第42話 愛してる(5)


 手を伸ばして旦那様の頬に触れるお養母様。

 私、その表情で初めて”愛”を”見た”気がした。

 愛って、目に見えるんだ。

 しかし、お養母様の手を旦那様が掴んで払う。

 

「君の気持には応えられない。私はソランを今も愛しているのだ。君は里に帰りなさい。ちゃんと謝れば里長も許してまた迎え入れてくれるだろう」

 

 そう言って起き上がろうとする旦那様。

 上半身を起こした旦那様を涙を浮かべたまま睨みつけ、肩を掴んで顔を近づける。

 まさか、口づけ……!?

 

「ルビアナ」

 

 旦那様がお養母様の顔を手で拒む。

 そのまま上半身を起こしてしんどそうにテーブルから起き上がる旦那様。

 お養母様はまたボロボロと泣き始める。

 

「なぜ!? なぜ受け入れてくださらないの!? 一晩のお情けでも構いません。どうか……!」

「ははは。私はもう、一夜限りの火遊びもできんよ」

「そのために聖女の聖魔力と、光の神の宝具を用意したのですわ」

「――よもや私まで若返らせようと?」

「そうですわ! ふふふ、あはは……! ええ、ええ……! わかっておりましたわ……。わたしがもっと早くあなたに再会していれば、ソラン様にあなたを奪われることもなかったのに。ああ、憎い。憎い。ソラウ様」

 

 ビクッと肩が震える。

 お養母様が旦那様の腕を掴んで、強い怒りをソラウ様に向けた。

 当のソラウ様は鼻で笑って見せる。

 

「ルビアナ、ソラウには――」

「だったら! ……でしたらわたしを選んでくださいませ! わたしの想いを受け入れてください!」

「ッ……」

「いい加減、見苦しいよ」

 

 ソラウ様が魔法で取り出したのは剣と杖が一体化した武器。

 今までと明確に違う、ソラウ様の空気。

 床に柄の底を打ちつけた瞬間、食堂中に魔方陣が重なって充満した。

 その光景に、旦那様から顔を離して目を見開くお養母様。

 

「あなたにこんな魔力、残っているわけがないはずだけれど?」

「なんで? だってリーディエから魔力をかすめ取ったのはあなただって自白したじゃない。それもそうだよね、聖女とは光の神の強すぎる聖魔力を吸収する者だ。聖女なら聖魔力を吸収できる。なら、【聖人】の俺も同じことができるってなんで思い至らないの?」

「は――!? ありえないわ。できるとしたら聖女か、聖女の血を引く、その中でも聖魔力に才能が飛び抜けた子だけ…………まさか……!?」

 

 お養母様が息を呑む。

 そして旦那様を振り返って、驚愕の表情を浮かべて唇を戦慄かせた。

 

「そうだよ。ソラウの母、ソランは聖女の里から盗まれた赤子の聖女と光の神の宝具を探しに秘密裏に派遣された聖女。ふふ……ドジな子でねぇ、聖女なのに[迷いの霧]で迷子になって、時を遡って外界に出てしまった。つまりソラウは正真正銘、彼女と、聖痕を持つ私との間に生まれた子。あの子に与えられた称号は、功績によって世間から与えられたものだけれど……あの子にはそれに足り得る血が流れている。光の神の宝具のことは世界に混乱を与え、悪用を恐れて公表はされていなかった。ルビアナ、皮肉だね。君は私に会いに来たといったけれど、他ならぬ君が、君を探しに里から現れたソランと私を出会わせてくれたということなのだから」

 

 よく考えれば、聖女の里から光の神の宝具が盗まれて、里がなにもしないはずはない。

 そして聖女の里に誤って踏み入り、祝福と罰の聖痕を与えられた旦那様を外の世界を知らぬ聖女が頼りにするのは当たり前のこと。

 そうして出会って、惹かれ合った。

 お養母様の赤く紅の塗られた唇が、ぷちりと音を立てて切れる。

 糸の幼な血筋が流れて、お養母様の表情は鬼、そのもの。

 

「うううう、ううううううう! ううううううう!!」

 

 会いたかった、とお養母様は言っていた。

 旦那様に会いに来たはずなのに、お養母様を探しに来たソラウ様のお母様と旦那様を巡り合わせてしまったというのは、なんというか……。

 

「ま、[迷いの霧]って、時間まで遡るんですか?」

「聖女の里を囲う『ローゼル渓谷』にかかる[迷いの霧]は、普通の聖魔法師の使うモノとは桁が違う。光の神の聖魔力を流用して形成した特別製。方角だけでなく時間すらあべこべになっているんだよ。まあ、聖魔法師や聖女が迷うなんて本当によっぽどの間抜けなんだけど」

「ご自身のお母様ですよね……!?」

「物心つく前になくなってるけど、父さんの惚気から我が母ながらとんでもない落ちこぼれだったんだろうなっていうのはわかる」

「ええ……」

 

 真顔で実母を貶すじゃないですか……。

 

「そうよ……そうよ! なんでわたしじゃないのよ! 聖女でいいなら、わたしでもよかったじゃない……! 嫌よ! ジャスティ様、それなら、もう、もう手段を選ばない! 力づくでもわたしのものにする! ジャスティ様!!」

「あ!」

 

 お養母様が胸元から取り出したネックレス。

 金具を引きちぎり、装飾を握って魔力を込めたのがわかる。

 お養母様の手に宝杖が現れた。

 最後の光の神の宝具――!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る