02


 風の吹く在り処を探し求めるのも飽きてしまった。


 暇な時間に身体を明け渡して、そうして空港にまで歩いてきたものの、私の求めるものはそこには存在しなかった。


 もともと、目的としてきたものについては、特に何もなかった。もし、飛行機というものを使うことができたのなら、それを使って適当に空を旅するのもいい。いつまでも同じ場所にとどまっていれば、きっと私の頭の意識は所在不明へといたろうとするだろうから、何かをしていなければ気がすまなかった。


 孤独は人を狂わせる。狂気の在り処は月に存在する、と私の身近にいた人間は総言葉を履いたことはあったけれども、どうやっても人を狂わせる要素は時間と孤独である。人間は時間だけあってもそれを有効活用することはあまりにもできない。あらゆる時間というものは、当人が有意義だと思いこんでも、思い込まなくても無慈悲に消化されていく。目には見えない概念性的なところがあるからかもしれない。私は時間に狂わされていた。





 踵を返すには時間を失いすぎた。だが、私には時間が有り余りすぎていたともいうべきかもしれない。どれだけの浪費を繰り返しても、その果てが見つかることはどこまでもなかった。それは一つの終局装置とも言えるものである。終わらないからこその私という存在。終わらないからこその現在の世界の有り様とも言うべき概念。そのすべてが、私のせいでしかない。


 存在には必ず終わりが存在する。もしくは死という言葉に代えてもいい。生きるものなら、必ず死という終わりにたどり着く。その例外は無機物であっても存在しない。そういった意味では、あらゆるものは脆い存在とも言うことができた。


 それなら、私という存在はどう表すべきなのだろうか。そんなことを考えたことがある。


 どうしようもない思考の虚の果てに迷い込んだ、一つの存在の定義。壊れない、失われない、死なないという存在についての定義。そんなことを考えたことがあるのだ。


 暇な時間の中で、有限にもならない無限の微細な欠片の中で考えついた一つの定義。それは、私は何処にも存在していない、というものだった。


 在るか無いか。それを考えたときに終わりを一つの指標とすると考えやすいかもしれない。


 あらゆるものは最終的にはすべて無に還元される運命を持つ。その運命に抗うことは存在した時点で不可能であり、確実に物体は終りを迎える。きっと、その関連で言えば、精神性というものも間接的に物体であるはずだから、それも死ぬことができるはずだ。


 だが、私はどこまでも死ぬことができない。


 どれだけ息を殺しても、どれだけ刃を体に挿しても、眼球をえぐり取ろうとも、身体の重要機関を取り外そうとも、自分の脳味噌を焼き炙ろうとも、その身を溶岩に投げても、どこまでも私は死ぬことができない。あったには、絶え間ない苦痛と時間の浪費だけ。


 身体の損壊は時間を経過するだけ回復し、その身には何もなかったかのように、身体だけは時間を遡行するように綺麗なままになる。まるで、私の行ったすべての行動は無駄だったとも言うべきように、どこまでも変化が私には現れない。


 私には、どこまでも死という概念が存在しない。


 そんな私の存在を定義するのなら、そんな私の存在を定義しようとするのならば、きっとそんな私は。


 何も存在しない、存在の不定義的象徴の一つであった。





 時間をかけて、もともと私が住んでいた古巣に帰省する。


 以前までは人間らしい民家に住むこともできていたが、時が経てばものは必ずくちていく。木造で出来上がった家屋については穴が空いて雨を愛し始めた。雨と溶け合うように朽ちてしまったそれは、おおよそ人の住処と言えるものではなくなってしまったから、今度は人の叡智とも言えるコンクリート造の家に住むことにした。だが、結果として同じで、雨に腐食することはなかったが、重なる地球の自信によって波のように呻きを立って、そうして彼らは崩れてしまった。幸い中の不幸というべきか、そのときにも私は死ぬことはできなかった。コンクリートの中の一分にあった鉄筋が、残骸が頭を踏み潰してはくれたけれど、結局それも私の再生力には敵わないまま、そうして壊れたという結果だけが残ってしまった。


 そう考えれば、この前まで居た遺跡とも言えるべき空港は、いい形で残っていたように思う。サビつきが破壊を象徴して、数ある場所に穴を開けて、風を運ぶ手助けをしていたけれども、物持ちの良さはあったように思う。まあ、住むかどうかで言えば、住む気にはならなかっただろうが。


 最終的に私が選んだ住処としては、断崖から掘り出した一つの穴蔵のようなもの。どうせここもいつかは朽ちることにはなるだろうが、屋根についてはどこまでも何層にも重なっているから、雨粒の一滴でさえもそこに落ちることはない。空間の酸素の運びはどこまでも気になるけれど、酸素をなくしたところで、私は死ぬことはできないので気にしない。火を燃やせば、息苦しさの中で私が生きているという地獄のおまけ付きだ。別に悪い気はしなかった。


「ただいま」


 そうして私は、いつか人がしていたように言葉を世界にかけてみる。でも、もちろん声は返ってくることはない。外の環境音でさえも静かである。私の吐いた声が狭い空間で反響を微かにするだけ。


 孤独は、いつまでも拭うことはできない。きっと、それだけの罪を私は犯しているのだから仕方ない。


 私は穴蔵の奥にある石の寝床に横になる。どうしようもないほどに硬い繊維。でも、それ以上に眠るべきような場所は存在しないのだから仕方がない。


 ああ、今日も死ぬことはできなかった。


 そんな感慨を抱きながら、私は瞼を閉じることにした。


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