第43話 愛してる(6)


 宝杖を掲げたお養母様が、詠唱もそこそこに食堂に広がる一部の魔方陣が破壊される。

 けれどそれよりも驚いたのは、椅子やテーブルの影が影樹として揺らめく。

 光の神の宝具が輝いて、部屋の家具を照らして生まれた影が影樹になったのだ。

 こ、こんな狭い場所で影樹が現れたら――!

 

「マジウザ」

 

 ソラウ様の魔方陣が影樹に呑まれた。

 これってマズいんじゃ、と思ったら、ソラウ様が唇を開いた。

 

「光の城にて影を呑め。ほの暗い力も、愛も、閉じ込めて開放して――[フィールド・ウィ・フォートレス]!」

 

 影樹がギュウ、とお養母様の方に凝縮していく。

 ぎょっと驚いたお養母様が、慌てた様子で旦那様の腕を掴んだ。

 私にはなにが起こっているのかわからない。

 

「ぐ、く、ううう、お、おのれ……! おのれぇ! 聖女のわたしを、聖女ではない、ただ聖女の血を引くだけのお前が……」

 

 ソラウ様がゆっくりと影樹に絡め取られるお養母様と、お養母様が手を掴んで離さない旦那様を見る。

 旦那様も影樹に絡め取られそうになったが、ソラウ様が一瞬で距離を詰めて剣の刃でお養母様の手を切った。

 驚いて口を覆ったけれど、旦那様の体からお養母様の斬られた手が影樹を取り込んで元に戻る。

 なにがどうなっているの?

 

「リーディエ! 父さんをよろしく!」

「はい! え!? はい!?」

 

 テーブルを真っ二つにして、開いたスペースに旦那様を突き飛ばし私の方に丸投げしてくるソラウ様。

 え、待って、そんなことを言われても、私は今なにが起こっているのかもよくわからないんですが!?

 ともかく飛んできてしりもちをつく旦那様を支え起こした。

 旦那様、腰は!? 腰は大丈夫ですか!?

 

「聖女の里長に聖魔力を封印された聖女が、魔力量ばかり多くてもしょうがないでしょ! それなのにリーディエや俺の聖魔力までほしいなんて、父さんと一緒に若返っても腐った性根直さなきゃ意味ないってぇ! 結局体の中まで影樹になってんじゃん」

「くうう、このおおおお!」

「聖女が影樹になっているとうのか……!?」

「光の神の光から生まれるのが影樹。光の神の光を吸収して溜め込み続ける聖女が、反転すればそれは影樹なんだよ」

 

 体が芯から冷えるかのような感覚。

 光を貯め込む聖女。

 その心が”愛”を理由に反転したら、聖女そのものが影樹になった?

 先の二つの宝具を確保する時に使った[リー・サンクチュアリ]ではないのは、影樹になった聖女が相手だから?

 じゃあ、この結界は[リー・サンクチュアリ]よりも上位魔法?

 影樹の枝が私や旦那様に向けられると、まるで自動で攻撃するかのように壁の魔方陣が氷や炎の槍で枝を薙ぎ払っていく。

 

「いいよ、別に、愛していても」

「……!?」

「俺も最近、愛おしいという感情が……わかったから。誰かを、愛おしいと思うのも……その気持ちから生まれるものも、否定しないよ。ね」

 

 そう言ってソラウ様が私を振り返る。

 愛おしい。

 胸が詰まるように苦しい。

 ああ、ソラウ様も私と同じだったんですね。

 旦那様の体から手を離して、立ち上がってソラウ様のそばに歩み寄った。

 腕に手を添えて、見上げる。

 

「はい。私にもわかります。……誰かを」

 

 あなたを。

 

「愛おしい、と思う気持ち」

 

 この人が可愛い。

 この人と一緒にいると、心が色んな気持ちになる。

 顔を近づけられたり、触れられると暴れ出したいようなあの気持ち。

 お養母様の気持ちが私と同じだとは思わないけれど、自分ではどうすることもできないほどの自分の気持ちに苦しんでいるんだということがわかったから――。

 

「お養母様。お養母様は、好きな人に幸せになってほしいと思わないのですか? 自分の気持ちを受け入れてもらえなかったら、傷つけてもいいのですか? ……それも、愛しているから? ごめんなさい、私はそう思わないけれど、そういう愛もあるんですよね。でも……」

「君の愛の形は否定しないけれど、骨と皮の性悪爺でも俺の父親で、母が愛した男だから本気で傷つけるって言うなら応戦しないわけにはいかないんだよね。それでもいいなら、来いよ」

 

 ソラウ様が私の手を握ってくれた。

 ほんの少しだかった怖い気持ちが溶けて消える。

 お養母様を見ると、目を見開いて、膝から崩れ落ちた。

 違う、違う、傷つけたいわけじゃない、愛してるんだ、と譫言のように呟いて黒く染まった両手で顔を覆って泣いている。

 そうだよね、好きな人を傷つけるのを、いいことだなんて思わないよね。

 

祝石ルーナ細工師さん、お仕事だよ」

「え? あ……」

 

 ソラウ様が床に転がった宝杖を顎で差す。

 ソラウ様がくれた聖魔力があれば、と思っていたけれどソラウ様は私の手を引いたままお養母様に近づいて手をかざした。

 

「返してね」

「あ」

 

 体に聖魔力が満ちる。

 これは、お養母様にかすめ取られていた私の聖魔力?

 ソラウ様を見ると、床の宝杖を拾っていた。

 宝杖を受け取る時にお養母様を見ると、数カ月前に見た美しいけれど年相応に老いた姿になっている。

 手を離して、杖に聖魔力を注いで本来の姿のイメージを反映させた。

 それをソラウ様が光の結界で封印する。

 

「あとはこの人含めて聖女の里に返品だね」

「あの、ソラウ様、あの」

「うん。あと、君の里帰りね。まとめて終わらせられそうで僥倖僥倖~」

 

 影樹も魔法陣も消えた、旦那様のお屋敷の食堂はかなり大変なことになっているのだけれど……ソラウ様があんまり無邪気に、そして悪戯っ子みたいに笑うから――私もうっかりへらっと笑ってしまった。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る