名無しの森

無機的世界

01


 錆びついた空港の中に私はいた。


 ある意味では寂れたという表現が正しい空港の中では、それなりの草花が生い茂っている。割れた窓から侵入してくる無機物のような風に揺れている草花。そのそれぞれを見たことがあったように思うし、もしくは見たことがなかったかもしれない。それぞれの蕾は今からでも咲いてしまおう、そんな気概が見えてくるようだった。


 冬だというのにそんな自然にあふれるさまは、私には居心地が悪かった。今さらに感慨を抱くわけではないが、冬という要素をこの地球が持たなくなってから、私はそんな酩酊のような感覚を覚えることが多くなってきている。


 季節というのがどこまでも存在しないのだ。夏であれば暑い、冬であれば寒い。そんなものは世界には存在していない。


 暦上では冬ではある。冬であるはずだった。だが、冬を感じさせるような寒さは存在しない。いつだって季節を感じさせる寒暖はどこにもなかった。


 温度計はいつも十八度である。空調を効かせたようにいつも十八度。それ以上に変動することはない。多少の誤差はあったかもしれない。太陽の位置に寄りけり、もしくは月の位置に寄りけり。だが、多少の誤差ということで納得してしまうところがある。それを気にするほどに、私は繊細さを持つことができなかった。


 あらゆるものは破壊に近い要素をもって穴が空いていた。寂れて、錆びれた空港の中には自然的とは言いたくない風が循環を続けている。屋根さえも虫食いのように朽ちているのだから、草花の彼らにとっては、これ以上ないほどに生きやすい環境もなかっただろう。今となっては、地表のすべてがそのようなものだったけれど。


 ぼうっとそれらを俯瞰で見つめるのにも飽きてしまった。私は彼らを踏みしめて歩くことにする。もともと、目的があってここに来たのだ。目的を達成するまでは、歩みを止めることは許されない。


 許されない、なんて大層な言葉を使っているが、別に誰に許されても、許されなくても関係がない。それっぽい感情を抱いている自分に笑いそうになる。ひとつも口角を弛ませる材料にはならなかった。


 適切にニンゲンが歩く道を示していた床だったものは、やはり相応の丈を持った草花に覆われていた。彼らを踏みたくなくても、それらをかきわけ、根元を歩くことでしか私は前に進めない。


 足元に絡みつく蔦の感覚。生きているように、触手のように絡みつく草花。私はそれらを足を弾ませることで引きちぎりながら歩みを進めていく。


 悲鳴が聞こえたような気がした。


 私がそう演出しただけだが。





 太陽の角度はいつ見たって変わることはない。


 世界がこんなことになっても、朝にはなるし、夜にもなる。だが、季節の雰囲気を感じさせるように太陽が真上に来たり、横に来たりすることが無くなった。それはいつだって一定だった。


 それは生物にとっては喜ばしいことだったのかもしれない。無機物に近い草花のような存在であっても、私のような元生物であっても、以前はそれなりにいたニンゲンであっても、もしくは愛玩具として育てられた彼ら動物にとっても。


 だが、今この地表では私や草花しか存在しない。もしくは私がまだ見つけていないだけで、違う場所には生物やニンゲンがいるのかもしれないが、私が認識できていないものは存在しないのも同義だろう。存在したいのならば私の前に来ればいい。そうすれば、存在を許すことができるし、溜息を吐く数も少なくなる。


 空港を抜けて歩いた先には滑走路があった。アスファルトが敷かれていたはずの場所には、ただの畑のように自然があふれている。もしくは樹海ともいえるような光景である。


 樹林と言えるようなものは、もともと飛行機として活動を繰り返していた巨大な乗り物を種として、空に届くような高さに世界を彩った。だから、滑走路には影が多かった。


 私は、溜息をついた。何度目の溜息か、数えることはもうしていない。暇に明け暮れて、一度ばかり数えてみたことはあった。三桁を超えるころには飽きてしまっていた。


 あらゆる自然がアスファルトを食んでいる。食われたアスファルトはでこぼこと穴や膨らみを生み出してひどく歩きづらい。だが、別にここだけがそういうわけでもない。ここに来るまでの道も、ここから先に見えるすべての景色も、すべてがすべて自然に食われているだけの話。今となっては人工物としての雰囲気を感じさせないものばかりだ。すべてが遺跡のようになっているのだから、どうしようもない。


 ──遺跡のよう?


 私は鼻で笑ってしまった。


 この世界は、遺跡そのものじゃないか。

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