの霧]の魔法がかけられた森。

 ソラウ様のお母様が時間にまで迷い、過去へと飛ばされたという……。

 

「わ、私たち迷わず行けるんですか?」

「行けるよぉ〜。俺は聖痕を持っているしぃ、君も正しい道筋がよくわかると思う。っていうか、君は聖女の里に『帰ってきてほしい』って思っているから影響はとても少ないはず。みんなは待っててね」

 

 と、私の後ろにいた数人の魔法師様や騎士様へ告げる。

 ああ、なんてお疲れの表情。

 

「しかし、罪人のルビアナについてはいかがされるのですか?」

「いくらおとなしくても、さすがにソラウ様お一人で連れて行かれるのは危険なのでは?」

「ハァーーー? 誰に向かってものを言ってるのぉー? 余裕なんですけどーーー!」

「「う、は、はい」」

 

 ソラウ様、本当に誰に対してもあんな態度なんだ……さすが。

 頬を膨らませてぷんぷんしているソラウ様、可愛い。

 しかし、ルビアナさんは本当におとなしい。

 罪人として魔法無効化手錠などの拘束具をつけられているけれど、始終俯いてちょっと怖いくらいだ。

 ……聞いた話だけれど、お養父様はお養母様が連れて行かれることを知った時に嘆願書を出したとそう。

 ルア侯爵様も釈放補償金を出すと言い、セエラ様とは正真正銘の親子関係が証言されたとのこと。

 たとえ元聖女とはいえ、不貞の子であることが証明されたセエラ様は学園を去ることになり、ロキア殿下は謹慎処分後、国王陛下と王妃殿下の定めたご令嬢と婚約させられるらしい。

 陛下と王妃殿が恋愛結婚だったので、ロキア殿下にも自分の伴侶は自分で選んでよい、との配慮をご自身で潰してしまった形になってしまったそうだ。

 なんだか悲しい。

 とはいえ、セエラ様はロキア殿下を好きというわけではなかったらしい。

 ロキア殿下と一緒にいればいつかソラウ様と出会える。

 ソラウ様と結ばれて、ルビアナさんの願いを叶えたい度本気で画策していたらしいのだもの。

 セエラ様自身の気持ちはどこにあるのだろう?

 親の言いなりになるのが貴族令嬢の“普通”だから、疑問は抱いていなかったのだろうか。

 少なくともハルジェ伯爵家のレーチェお姉様は婚約を白紙にされても仕方ない、と手紙に書いてあった。

 けれどレーチェお姉様の婚約者は婚約を白紙にはしなかったそうだ。

 なぜならお姉様のことを、本当に愛しているからと言ってくださったから。

 お姉様は幸せになれることだろう。

 問題は妹のマルチェだ。

 ルビアナお養母様を失ったお養父様はすっかり仕事に行かなくなってしまったらしい。

 幸い、私を旦那様に“売った”お金で来年までは生活に問題はないらしいけれど。

 マーキス様のお話だとマルチェは学園でも性格に問題があり、高位貴族令息に馴れ馴れしいと広く知れ渡っていた。

 さらに今回の件で完全に距離を置かれるようになり、婚約者探しは積んでいる状況。

 お姉様のように人望でもあれば違っていたのだろうけれど、引きこもりの父親を持つ問題のある令嬢として隠居済みの老紳士の介護用メイドになるしかないのではないか、と言われているらしい。

 今から心を入れ替えて勉強を頑張り、研究者職になれば――と、お姉様はマルチェがまともに生きられる方法を提案しているようだ。

 しかしそれは要するに、結婚を諦めて仕事に生きろ、ってことだよね。

 あのマルチェがそれを受け入れるだろうか?

 私は――あのあと国王陛下にお目通りしてソラウ様に「これ、本物の聖女」とあまりにもざっくりとした紹介を受けた。

 もちろんソラウ様はちゃんと事情を説明してくれて、未だ大混乱の残るお城からは「ご、後日……後日頼む」と懇願された。

 諸々の後処理を終えて、改めて登城してご説明後に私はソラウ様と共に“里帰り”を頼まれたのだ。

 ロープに繋がれたルビアナさんを連れて、いよいよ『迷いの森』へと踏み込むことになる。

 それにしても、ルビアナさんはこれから里に帰って大丈夫なのだろうか?

 聖女の里ならさすがに極刑とはないだろうけれど、どうなってしまうのだろう?

 

「ほら、手」

「は、はい」

 

 この森に漂う[迷いの霧]は、聖女すら迷子になってしまうほどに強力なもの。

 私やソラウ様は大丈夫、とおっしゃっていたけれど、いざ踏み込むとやっぱり怖い。

 

「里までははどのくらいかかるんですか?」

「迷わなければ一時間くらい。でも手入れのされていない森だから、どんなに頑張っても三時間くらいはかかるんじゃない? 疲れたら言って。少しなら休むから」

「は、はい。でも休まず歩くように頑張ります。怖いので」

「あ、そぉ。君も疲れたら言ってねぇ。特別に休憩くらいしてあげるから」

 

 と、ソラウ様がロープに繋がれ手先を歩くルビアナさんに告げる。

 やはり無反応。


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